秋分6-1 逆に器用
時折冷たい風が梢を揺らし、透明な波のようなうねりが森から溢れ、熱気を逃してなるものかと演奏家たちが強く強くもっと強めで盛り上げる。
もうそろそろ日が沈む森のはし、スズムシにキリギリス、マツムシあたりのセッションに、リコーダー初日のような外した空気音が被った。まだ三十分は遊べる、いや遊ばなければと今日をラストスパートするセナたちが口をすぼめてポヒューポフーと練習に集中していた。
意外というか妥当というか、偶然口笛が発見された。発見者はコダックという青年。見事にリコピンシティの音使いの異名がつけられ一夜にしてスターダムにのし上がり、誰もが口笛に挑戦して次々に上手な人が現れて、コダックは一夜で忘れられた。
当然子供たちは夢中で真似するけど上手くいかない。歯が抜けているせいで難度が高いと気付いていない。そして子供は失敗が続くと飽きる。実質数十分程度だが、本人の体感今日一日頑張って口笛が成功しないセナは我に返った。枯れ葉をこする風に虫、枝から葉っぱのハーモニー。耳を澄ませて思う。
こんなにも世界は音に満たされているのになにやってんだろ?
鳴らないことを鳴るように努力しなくても、鳴るものを鳴らせばいいよね。
セナももう八歳。保護者役の老人に見守られているとはいえ、危険な森に遊びに行くからと弓を背負っている。母の真似した格闘は身体が幼くてものにできないから、父の真似して得物を弓にしてみた。
子供用だが実戦に使える短弓を取り、セナは片膝立ちにしゃがみ、弓の持ちてを膝小僧で踏んだ。そしておもむろに膝の上、鹿の腱が張られた弓弦を指で弾いた。
ポゥィィィーン
物悲しく、ゆるく、落ち着いたバーテンダーのような魅力を内包した音色が響くと、一瞬森が止まった。森はすぐに演奏を再開したけど人は、クウやハクたちいつもの友達は、ゆっくりセナに首を向けた。キス顔で。セナはなんとなく大人びた微笑みでみんなを見返したまま、今度は弓弦の真ん中を左手でつまみ、右手でもう一度弾いた。
ハァァン?!
ヤンキーが突然テンションを上げて呼びかけようとしたら裏返って恥ずかしい声のような高音が響き、森はもう反応しなかったけど、子供たちは衝撃を受けた。
「そうか……、そういうことかよ」
「ああ、しこうゆうどう、すっかりだまされちまったな」
どういうことかも誰に騙されたのかも誰も分からない。子供のノリに真剣に付き合ってはいけない。口笛チャレンジは破棄されて、帰宅を促す夕焼けに空が染まるまで残りわずか、子供たちはありったけのパッションを投入して創作した。
セナは片膝立ちをキープしたまま、この楽器の未来を想像した。ロックなゴキゲンナンバーがチラつくけど形にならない。弓はヴァイオリンなどを弾く側であって弾かれる側ではない。この態勢から弦楽器の進化は望めそうにない。では弾き方を工夫したらどうだろう? セナは魔力の糸を利用して、手応えにニヤリと笑った。
トロは木の幹に対面して陣取り、周囲に両手で抱えるサイズの小岩をいつくか並べ、いい感じの小枝を二本、スティック代わりに握りしめた。モアイの流れを汲むドラマーが新たに誕生した。
クウは目の前に五十枚ほど、多くはない枯れ葉を集めて風魔法を発動させた。こちらはドラムはドラムでもドラム式洗濯機。枯れ葉が横向き渦巻きにこすれてワシャワシャ言うとる。
ハクは手ぶら? チッチッチ、人差し指を左右に振り、「最高の楽器は始めから持ってたのさ」そう言い自分の喉を親指で指した。口笛は自分の喉ではなかったらしい。
