晴明8-1 森のシェフたち
ひんやりと湿った土は柔らかく、クサイチゴにオオバコ、カタクリなどなど、枝葉が少なく射し込む光の多い森は多種多様な草花が背伸びして、そのくせ匂いは控えめで、虫の音もまるでなく、昼前なのにまだ家人の寝ている夜明け前のような沈黙がいやに耳について、セナは雑多な匂いを嗅ぎ分けられるか深呼吸してみた。無理。これはマイナスイオンみたいなフワっとした表現で森の匂いとしか。
「じゃ、遠くから見守ってるけどいないものとして、みんな、頑張ってね」
「はーい」
リコピンシティのシノビマスター、チュンリに森の入口から見送られて、セナ、クウ、ハク、トロの四人は元気良く森に分け入った。今年の春をもって十歳にカウントされたばかりの子供たちが、丸腰で、普通に半魔とも出会う可能性のある森に。
これがリコピン教育方。最終目標は、十二、三歳までにひとりで森に入って狩りを成功させること。幼いころは森の散策から始めて、親の狩りに同行、モノ作りの練習、戦闘訓練、ハンドサインからの待ち伏せからのサイレントキリングなど、高度な技を身に着けていく。
今回は軽いテスト。セナたち仲の良い同世代を一日森でサバイバルさせてみよう、というだけの趣旨。森に馴染みのない普通の子供だったら食べるものも分からず、高確率でその日のうちに死ぬ。子供どころか普通のひとは、普通の猪の体当たりすら危ない。ここでいう“普通のひと”とは身体強化が普通に使えるという条件だとしても。
そういう普通と縁のないセナたちには、ただの遊びだった。
「まずは武器、作っとこ」
「雷に打たれたトネリコの木から伝説の━━」
「ベニヤンの倒木、冬前に見たよー、あっち」
「了解でありますタイチョー」
思い思いのノリで発言してワッと駆け出す。子供らしい。実に子供らしいけど、観察力の鋭いハク、一番身体の大きいトロ、索敵範囲の広いセナ、後背に目眩ましのトラップ可能なクウの順に並んで走る姿は、すでに一人前の狩人だった。確認すらなく無意識に完璧なフォーメーションを組める。
「獲物はなにをねらう?」
「ニク」
「鳥を落とせるのはセナくらいだからー、イノシシが良くね?」
「じゃあ、しゃべって追い払うのやめとくか」
森の浅いエリアは動物が多く、音を立てると逃げる。魔力の分布で危険度は変わり、逆に半魔や魔物が寄ってくる場合もあるから見極めが必要だけど、神経を使うのは中層以降になる。そういうほんのちょっとした知恵、今していいこととダメなこと、段取りなどを子供だけで答え合わせさせるのが大人たちの狙いになる。
「木、ハッケン」
「あれベニヤンじゃなくね」
「カバッチだね。ぼくが言ったのはもっとあっち」
「これでいいじゃん。いやむしろロンギヌスの素材━━」
「だねー、ちゃちゃっと作っちゃお」
気持ち小声に抑えつつもおしゃべりは止まらない。苔むした倒木の一部、湿った表面にそれぞれ手を当てて魔力を流して加工開始。いらない表皮は雑に砕き、辺材と呼ぶ外側もゴリゴリ削っていき、芯材と呼ぶ色の濃い中心が見えると必要な塊を取り出した。
トロは棍棒。シンプルでいて使い勝手は一番いい。握り以外はデコボコな見た目がB型クオリティ。ハクはアイスピックのような錐。普段は骨製ナイフを使うけど、木は切れ味がないから突きだけと割り切った。クウは木の棒に石の鏃をはめて短槍。セナも小さいサイズで同じ加工の矢。はめ込みはエルフから伝わったネジと同じ螺旋のみぞ。そして弦のない弓も木で作って完成。
「みんな終わった?」
「この蔓草模様、エルフっぽくね?」
「おー、エルフにいない槍使い」
「行こうぜー」
