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9話 むちむちプリン

「じゃあ、第二回目のコンセプト会議を始めよう」

俺は右肩をぐるぐると回し、ウォーミングアップする。


「この間みたいに、暴走して使えないアイデアばかり出すなよ」

当事者であるローゼリアとハピたすの方をちらりと見る。


「あはは……でも、今日のウチはしごできモードだから大丈夫だよ〜。じゃーん!」

そういうと、ウェリントンタイプのメガネを取り出しては、おもむろに装備をする。ハピたすのかしこさが少し上がったようにみえる。


RPGでも装飾品をつけてステータスが上がる、というのは実は本当にパラメータが上がっているのでなく、プラシーボ効果的なおまじないなのかもしれない。

クイっと位置を整えると、銀製のメタリックフレームが鈍く光る。

「えへへ、どうかな?」

裏ピースとともに、舌をぺろりと出す。


今この宇宙に、ギャル×メガネ属性のモン娘が爆誕したのだ。


「ハピちゃん、メガネ姿もすっごくかわいい……」

「ハピたす、そんな小細工はいいから早く始めるわよ!」

痺れを切らしたローゼリアが会話に割って入ってくる。


「ところで、ローゼリアはメガネかけないのか」

「はぁ? なんでそんなことする必要があるわけ」

「いや、かしこさパラメータが上がると思って、あだっ!」

最後まで言い切る前に尻尾で思い切り叩かれた。


「誰が、脳みそスライムのむちむちプリンですって?」

「あの、全くそんなこと言ってな、ぎゃー! あちちー!」

そして追い討ちをかけるように、ちいさな火の球が飛んでくる。

転がりながら避けられる程度の個数と速度で逆に悪意を感じた。


「むちむちプリン」


リザが小声でぽつりとこぼすのを俺は聞き逃さなかった。


◇◇◇


「まぁ、これまで与件、とか制約っていう話もしてきたが、いいコンセプトってのはわかりやすさが大事だ。進めていくときに立ち返る場所になるからな」

「ふーん。じゃあ、インパクトがあればいいのね!」

「うーん、まあそれだけじゃあダメだが、インパクトがないよりはいいかな」

これは変なのが出てくるぞと、俺は腕を組んで身構えた。



「アルティメット火山パワー」



やっぱりね。そういう感じよね。わかる。わかるよ。


「アルティメット火山パワー、どういうことか説明をしてくれ」

「わかりやすく、インパクトが大事って言ったわね。だから、とにかく一番強くてかっこいい! これがコンセプトよ!」


相変わらず、自信満々に振る舞う様子はさながら魔王だ。

漫画ならバーン!という擬音語と集中線が出るタイミングだ。


「まあ、いいか。アイデアがあるのは重要だ。このまま続けていこう」

ローゼリアに釘を刺そうかと思ったが、ブレイン・ストーミングをする時に細かく割って入るのはよくない。否定されることを恐れてアイデアが出にくくなるからだ。さすがに、ずっと軌道修正しないわけにはいかないだろうが、場をあたためる序盤は発言していった方が熱が生まれるだろう。いずれしゃべっているうちに、量が質になるかもしれない。そんなことを期待して。


