立春7-1 情報屋
森も大地もまだ白粉に化粧されているけど、街中はどこも雪解けにぬかるんだリコピンシティ。あと一度か二度は降雪があるとは分かっていても、春の到来を確信して道を行き交う住民の顔は明るい。食料の心配をしながら雪に閉じ込められている間はどうしても思考がネガティブになりやすい。季節の巡りは毎年一定。経験則でそれを知っていても、今年も来年もそうなると誰が決めた、精霊がそこらじゅうにいるっぽい不思議に満ちた世界で? 何度繰り返しても春は希望を届ける。他に届くものがあったとしても。
そろそろ陽が落ちて、狩りの新シーズンに向けて身体を作るというテイで遊ぶ若者たちの大声も聞こえなくなり、人通りがまばらになるころ、リコピンシティを珍しい客人が訪ねた。
ケット・シー。
子供の背丈の猫。それ以外は一切謎の生き物。妖精族とか旅する猫人とか言われることもあるけど学術的な分類があるでもなし、半魔のありがたいバージョン、精霊化した猫、くらいの存在に住民からは思われている。ちなみにリコピンシティに飼い猫はいない。野良猫が無数にいる漁村からの移住組が推定五匹ほど、家々を巡回している。ネズミを咥えて目の前で落とすと美味しい肉と交換できると思われているらしい。間違ってはいない。
ケット・シーが声をかけた第一リコピン人に案内されて、渦巻き屋根が男の子には好評でその他には不評の施設、集会所に入って上座に座り、バレリーナのように右脚を高く上げて毛づくろいしていると、カシラのサホーリーを始めとする重鎮が近寄り座った。アンミナ、ムグナン、ミハイル。サホーリーが抜けて三天王は語呂が悪い。妙な軋轢か生まれないよう旧リコピン村以外の誰かに入って欲しいが、実力と人望が際立った適任者がいなくてお困り中。
「ひんざすぶっちゃ」
「キューティクル・シャドーウォーカー……、ですよね?」
「ふっ、なんだその質問は。俺のなりすましでも来たのか?」
サホーリーが砕けた口調で手をあげるとケット・シー、キューティクル・シャドーウォーカーも気のない素振りで肉球を見せて返し、慎重に問うたミハイルには小粋なジョークで返した。
ミハイルは愛想笑いでにごす。見た目はデカい黒猫。服はなく、全身真っ黒に赤味がかった金眼。他のケット・シーを知らないから全員この見た目で別人の可能性を考えて問うた、とは言えない。
「前回が五年? 十年くらいか? 今度はどこまで旅してきたのやら」
「俺に区切りなんてねぇよ。気の向くままに美味そうな匂いを辿ってどこまでも。とはいえここの肉は別格だからな。思い出して帰ってきたってわけよ」
どことなく説教口調のムグナンにもキューティクル・シャドーウォーカーは気安く返した。どうやらケット・シーに寿命はない。四人が幼いころにも会ったし、もっともっと昔から関わっている。それよりも、と黒猫は四人の背後に置かれた麻袋をチラチラ見ながら長い尻尾をタスンと板張りの床に叩いた。
「分かっとる。備蓄の残りはたくさん余ったからコレ全部持ってけ」
「くくく、ここは気前が良いからお気に入りなのさ。他所は金とかいうやつ? なんにでも値段をつけて意地汚くていけねぇ。俺が視える土地も確実に減ってきている」
「ほう、これまた面白い話でも仕入れてきましたか」
やはり純粋な生物とは違うなにかか。さり気ないヒントから察しても口には出さず、ミハイルは土産話に水を向けた。リコピン村の時代から、一部の者が外の世界を知っている大きな理由がこの猫になる。リコピン村のような、不思議生物を見ても捕まえろとか殺せとか騒ぐでもなく、あるがままに受け入れる牧歌的な田舎は世界中にそれなりにあって、自分で名付けているとしか思えないキューティクル・シャドーウォーカーは各地を旅しては視える人と交流し、娯楽を兼ねた貴重な情報とご馳走を物々交換する。冬の始めより春の始めのほうが財布の紐が緩くなるとか、人の心理にも長けていて、彼か彼女か性別不明なこの猫をナメてザマァされた集落もある。
「ゴブリンはおとなしくなったみたいだな。拠点を覗いたら王が消えて数が減って、どこにでもいる群れに成り下がってた」
「貴方の忠告のおかげですよ。ウチらに被害は出ませんでした」
そう、キューティクル・シャドーウォーカーがいち早くゴブリンの危険性を教えたおかげでリコピン村は監視態勢を築いた。他の者はいざ知らず、思慮深いミハイルはふんわりと疑っていることがある。忘れたころに現れては重要な情報を食べ物で教えてくれるこの猫、リコピンかこの地域を気にかける占い師のような妖精ではないか? 思っても口には出さない。あってたとしてもありがたさが増すだけでなにも悪くないのだから。
「そりゃ良かったな。ただ……、何事も見えない糸で繋がるのが世の習い。ゴブリンの盾が消えて、もっと奥からもっと大きな脅威がくる、かもな」
「兆候がありましたか?」
「帝国とかいう大きな大きな国が育ちつつある。人のすることは芸がなくていけねぇ。数を増やせるだけ増やして縄張りを広げて、逆らうヤツは殺しにかかる。アンデッドを消す魔法がどうとか調子に乗っちゃって。ハッ」
「んー、警戒ば必要だか?」
「どうかな。今のところは放っといても自滅すると思うが。人って時々異常なしぶとさを見せるからな。それよりお前らも、しばらく見ないうちに大きな街にしたようだが、集団は大きくなるほど内から腐るって知っとけ」
ま、ここに醜い欲望はまるで感じねぇが。キューティクル・シャドーウォーカーは何故か一瞬口を半開きにしたフレーメン反応を見せてから立ち上がり、四人を素通りして後ろの麻袋に触ると一瞬で消した。空間魔法で収納かなにか。間違いなく能力は人外レベルを匂わせる所作。誰も挑みはしないがサホーリーは少し疼いた。世の中上には上がいると教えるのもまた、猫妖精なりの優しさかも知れない。
「じゃあな、そのへんで寝床借りてくぜ。ああそうそう━━」
キューティクル・シャドーウォーカーは出口で一度立ち止まり、気持ち後ろに顔を向けて言った。
「東からエルフの匂いがする。悪いヤツらじゃなさそうだ」
久し振りのメンツだろうと馴れ合う気はない。ドライな猫は言いたいことを言い終えてさっさと集会所を出た。
そして来た時から気になっていた巨木に歩く。すでに辺りは暗く、人混み嫌いな猫が安心して近寄ると、根元近くで野良猫も集会を開いていた。
「ンなぁ(猫妖精? んなもんいるか)」
「なン(見たんだって)」
「なーご(挨拶でもしとく?)」
「のーう(おまっ、プライドってもんが……)」
「にゃお(それ採用)」
「おおぉう(ですよねー)」
「みぃー(誰行く?)」
「よぉー(セナの旦那に一票)」
「くぅるる(諸刃の剣、抜くのか?)」
「これがホントの猫シエーター」
「「「「「ノーウノウノウ(ヒズガンガンガンガン)」」」」」
さらっと野良猫に溶け込んでいる少年を見て、キューティクル・シャドーウォーカーは全身の毛を逆立てた。
そうか、この子が嵐の中心か。プンプン匂うぜ。本物の天然臭がなっ。
キューティクル・シャドーウォーカーはフレーメン反応を見せてから裏に回って幹を伝って登っていった。寝心地の良さそうな場所取りより重要なことなどない。




