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冬至5-2 バタフライエフェクト



 冷え込みが厳しくなり、リコピンシティは連日銭湯が賑わう。他に娯楽がないともいう。

 番頭というか管理責任者のモアイひとりでは手が足りずに若い衆も駆り出される。朝からサウナに入り浸って整いすぎた連中がデキるバイトリーダー感をかもしながら薪や焼け石を運ぶのを、整いすぎて菩薩顔のベテラン勢がホッコリ見守る。全員万能感に酔っているけど錯覚だったと寝る前に気付く。


 メンテナンスを終えた帰り道、昨日と同じ一日が今日も暮れて、澄み切った夜空に星が瞬き、昨日までと違って青い月が全く見えない銀河を見上げて全員思う。明日か、と。


 翌日。今年もあの御方をお出迎えする日がやってきた。

 人口が増えて、戦える者は全員参加ではなくなった。ひとりというか一体を相手に大勢で突撃するのは、捨て駒を使って構わない戦術だったらアリだとしても、死者ゼロの完全勝利を求めるなら悪手だ。統率のとれない集団はただの烏合の衆になる。

 だから近年は選抜メンバーによる行事に変わっていたけど、元カシラのオネー様が突然全員参加を呼びかけた。非戦闘員の子供や隠居組まで含めて。


 「サホーリー、いやカシラ。そろそろ『作業』に変わってダレてきてないか? 精霊は学習しないから倒し方が確立してしまえば毎年同じことの繰り返し。そう油断していると死ぬほど後悔する目に遭うぞ。本当に学習しないと決まったわけでもない」

 「んだらこったいわれでもどぎゃん」

 「リーダーは、お前は何事も最悪を想定しろ。集団を率い、他人の命を預かる者は口が裂けても想定外なんて言い訳はするな。想定して備えるのがお前の役目だ」


 邪な人がいると思うから法を作る。他国や魔物に攻められると思うから軍を作る。川が氾濫すると思うから堤防を整える。日照りが心配だからため池を作る。飢え死にが怖いから備蓄する。

 楽観する人はなにもしなくていい。窓際が適所で分かりやすい。

 とてつもなく当たり前の道理だが、実行することのなんと難しいことか。


 「んだからどぎゃん」

 「だから余裕をもって戦える今、戦わない者や将来戦うかも知れない子供に見せておこう。人が増えた弊害じゃな。自分は無関係、とか思われると距離が離れてしまう」


 サホーリーは一応納得はしたけど内心不審感はもった。詭弁くさいとでもいうか。トップの立場を押し付けておいて全員動かすのはオネー様らしくないというか。

 とはいえしこりはあれど強く反対する理由もなし、急遽見学者多数の全員参加が決まった。

 子供を筆頭に見学組はサプライズな一大イベントに興奮している。

 危険? 子供ひとりが怪我したら安全性を訴えて全ての公園から遊具が消えるクニじゃあるまいし、ひとりで狩りが普通のリコピンは甘くない。


 「んだらばきぃつけっど?」


 その日の夜更け、サホーリーの号令のもと、全員街から北の荒地へ移動した。

 あと今更だけどサホーリーの言葉は誰にもほとんど通じていない。フィーリングだけでなんとかなっている。


 深夜、誰もが緊張にのまれて静まり返る荒地の先、大山脈から強烈な吹雪が押し寄せ、渦巻き、やがて台風の目のように空白の暗夜が近付き、その奥からコッコッと骨を打ち鳴らすような蹄の音が響いてきた。

 上から下まで氷の装甲に覆われ、星明かりを映して鈍く白銀に光る全身。巨大な馬に似たなにかに跨る身の丈三メートルは超える威容。なにより精霊ならではの人に非ざる強大な存在感。


 リコピンシティに合流した側、元他村の者の中には一目見ておこりにかかったように震える者が多数いて、オネー様はチラリと横目で見ながら小さくため息をついた。

 やはり見せておいて正解だった。旧リコピン村と他村には差がある。リコピン村の人々が当たり前のように向き合ってきたモノが他村の人々の心を折ることもありえる。この差を埋めないまま先に進むときっと取り返しがつかなくなるほど乖離する。例えば強者が弱者を見下す風潮がはびこるとか。


 初めて相対する敵としての精霊を見て衝撃を受ける見学組を背後に、選抜メンバーは去年と同じ手順で戦闘を始めた。

 特筆することはない。オネー様は油断大敵と言ったけど、実際同じことが通じてしまう。サホーリーは最初からだったが、冬将軍との戦闘はまるで興味をもてない。


 それでもメンバーの大半は子供や初見組の尊敬の眼差しを受けて気分良く戦った。

 基本戦術は機動力を封じつつ夜明けまで持久戦。いつも通り硬質化した土の柱をそこら中に生やし、ひとりひとりはヒットアンドアウェイで体力魔力集中力を切らさないように気をつけて、何度も訓練した通りの連携を決めていく。


 そして夜明け前に第二形態、氷の女騎士。見た目はスリムになりながらも存在力をさらに増した圧倒的なボスクラスの威厳にあてられ見学組は呼吸困難になる。

 しかしメンバーは慣れたもの。ここからは余力を気にせず陽が差すまでの数分、最大火力で畳み掛ける。去年まではトリはオネー様だった。今年は伝統を受け継ぎ、というには早すぎるが新しいカシラのサホーリーが務める。


 「ぶらぁぐない」


 魔力アップの恩恵を受けて編み出した新魔法、黒い影のサホーリー三体が騎士を囲んで同時に突撃した。見た目はサホーリーと同じ幻影バージョンがフェイント専用の小技であるのに対し、こちらの黒影は速度と攻撃力だけを求めた火力専用の小技。強者を相手にするには所詮小技でしかないが、仲間のサポートがあると隙をなくして有用になる。

 

 左右後方から影が、正面から本人が棍棒を振り上げ、横になぎ、かち割り、振り抜く。様々な角度から同じインパクトでぶつかるエネルギーにさしもの騎士のランスも霧散した。

 続けて騎士の鎧もダイヤモンドダストのように煌めきながら宙に溶けていく。

 いつものパターンにメンバーはホッと息をつき、固唾をのんで見守っていた人々はクライマックスに心を奪われた。


 最後に鎧の下の、女王然とした美しくも無機質な顔を一瞬見せてそれも宙に溶け━━、ない!


