12.建国祭
建国祭。
ユエンリーナ国ほぼ全土で挙げてのお祭りはかなり大規模だ。
まず約一週間は賑わう。
本来は三日間の行事なのだが、民衆はその勢いに乗っかって各々商売を繁盛さる為、賑やかさは前後の日数にまで及び現在に至っている。
国中挙げての祭りを楽しみに来てくれる諸外国観光客もいることから、三日だけでは稼ぎ足りない商人がほとんどだった。
ちなみに、周辺国とは良好関係で戦争の懸念は薄い。
まあ水面下では一悶着してそうだが、人との戦争より今は魔物との戦いの方が多いくらい。
三日三晩のお祭り騒ぎは一般庶民に寄るほど賑やかで、貴族は家でのんびりしているのが一般的だ。
「よしケイン、財布持ったか?」
「はい!」
「ハンカチ」
「はい!」
「笛」
「はい!」
「笛ってなんだ」
「迷子用」
「そ、そうか……」
ここボスティス領は周辺の領地に比べてやや特異だ。
何せ温泉が主流の観光地。
ゆえに観光客以外でも他領ののんびり寛ぎたい貴族が結構多くやってくる。
この祭り期間中に、フレイン達を招待してみた。
宿にあとのフォローを任せようとしたが、案内役を任されたルガートは顔を顰めたものの、最終的に頭を縦に振って了承した。
勧めたのは俺だからな。
メインが湯治なのだし、案内するほど移動距離もない。
歩き回っても令嬢達なら休む頻度も多かろうし、ケインを連れて歩くのにはちょうどいい。
屋敷から一番近い町の宿を取っていたが、念の為フレイン達をボスティスの家に招くかどうか親父とフレイン双方に尋ねたが、町の空気も味わいたいし温泉が近い方がいいとの希望で今回は町の宿への招待で落ち着く。
滞在費は俺からのお礼も兼ねているから、今回は気兼ねして欲しくなかった。
ケインも浮き足立った町の空気が不思議なのだろう、いつもより周囲を見渡しながら手を引いて歩く。
「ケイン、転ぶぞ」
「だいじょぶ!」
「ルガート様ー」
呼び声に顔を上げた先、町並みと見て回りたいといフレイン達の強い希望で待ち合わせの場所から優雅に手を振る姿に目を細めた。
荷と従者は先に行ったのか、姿はない。
ザバルト令嬢達、そしてモール伯爵夫人は招待したからまだ分かる。
しかし、その横ではち切れんばかりに手を振る少年の姿に顔の中心に皺が詰めかけるのが嫌でも感じた。
「フレイン嬢、その横にいる奴は何だ」
「ジョシュア様は、成り行きと言いましょうか……」
「ボスティス! 遊びに来たぞ!」
「お呼びでねぇ。帰れ」
手で追い払う仕草をすると悲壮な顔が間近に迫る。
「嫌だー! 俺、今日は楽しみにしてたんだぞ!」
「知らん、帰れ」
少年の声を無視してフレインを睨むも、扇子を開いて気まずそうに視線を逸らして逃げる様子に口の端がひくついた。
「ボスティス様、この度はお招きいただき、誠に有難うございます」
「……いえ、その後お体の方は大事ありませんか? モール伯爵夫人」
「お陰様でだいぶ動けるようになりました。本来なら今回、しっかりとお支払いすべきものを……」
「いやらしい話は止しましょう。まずは娘さん達の為にも、ゆっくり静養なさってください」
「……有難うございます」
「にいさま、おふろ?」
「まあ、こちらの素敵な方は?」
足から顔を覗かせて見上げてくるケインに微笑む伯爵夫人。
丸い頭を撫で、前に出るよう背中を押す。
大勢の人の姿に驚いたのか一瞬硬直するも、しゃがんだからか、肩の辺りをギュッと掴む小さな手に口端を上げ背中を撫でてやる。
「俺達は夜だ。ケイン、ご挨拶しろ」
「ぼすてしゅけのさんなん、ケインです!」
「うん、まあ、三角だな」
噛み噛みだな。
初めてならこんなものか。
頭をぐりぐり撫で回して片手で持ち上げれば、全員が弟を追いかけて首を動かしていた。
「弟のケインだ。何歳だ?」
「さ……よんさいになりました!」
「可愛い……!」
「お名前、上手に言えましたねぇ」
「ルガート様は兄弟仲がよろしいのですね」
「ジミトリアス様にもお礼を申し上げます。息子の隊の指揮を取られていたとか」
「はい。ホットストーンの検証も任せていたので」
