前編
※何となくの続きなので、さらに軽い気持ちで読んで貰えれば幸いです。
第二王子として誕生したセオフィラスは、幼い頃から達観した子どもだった。
第二王子としての立場を弁え、出しゃばり過ぎず、だからと言って劣ることもなく、自分の役割をよく分かっていた。
将来は王位を継ぐ兄を支えるために、自分にできることを考える日々。
傍から見れば、よくできた第二王子だっただろう。
しかし、国王夫妻はそんな息子を心配していた。
この先ずっと、この子は自分の幸せを考えないのではないだろうか、と。
だから、そんな息子が結婚したいと望む女性を見つけたとき、国王夫妻は大喜びした。
「結婚したい女性がいます。もし許可いただけないのなら、王族の地位を捨ててでも――」
そう言いかけた息子に慌てて声を上げる。
「良い! 良い! 許可するから、早くその女性を連れてきなさい!!」
「ああ、セオフィラスが結婚したい女性を見つけるなんて……!」
「はあ……」
異様に興奮している両親に若干戸惑いつつ、国王から結婚の許可が出たことにセオフィラスは安堵した。
あまり表情が変わらないので周囲は気づかなかったが、これまでで一番というほど安堵していたのだ。
何と言っても、セオフィラスが恋に落ちた相手は女騎士。
貴族の身分でない女騎士と第二王子という関係は、結婚には色々と障害があった。
しかし国王から許可が出ていれば問題ない。
後は彼女に求婚するだけだ。
だが、それが一番の難所だ。
本人が受け入れてくれなければ求婚は成功しない。
ここは万全に準備をしてから、と思っていたセオフィラスの背に、よく似た声音がかけられた。
「おまえの好きになった相手が、騎士を辞めようとしているぞ!」
兄である第一王子のその言葉に、生まれたときから冷静と言われていたセオフィラスは、人生で初めて焦った――。
***
――そんな裏事情があったのだが、渦中であったはずのアゼイリアは何も知らない。
それよりも、今この状況こそがアゼイリアにとっては重大であった。
「で、殿下……、近いです……っ」
上ずった声が部屋の中に響いた。
その距離は吐息が触れるほどに近くて、肩を引き寄せる手は力強い。
「アゼイリア。名で呼んで欲しいと言ったはずだ」
「でんっ……セ、セオフィラス様、もう少し離れてください……!」
耳元で響く冷静でいて情熱的な声音に、アゼイリアはもう耐え切れなくて、その名を叫びながら座っていた長椅子の端まで飛び移った。
そんなアゼイリアを、熱い視線で第二王子――セオフィラスが見つめる。
部屋の中には二人っきりだ。
せっかく侍女がいれてくれたお茶は全く口をつけられていない。
飲む前にセオフィラスがすぐ隣を陣取ったせいだ。
そのことにアゼイリアが気づいたときには、中性的な容貌が近づいて、耳元で甘く語りかけていた。
心臓に悪い。
これ以上されてはきっと死んでしまう。
本気でそう思った。
しかし、そんなアゼイリアの心の声など知らず、セオフィラスは離れた空間を詰め寄ろうとした。
アゼイリアの緊張がますます高まる――そのとき。
「――そこまででございますよ。休憩は終わりです」
「エドナ……!」
「殿下はご公務、婚約者様は勉強のお時間でございます」
友人の登場に、アゼイリアは天の助けとばかりにほっとした。
彼女の後ろからは、王子付きの側近たちがセオフィラスを迎えに入ってくる。
それを見て、中性的な容貌からは溜息が零れた。
「……仕方がない。アゼイリア、また夕食の時間に」
セオフィラスは静かに立ち上がると、アゼイリアの手を持ち上げて、その甲に口づけを落としてから去っていった。
極限まで達していたアゼイリアにはとっては、最後のとどめとばかりの甘さに、とうとう耐え切れなくて長椅子に突っ伏した。
唯一部屋に残っていたエドナが、そんな姿を眺めている。
「あら、婚約者様いかがされましたか?」
笑いを含んだその声が恨めしい。
そう思ってアゼイリアは飛び起きた。
「エドナ! 分かっていて揶揄うのは止めろ!」
「何よ、元気じゃない」
いつも通りの言葉遣いに戻った友人に、アゼイリアはなおも恨めしそうに見つめているが、体はいまだ立ち上がるまでは復活できておらず、長椅子にもたれかかっているという情けない姿だった。
それを見てエドナはいっそう噴き出す。
「ああ、面白い。あんた付きの侍女になって正解だったわ」
「っ……」
エドナはそう言いながら、乱れたアゼイリアの髪をくしで梳かし始めた。
髪が乱れた理由は、アゼイリアが一人で慌てふためいたせいなだけだ。
「観念することね、第二王子殿下の婚約者様」
セオフィラスの求婚を受け入れたアゼイリアだが、二人はすぐに結婚したかといえば――そういうわけではない。
恐らくセオフィラスとしてはそうしたかっただろうが、できない理由があるのだ。
第一王子が未婚なのだ。
先に第二王子が結婚するわけにはいかず、二人の関係はいまのところ婚約者だった。
アゼイリアは騎士を辞めたあと実家に戻るつもりだったのだが、セオフィラスの婚約者となったため、そのまま王宮に残っている。
表向きは妃としての教育を受けるため、実際にはセオフィラスが離さないためだ。
もちろん婚約期間中なので部屋も別で、婚前という厳格な区別があるのだが、セオフィラスは先ほどのように休憩の合間などにわざわざアゼイリアの元を訪れるのだ。
アゼイリアはそのたびに、セオフィラスの情熱的な言葉と態度に振り回されていた。
「私が選んだ服も似合っているじゃない。大丈夫だって、どこから見ても文句のない婚約者よ」
「着け慣れていなくて肩が凝りそうだ……」
騎士時代にはシャツとズボンばかりを好んでいたアゼイリアだが、第二王子の婚約者となった今はそういうわけにもいかず、女性用の服装をしている。
はじめは、騎士の訓練で鍛えて肩幅もある自分にドレスは似合わないと、拒否したい一心だった。
しかし長年の友人であるエドナが選び抜いた服は、華美な装飾を排除してシンプルながらも美しいシルエットのもので、平均より背が高く体格のしっかりしたアゼイリアでも優美に見えるものばかりだった。
今日着ている物も、深い青色が落ち着いていながらも美しく、裾の広がらないデザインが腰回りをすっきりと見せている。
セオフィラスも似合うと褒めていた。
もっとも、彼は褒め言葉しか口にしないから公正な判断にはならないと、アゼイリアは思っていたが。
「ドレスなんてどれも着心地を無視したものよ。これでリボンやらレースのふんだんに使われたドレスだったらお笑い種だったんだから、感謝してよね」
「それは感謝してる……けど、面白がっているだろう!」
「こんな面白いこと他にないわよ!」
エドナはアゼイリアの髪をとかしながら高らかに笑った。
彼女をお付きの侍女に選んだのはアゼイリア自身なのだが、やはり悔しい気持ちが拭い去れなかった。
それに、騎士のときとは違い、一日中部屋の中にいる生活は落ち着かなかった。
つまり鬱憤が溜まっていたのだ。
「エドナ!」
「何?」
アゼイリアは威勢よく声を上げた。
「飲みに行こう!!」