 「っ! さがれっ」


 サホーリーの口から珍しく誰にも聞き取れる発音で警告が飛ぶ。最も近くにいた本人も全力でバックステップしながら理屈ではなく本能で合点がいった。


 オネー様はこれを予見していた。どうやって? 兆候はなんだ? 

 そもそも数年前に第二形態が現れた原因はなんだ? そこから推測できる条件は二つにひとつ。

 フィールドに立つ人々の魔力の総量か、……、精霊のお気に入りのセナだ。

 オネー様はこれを見越して全員連れてきた。間違いない。意図は不明だが厄介な。

 サホーリーは奥歯を噛み締め打開策を練ろうと考えたけど、これまた本能で詰みと悟った。


 自分も仲間もガス欠。第三形態はさらに存在力ツユダク危険度マシマシ。希望が持てそうな材料はもう夜明け、おそらく数分で消える。その数分で全滅しそうな予感が止まらないから詰みなんだが。


 単純に強者が相手だったらサホーリーは喜ぶ。例え明らかに自分では勝てなくて殺されると分かっていても。どう逃げるか死力を尽くす時間が堪らない。命を懸けている瞬間に生を実感する。

 しかしリーダーとして、預けられた無数の他者の命は重すぎる。自分の命ほどは簡単にギャンブルできない。

 無力感に歯ぎしりしながらバックステップするサホーリーの横を前進する影が通り過ぎた。


 「オネー様?」

 「こい、ガシャドクロ」


 オネー様の背後に十メートルは超える巨大な骸骨が出現し、蚊を叩き潰すように両手を重ねて氷の女王を拘束した。動きを止められるのは僅かだとしてもそれで充分。

 イレギュラーな展開についていけない面々に背中を向けて、オネー様は叫んだ。


 「皆のもの、目に焼き付けろ。これがリコピンシティの頂点じゃ」


 人の顔を持つ人間大のクモ、土蜘蛛が現れ土の柱を登ると糸を吐き出し、オネー様の差し出す両手に絡むと一瞬で収縮してオネー様を天高く飛ばした。

 初代様に憧れ、完コピは無理でも真似した技の数々が走馬灯のように瞬く。

 

 「そも、お山に(かね)あり。墓所、転じて蛇となす。


  王理、春来ぬ。天之叢雲。


  泡沫(うたかた)を写す。草薙剣。


  十六ビートで刻む八小節。


  空即是色のリズム花鳥風月。那由多凩降りろ八岐之大蛇」


 空に浮かぶは八頭の竜。鎌首をもたげた和風ドラゴンから極太レーザー発射。ズドンとクレーター。


 第三形態を相手にしてもなおやりすぎだった。倒したわけではないが、時間切れまで何もさせずに消耗させた。

 

 アンミナたちが風を操ったこともあり、ほどなく土埃は晴れて、朝日を乱反射してダイヤモンドダストに煌めき消える冬将軍を背景に、全てを出しきってすっからかんのオネー様がみんなを見ていた。


 自分こそ目に焼き付けるように、穏やかに微笑んで。


 「ちゃんと見たか? ワシを超えてみせろ。精霊はまだ上がある。もっと危険な敵が現れる可能性だってある。だがしかし、皆もまだ上がある。自分はソチラ側ではないと自嘲する者、勘違いも甚だしい。このワシは、今まで出会った全ての者の言動と自身の選択によってワシになった。自分でしょうもない境界線を引くな。ソチラもコチラもない。リコピンシティに、この世界に無意味な者はひとりもいない」


 オネー様は両手を広げて天を仰いだ。


 「いつかきっとリコピンシティから初代様すら超える強者が現れる」


 サホーリーが両の拳を握り締めた。憧れて真似したのはオネー様だけではない。

 

 「いつかきっとリコピンシティが流行の発信地になる」


 アンミナが噴いた。


 「いつかきっとリコピンシティから後世に名を刻む発明王が生まれる」


 コン改めサコンはいつの間にか内気な少年から精悍な戦士に育っていた。サンドと揃って不敵に笑う。


 「いつかきっとリコピンシティは天空を飛ぶ」


 それはねぇよと全員思ったけど、セナたちチビッコ組は雷に打たれたようにビビっときた。


 「可能性は無限大。張れる伏線は張っとけ。面白い未来を皆で作れ。皆で、じゃ」


 オネー様はゆっくり前のめりに傾いた。


 「ババァの最期の贈り物、受け取れ」

 「ババァなんかじゃねぇよまだまだ元気だろーがフザケんなっ」


 モアイが泣きながらダッシュして受け止めた。


 ……オネー様は疲れて眠っただけで、もう数年は生きる。

 元・リコピン村の弾幕ウィッチ、イサリビは隙あらば伏線張るけど打率は低い。

 そしてモアイはリコピンシティのおばあちゃんっ子の異名に変わってイジられ続ける。



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