ルガートの言葉ではどちらに重きを置いたのかがよく分かる一言だった。
気付かずにケインをそっと下ろし、立ち話もなんだと切り替える。
「早速温泉に向かうか?」
「はい!」
見下ろしたフレインの笑顔は待ちかねていたと言わんばかりで、ケインに手を引かれながら温泉へ向かう。
彼女達が宿泊する宿から徒歩で十分の一等高い宿にした。
あまり遠いと冬が明けたばかりでまだ朝晩はやや冷え込むし、油断して湯冷めから風邪でも引いたら大変なことになる。
そして思い出したままフレインに首だけ巡らし、尋ねてみる。
「フレイン嬢、閣下って魔物の肉とかは食ったりするか?」
「え?! ど、どうでしょう……? そのように聞かれると、食べそうで怖いですわ……」
「約束通り、この前火竜を捕らえて肉や内臓をどうするか迷っててな。一応加工してあるんだが、戻ったら聞いてくれると助かる」
「わかりましたわ。あの、ですが、正直に申しますと、お父様には申し上げにくく思います」
「分かった。じゃあこっちで処理しよう」
「その、処理とは……」
「うちで食う」
パカッと口を開いて目をまん丸にさせる姿でも可愛いとは、美人は得だ。
真似をしているケインに笑いながら肩を揺らす。
「竜種の肉って結構美味いんだぞ? 脂身も少なくて鳥に近い味だ」
「ですが、魔物ですのよ?」
「別にクモ種やムカデ種を食うでもない。割りと美味いんだがな……」
「……今の話は聞かなかったことにいたします」
どうやら食べるのはちょっと勇気がいるらしい。
やはり公爵閣下に直接手紙で聞いておくかとこれ以上は伏せた。
あの人なら食べそうだ。
ほどなくして温泉宿の前に到着するとルガートの案内もここまでとなり、宿で不便はさせぬようお願いしたが配慮不足の面も出るかもしれない。
困ったことがあれば呼んでくれとだけ言付け、夫人を含めた四人が振り返る。
「時間も気にしないでゆっくり入ってきてくれ。宿には夕食の準備も頼んだから、楽しんでこい」
「分かりましたわ。ではまた後ほど」
頷いてケインも元気に手を振り、お嬢さん方も笑顔で手を振り返して宿へ入っていった。
そして終始こちらを睨んでいた者が機会を得たと言わんばかりに叫ぼうとするものだから、口を目がけてやや噛まれても気にせず睨み返す。
「話があるなら聞く」
「あがうげえうえあ!」
「ケイン、アイスとジュースどっちがいい?」
「ジュース!が、いいです!」
「分かった。じゃ、この近くのテラス行くか」
オープンテラスといってもお洒落な雰囲気ではない。
長テーブルと素朴さが売りの長イスに座り、ケインを膝に乗せて注文をお願いし終えると、律儀に口を閉じて待った子供の睨みが緩和されたように思えた。
どうぞと手を向けると、瞳孔が開く。
「酷いだろう! 手紙も出していたのに無視をするなんて!」
「忙しいし時期が悪いと返したろ。こっちも暇じゃねぇんだから。お前、宿は」
あからさまに視線が泳ぐ。
そして彼だけ従者の影は見当たらない。
「……。泊めて欲しい!」
「ふーん」
「……お、お願いします! 泊めてください! 建国祭でどこも満室なんだよ!」
「案外間が抜けているというか、呑気というか。家に泊める代わりに、こき使うからな」
「まさか、魔物の餌にでもするのか……?」
自身の体を掻き抱いて距離を取ろうとする様子に、やっぱ泊めるの止そうか悩む。
「稽古に付き合え」
「任せろ!」
輝く笑顔にこいつめちゃくちゃ単純と呆れて眺め、運ばれてきたジュースと、結構な量の食事に目を丸くさせるジョシュアにケインが落ちないよう支えながら背もたれに代わりになるよう支え直す。
「とりあえず食え。どうせ移動してきたばかりで何も食べてないだろ?」
「え? や、しかし……」
「従者も帰らせてんだろ。いいから食え」
「……あ、ありがとう……」
ぞわりと背中が痒くなる。
「しおらしいと気持ちが悪いな、お前」
「その口の悪さは何とかならんのか君は!」
「初対面のお前も大概だったぞ」
「やっぱり覚えていたんじゃないか!!」