リザはローゼリアの言うことを漏らすまいと、カリカリとペンでメモを書き続けている。


「ウチもちょっと考えてみたんだけど、聞いてくれる?」

かしこさがわずかに上昇したハピたすに期待したい。


「熱々溶岩のディアボラ風マグマスープってのはどうかな」

「……おいしそうだな」

「おいしそうね」

「おにぎりといっしょに食べたら、おいしそう!」

イタリアン・ファミリーレストランの看板メニューのような感じだった。


「もうちょっと詳しく教えてくれるか?」

「んー? アツアツのマグマ床をさ、いっぱ〜い敷き詰めて。それで、そのまま勇者をえいやでドボン!的な?」

知ってた速報だけども、ハピたすは言語化が苦手でした。


ローゼリアのアイデアよりはもう少し具体的か、なんて思ったりはした。

「そういえば、メモをしてくれているがリザは何か意見はあるのか」

「ひえっ! わっ! 私ですか?」


咄嗟にぱっと両腕でメモ用紙を隠そうとするのが逆に怪しい。

「リザっち〜。いったい何を隠してるのかな。見せられないものなのかね、いひひっ〜」

ハピたすは両腕を構えると、わしわしせんとばかりに距離を詰める。

かと思うと、リザの背後に回って、羽根でしきりにくすぐり始める。


「あっ、ちょっ。やめてよっ、ハピちゃん。あっ」

「ロゼちん、チャンスだよ!」

「まっかせなさい!」


俊敏なコンビネーションで、ガードブレイクされ、あっけなくリザのメモ用紙は強奪された。


「ああ。や、やめてぇ……」

くすぐりに耐えかねてリザはあえなく脱力する。


「えー。どれどれ読んでみるわ」

指で用紙をなぞってくと、リザのアイデアが書かれている。


トゲトゲ荊の先にある秘密の花園

奈落の底で喘ぐ勇者


「なかなか独特なセンスね」

「どこかのBL界隈みたいな感じだな」

「ヨッシー、びー・えるって?」

「いや、こっちの話だ。知らなくていい。脱線する前に話を戻そう」

「これで出揃ったのはアルティメット火山パワー、熱々溶岩のディアボラ風マグマスープ、トゲトゲ荊の先にある秘密の花園、奈落の底で喘ぐ勇者か。せっかくだしちゃんとレビューしていこう。まずはローゼリアのから」

「これは自信作よ!」


「ローゼリアのは、ちょっと脳筋すぎるかもしれないな。ぱっとみでインパクトはあるが、ここからアイデアを詰めていくには、もう少し具体的にした方がいい。このアルティメットって感じだと、またドラゴンの軍団を揃えるぞ!みたいな話になりかねないからな」

「具体的にするってどういうこと? ここにいるみんなにもわかるように説明して」

「そうだな。アルティメットの方向性をもう少し絞るといいのかもしれない」

「どういうこと?」

「これだと、モンスターで強くするのか、トラップで強くするのか。それともダンジョンのフロア数を増やして強くするのかが、よくわからないんだ」

「ふふふ。聞いて驚きなさい。アルティメットといえばやっぱ」

「次、ハピたすの案」

「ちょっと! 話を聞きなさいよ!」


俺はこれ以上、このロリ魔王の口上に付き合うのは無駄だと判断し、早々に切り上げた。


「この中だと、ハピたすのはビジュアルなイメージはしやすいな」

「ふふん。そうでしょ? だってウチは天才アーティストだからねぇ」

「ただ、ダンジョン全体のコンセプトっていうよりはもう少し部分的なものに見えるな。罠単体のコンセプトって感じがする」

「うーん。一枚の絵って感じで捉えてたかも」

「ただ、結構具体的なイメージはするから悪くはない、って感じだな」

「りょ。次から気をつけてみるよ~」


「最後にリザ」

「は、はい!」

「実はこの方向性は悪くないと思っている。というのも、何があってどんなことが起きるのか、ってのがわかりやすいと思う。奈落の底で喘ぐ、なんてのは先に落とし穴があって、その先に何かまた罠があるのか、みたいなのは伝わる。ただ、コンセプトって感じだとちょっと詩的すぎるというか、表現面は課題だな」


「つまり、この中で使えそうなコンセプトはないってことなの?」

「うーん、バチっとハマるわけではないから、もう少し議論しておきたいところだな」

「そうは言っても、どうしたら及第点になるのかのイメージがまだ湧かないわ」

アンテナが立っていないところに電波が立たないように、ピンとくるまで受信アンテナを立てないといけない。


「そうだな。もうひとつ観点としては、体験からつくるっていう切り口がある」

「体験からつくる? どういうこと?」


「ダンジョンにやってくる勇者にどんな感情にさせたいか?ってところから逆算するパターンだ」

「アナタの癖はそうやって小難しくいうことよ。もっとかみ砕いてみるとどうなるの」

ローゼリアが右手でガブガブと手早くジェスチャーする。


「そうだな。じゃあ、具体的に考えてみよう。たとえば、コンセプトを勇者をイライラさせるダンジョンだとする」

「これだと、イライラさせるにもいろんなパターンが生まれる。たとえばだ」


俺もなるべく伝わるように、歩きながら動きを取り入れてみる。


「三歩おきに槍が出てくるエリアをつくって、勇者に三歩ごとに槍がでるぞ、と思わせておき、実は四歩目で槍が飛び出してくるとか。これだと、不意を突くことになるからおそらく効果的だ」