急速に薄暗さが増していくモスグリーンの天井からささやかなスポットライトを浴びて、まるで神社の境内のように、虫の音がどこか遠くに聞こえる異界にズレた森のはし、フォーピースバンドは青春を熱唱した。ワンフレーズだけ。
「ねむくねーし ごはんまだだし 食べてねーし」
ココスコココスコカッ、カカッ。トロが幹を左右から連打して小岩も混ぜて、包丁さばきで鍛えたリズムを刻み。
「ねむくねーし ごはんまだだし 食べてねーし」
ワシャシャシャ、ワシャッ。クウが両腕を左右に広げて操り人形で戯れる魔王感をかもし出し、風の回転を上げてマラカスに似たハイハットを担当し。
「ねむくねーし ごはんまだだし 食べてねーし」
トゥルルル、トゥルルリン。早くもセナが弓弦を大量の魔力の糸で引っ張って放すアルペジオを発明し。
「おふろはいって ニクくうまで このゆめは 終わらない」
フィニッシュ。ハクは天に拳を突き上げうつむいた。途端、森から盛大な大合唱のスタンディングオベーション。
リズム、音程、強弱。素人にしてはという但し書きがつくとはしても、奇跡のようにかみ合った生演奏。寝てるのか起きてるのか哲学と受け取れなくもない詩の深さもさることながら、その歌がただの歌ではなかったことに、今日の見守り番人ゼネアスは目を見開いて硬直した。
目が冴えて、今夜のごはんは肉の口になっている。母さんが魚を出したら不機嫌になる確信がある。それ見た母さんにネチネチ攻撃される未来まで見える。つまり身体が歌の影響を受けた。
ゼネアスは鳥肌を立てながら思う。話には聞いていた。セナを代表とする精霊の愛し子世代は常識が通じないと。他人の内部に作用する魔法は普通は効かない。蜂の魔物が集団でかける精神魔法があるがあんなのは特別中の特別であって、誰もが持つ抵抗力を突破する魔法なんて強力すぎる。しかもこのコたちはまだ子供。今でこれなら将来どれほどの……?
そう考えて背筋が寒くなったが、冷静になるとべつに脅威ではないかも知れない。ハペコの治癒魔法と同じだ。治癒も歌も、抵抗していないから効く。受け入れている時点で攻撃でもなんでもない、はず。そうだ、子供の歌を恐れるなんてどうかしている。ゼネアスは好々爺の微笑みに戻した。
「ひむろ はいりたかったー こおり さわりたかったー」
気持ち体温が下がったような。ゼネアスは変化を観察、分析する。トロが歌い、同じフレーズを繰り返すうちにハクも重ねることで小さな魔法が発動しているらしい。子供たちは演奏が楽しくて気付いていない。
「しゅうえんよりきたる ぎんよくのだてんしー」
えっと、なに? 作用しようがない内容なら問題なしと。これらの情報は仲間にも伝えておこう。ゼネアスはだんだん観察が楽しくなってきた。魔法の新境地はいくつになっても心躍る。
持ち回りでひとりひとりワンフレーズ歌っていき、セナも魔力を喉に込めて想いを解き放った。
「ひざカックン ひざカックン ひざのはんぎゃくカックーン」
テロテロテロテロテロリロン、音階は無茶苦茶だけど、ライトハンド奏法の到来を予感する速弾き。
「ひざカックン ひざカックン ひざのはんぎゃくカックーン」
温厚なトロも汗を振り飛ばし、右から左から幹を連打する。上から下へが楽と気付く日はくるのか。
「ひざカックン ひざカックン ひざのはんぎゃくカックーン」
クウは魔力を使い果たしたようにくずおれた。
「ひざカックン ひざカックン ひざのはんぎゃくカックーン」
ハクもシャウトしながらチカラが抜けて地に膝をつく。
ゼネアスも脱力してペタンと地にへたり込みながら薄暗い森の枝葉を見上げた。まさか。
そう。昆虫という昆虫が大量に降ってきた。
ゼネアス、女子みたいな悲鳴をあげた。子供たちは、別に、なんとも。