成長に合わせて上達しているとはいえ、魔力ずるい。五分もかからず作業を終えてワッと駆け出す子供たち。中層へ、迷いなく。丸腰は浅層、最低限の武装をしたら中層もイケる、の判断らしい。離れて木陰から見守るチュンリと、他二名いる大人たちは苦笑した。多少の危険も楽しめなノリ、子供のこれはもうどうしようもない。自分たち大人も覚えがあることだ。
一時間も小走りする四人。ヤブは少なくても道らしい道はなく、土は柔らかくて勾配が激しい天然のアスレチックを遊んでいる。でも彼らに油断はない。ここは狩る者と狩られる獲物に溢れた森。子供たちを獲物と定めて待ち伏せする魔物だっている。
「ハクちゃん、ルチャリブレ」
「バレてるか、このまま片付ける」
いち早く気付いたセナの警告を受けて、ハクは即断してダッシュした。ルチャリブレとは体高一メートル前後の巨大クモの魔物。テリトリーにクモの巣をいくつも張り巡らせて、獲物が絡まったらもうけもの、避けるようならそこら中のクモの巣を足場に空中殺法で襲ってくる。黒地に黄色のまだら模様、頭だけ赤いイナズマの縁取りがニクいマスクマン、無毒だが天然の縮地使い、八本の足を絡めたサブミッションすら使うテクニシャンである。ちなみに他の地域の常識は逃げる一択。キモくて怖すぎる。
「ひざカックン、ひざカックン、ひざの反逆カックーン」
ハクは歌いながらジャンプした。もう自分や味方までかかるヘマはしない。歌いすぎて慣れたし。ルチャリブレも内面に作用するデバフ魔法なんて簡単にかかりはしないけど、ひざのコントロールがキモの縮地が上手く発動せず、ハクの下を普通に突進して通り過ぎる。そこにポジションチェンジしたクウが槍を突き出し、ルチャリブレの眉間?かどこかに先端だけ刺さり、バックステップして待ち構えたトロが棍棒の横スイング、釘を打つ金槌の如く、クウが手を離した槍の柄を叩こうとしたが、ルチャリブレは物理法則を無視するかのようなバックステップで回避しながら槍を振りほどいた。どうやらルチャリブレは身体に何本もの糸を絡めて複数の巣や木に繋いでいて、魔力操作で糸の柔軟性を変えて高速機動に利用しているらしい。
セナは発見した時点で木の上に飛び、前進してから降りて、弓に魔力の糸で弦を張って矢をつがえた。そして自分に向かって宙を飛びながら背を見せるルチャリブレに射撃。ルチャリブレはクモらしい超反応を見せて、真下に糸を収縮させて着地、矢を掻い潜りながら回転、セナに向き直った。
「目をもつ存在は何人も逃れられない理が虚実と知「クウちゃん今」陽炎月影の術」
ルチャリブレの複眼は迫る複数のピンボケしたハクを捉えた。クモの巣は経糸に粘着物質がない点を利用してクモのお株を奪う空中殺法というかスカイラブハリケーン、プラス、クウの幻術による分身っぽい陽動。まだ雑な幻影だけど一瞬の迷いは生めるくらいに上達した。あと懐中電灯のスイッチを入れるくらいの労力と威力だから、詠唱は必要ない。
ブスリ
ただの細長い木の針だろうと魔力で硬質化して脳まで突き刺せば勝負は決まる。ただし虫はしぶとい。ルチャリブレの顔に足をつけたハクは即座に真後ろに引っ張られた。セナの糸によって。
動きが鈍りながらもハクに噛みつこうとした顎は空を切り、隙だらけの背中をトロが振り下ろした棍棒が叩き潰し、続けて頭を潰してルチャリブレは斃れた。
「今のコンビネーション、スマートだったんじゃね?」
「クモに幻術はおとなげなかったかな」
「ねばってトペ・スイシーダ見たかった」
「クモの巣から飛び出す技? それホントに使うのコイツ」
「オネー様が言ってたよ。ルチャリブレと命名した初代様とのでんせつの三十分一本勝負、通称ロクテンサン」
「悪ぃけど、おれそろそろ信じられなくなってきた」
「おっと残心残心。みんな、周囲のけいかいしろー」