即興にしては、演技も込みでわりといいアイデアなんじゃないか。

しかし、聴衆の反応はシビアである。


「アナタ、なかなか陰険な性格してるわね」

「ヨッシー、それはさすがにちょっとイヂワルだね」

「ヨシヒロさん。槍で刺すとかなかなか罪深いです」

「陰キャで悪かったな!」


「それはそうとして、アナタの案、私の中では及第点ね。このまま採用してあげてもいいわ」

「いや、そのまま採用しなくていい」

俺は食い気味に答える。

「え? せっかくアナタの案を採用してあげるって言ってるのに?」

「ああ。このダンジョンの主はあくまでローゼリアだ。だから、最終的に俺が決めた案になってもいいけど、決めるのはローゼリア、お前だ。お前の言葉で言えるのが一番いい」

「私の、言葉で」

「そうだ。ここのはローゼリアの”城”だからな」

「そうね」

ローゼリアは目を瞑り、顎に手を当て、うんと悩むと。


「余裕綽々」


「小難しいのはお前もいっしょだろ。もう少しみんなに向けてわかりやすく」

「安閑としていられない焔龍の如く……」

「なんで語彙力のレベルがあがってるんだよ!」


「火山のパワーを活かしたもの。それから、灼熱のマグマ床の罠。罠の先の宝箱で不意をつく……」

慣れない思考に、ダンジョンの暑さも相まって、頭から湯気が出てきそうだ。

「見えたわ、コンセプト!」

腹落ちしたのか、自信がしっかりと乗った状態で発声した。

二人のモンスター娘たちからも、期待のまなざしが向けられる。

そうして紡がれた言葉は。



「油断大敵」



俺にとっても意外な回答だったので、かみ砕くのに時間がかかる。

その様子を見かねたローゼリアは言葉を続ける。

「私なりに考えてみたけれど、いまのこの状況で、城をつくってモンスターを大量に配備するような王道路線は厳しいわ。残念だけれどね。だから、勇者たちの隙を突くしかないわ。ちょっと小賢しいカンジがするのが癪だけれど、仕方ないわ。残りの限られた時間とおカネでなんとかするには、これがベストよ」


リザとハピたすはお互いを見合わせる。


「油断大敵かぁ。ねぇ、ロゼちん。宝箱の手前に落とし穴を仕掛ける、なんてのはどうだろ」

頭の後ろで手を組み、口元を少し尖らせたハピたすが珍しく全うそうな意見を言う。

続いて、リザも人差し指を口元にあてては、

「たとえば、他にも宝箱かと思ったら、それが罠だったり。どうかな、ロゼちゃん」


ローゼリアの出したコンセプトに対して、他の二人のアイデアがのっかってくる。

いいコンセプトは、そのコアとなるアイデアに対して、各自がそれを補強するアイデアを出せるというのが強い。各々で判断できるようになるからこそ、スピードアップもする。

逆にわるいコンセプトは幅が広すぎたり、狭すぎたりで各メンバーが自走できなかったりもする。

この状況を見ていると、これはいい感触だ。


「油断大敵。俺も悪くないと思う」

ローゼリアが一瞬、にんまりと口元をゆるませる。

「トーゼンでしょ! だって私は魔王なんだからこれくらいは当たり前よ!」


「じゃあ〜、これで確定ということで!」

ハピたすが掛け軸と筆を取り出して、文字を綴っていく。

「こうやって飾っておけば、みんなの目に入るでしょ」

ダンジョンの一室にでかでかと、油断大敵という文字が飾られることになった。


なんとかコンセプトが固まった。

後は計画だけ決めれば、なんとかなりそうだ。

「何か忘れている気がする」

この時の俺は目の前のことに精一杯で重大な点を見落としていることにまだ気づけていなかった。


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