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最後  作者: ナオ


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1話 知っている朝

 朝、目が覚めたとき、なぜか少しだけ懐かしい気がした。


 理由は分からない。


 夢を見ていた気もする。

 けれど内容は思い出せない。

 

 ただ、胸の奥にだけ、何かを置いていかれたような感覚が残っている。


 天井を見上げると見慣れたはずの白い模様が、ほんの少しだけ遠く感じた。


 体を起こすとカーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。


 柔らかい光を目を細めながら、その光を見ていると、思う。


 こんな朝、あっただろうか?

 すぐに寝ぼけているだけだ、そう思った。


 リビングに入ると味噌汁の匂いがした。


「おはよう」


 キッチンから未華(みか)の声がする。


「ああ、おはよう」


 短く返す。


 それだけのやり取りなのに、どこか噛み合っていない気がした。


 テーブルには、ひまりが座っていた。


「ねえ聞いてよ、昨日さ——」


 楽しそうに話している。


 学校のこと、友達のこと、断片的に耳に入る。

 

 俺はうなずく、相槌も打つし、ちゃんと聞いているつもりだった……けれど。


 ふと、箸を止める。


 こんなふうに三人で会話したことがあっただろうか。


 記憶の中を探る。


 家族で食卓を囲んだことは、もちろんある。

 

 だが——


 こんなに自然に笑っていた記憶が、なぜか見つからない。


「どうしたの?」


 ひまりが不思議そうにこちらを見る。


「あ、いや……なんでもない」


 味噌汁を口に運ぶ……温かい。


 いつもと同じ味のはずなのに少しだけ知らない味がした。


 その違和感を誤魔化すように、無理に飲み込む。


 テレビでは朝のニュースが流れている。


 アナウンサーの声と天気予報。


 聞き慣れたはずの音が、どこか遠くてすべてが、少しずつズレている。


 理由は分からない。


 でも確かに、何かがおかしい。


 その時、ひまりがふと思い出したように言った。


「ねえ、お父さん」


「ん?」

 

「この前のコンビニ、また行こうよ」


 一瞬、時間が止まる。


 ……コンビニ。


 夜、白い光、自動ドアの開く音と冷たい空気。


 頭の中に、いくつかの断片が浮かぶ。

 

 ひまりと並んで歩いた気がする。

 何かを選んでいた気もする。


 笑っていた——気もする。


「……ああ、いいな、また行こう」


 口が勝手に答える。


 でも、その瞬間。


 胸の奥に小さな引っかかりが残る。


 その夜を俺は思い出せない。


 食事を終え、家を出る。


 靴を履きながら何気なく振り返る。


 未華は食器を片付けている、ひまりはテレビを見て笑っている。


 いつもの光景なのに、どこか現実味がない。


 外に出ると朝の光がまぶしかったから思わず目を細める。


 その光を見た時なぜか思い出す。


 夜の、白い光。


 コンビニの前に立っている自分。


 でも、その先が続かない。


 思い出そうとすると、まるで霧がかかったみたいに、何も見えなくなる。


 ポケットの中でスマホが震えて何気なく取り出して画面を見る。


 待ち受けは、少し前に撮った家族の写真だった。


 休日の昼間、公園で撮ったもので三人並んでいる。


 ひまりが笑っている。

 未華も、少しだけ笑っている。


 その隣で、俺も一応……笑っている。


 よくある写真だし、特別でもなんでもない。


 なのに、その画面を見ていると胸の奥がわずかにざわつく。


 こんなふうに笑っていた記憶が、思い出せない。


 視線を少しだけ下に落とす。


 通知が一件表示されていた。


『未華:昨日ありがとう』


 指が止まる。


“昨日”。


 何かあったのか思い出そうとする。


 夜、白い光、開くドア、冷たい空気。


 断片だけが浮かぶ様な気がするが、それ以上が続かない。


「……なんだよ、それ」


 小さくつぶやきスマホをポケットにしまう。


 分からないままでも時間は進んでいる。


 歩き出す。


 朝の光の中で、なぜかもう一度夜の光を思い出す。


 白くて、冷たい光……でも、どこか懐かしい。


 その理由をまだ俺は知らない。

 

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