「あ、けはいが感じない」
この日は結局、魔法まで使った戦闘の余波で周囲の獲物が逃げてしまい、猪どころか地上の狩りは失敗。クモの糸を加工した弦を張って、パワーアップした弓を持つセナによって撃ち落とされたキジが晩ご飯になった。大人に成果を自慢したい欲求は満たされなくて文句は出たけど、子供たちの胃袋サイズ的にはちょうどいい大きさではある。
日没前、ギリギリ小川が見えるくらいの距離に焚き火を設置、土を成形した鍋に水をくんで火にかける。
「みんなはもっと奥に行けそうだね。ボクはむりだなぁ」
トロがボヤきながら頭を落として血抜きの終わったキジを鍋に入れた。沸騰しそうな湯に通して取り出し、セナの魔糸で枝に吊るしてみんなで抜けやすくなった羽根をむしる。
「まぁチームプレーの火力はトロが一番だけど、ひとりの狩りは素早い獲物がキツいだろうな」
「苦手な敵はさける、ってだいじだよ?」
ハクは否定せず、セナはフォローするけど励ますニュアンスではない。別にリコピンシティには能力の優劣で人を見下す悪習はないから、浅層の狩りでも街で農業でもなんでもいい。あとセナはさり気なくむしった羽根を乾かして矢につけてパワーアップさせている。トロは苦笑しながら川辺で拾って加工済みの黒曜石のナイフに魔力を通して、吊るされたキジの腹をかっさばいた。
「だよね。むりはしないよ。ボクは浅いところでフツウの猪や鹿を狩るのが似合ってる。魔法もセントウ向きじゃないしね」
トロはそのまま尻からも切れ目を入れて両足を割いて、もも、むね、手羽、砂肝にレバーと部位にわけてカットしていく。それらは次々とクウが受け取り焚き火の上、薄くて穴だらけに成形した石板に乗せられる。ハクが持参した塩を振るとすぐに溶けて染み込んだ。
「トロちゃんのお料理マホーはこうげきに使うとすごいと思うけど、使わないか」
「まーたセナは本人も知らない使い方を知ってんだな。すごいのか?」
「うん。さわったら血がふっとうしてイチコロ」
「マ、マジ?」
トロは触れた辺りの温度を上げ下げできる。つまり分子の振動魔法。凍らせるほうは時間がかかるけど、熱するほうは一瞬で済む。体内への干渉は難しいものの、生物に全力で使えるようになったら一番凶悪かも知れない。
「そうなんだ。でもたたかっている時に使うのはむずかしいかな」
「トロっぽくねぇしな」
「そういやセナの魔法ってなんだ? 糸?」
「そだよー」
セナは空返事しながら小瓶を取り出し、一口大にカットされた鳥肉に魚醤を数滴垂らした。ブワッと立ち昇る香り。照り焼きには至らなくてもこれはこれでアリ。セナはニタリと笑って肉の上に森で摘んだ野生のハーブ、オレガノを一枚ずつ乗せた。肉汁が落ちて薪から煙が上がり、さらに肉を旨味コーティングしていく。
「ボクもトロちゃんと同じ。やろうと思えば強いマホーを使えるけど、ニクが食べられたらそれでいいかな」
「えーもったいねぇ。オーガとか倒そうーぜ」
「食えないヤツはヤ。倒したらホネちょーだい」
「いいぜ。すんげーヤツ倒してやっからまってろ」
自重なしで精霊を消した前科をもって、セナの中で強者への意欲も消えた。時空魔法は奥の手に隠し持ち、普段使いは汎用性の高い魔糸で満足していて、なにかが開花する予兆は感じない。これからは新しい力を求めるのではなく、力を使いこなす工夫が大事とセナは考えている。
「もっと強くなるつもりだけど、美味しいご飯が一番だよ」
「ねー」
血の気の多いハクとクウのブーイングを浴びながら、セナとトロのおっとり組は大きな爪楊枝で肉を刺して幸せそうに笑った。
「いやあんたら森に馴染みすぎ」
遠くでなんか聞こえた気がした。




