冬至5-1 坊∅W'z
どの家の軒先にも鮭や大根が吊るされて、寒風に干されている。害虫がなく腐敗しにくい、冬の気候を利用した保存食作りは昔ながらの光景ではあるが、近年の発明ラッシュの影響か、荒縄による亀甲縛りの鮭とか、縄をクモの巣に見立てて絡まる根菜類とか微妙に前衛芸術の香りが漂う。
そんなリコピンシティに珍しく大声ではなく、一軒一軒を訪ねるメッセンジャーが。訃報である。空気を読んでしめやかにというより、「誰それが亡くなったってよ」とか叫んで知らせるのはバカっぽいから謹んでいるだけであって、各区を受け持つメッセンジャーはべつに葬式プランナーみたいな顔は作らない。
今回はセナ一家の知らない住民が老衰で亡くなったらしい。
人口が増えると自然、頻繁に訃報が流れる。
『死』という重いテーマはいつの時代、どこの地域にもつきまとう。
人は死ねば終わりなのか。死んだ先に『なにか』ないのか。あるとしたらなにか。
分からないことは恐ろしい。だから分かったつもりになって安心できる装置━━、宗教がどこでも必ず生まれる。
そして一口に宗教といっても地域によってスタイルは違う。
失うものが多い権力者は自身の死を特別扱いしたがる。特別な先が用意されていると信じたがる。
戦死の多い環境は、例えば勇敢に戦った者の魂はヴァルキリーに選ばれるとか、死を讃える風潮が生まれる。
植物が生えて枯れて種が落ちて芽が出てまた生える、植生豊かな環境は輪廻転生の思想が受け入れられる。
トラックにはねられ異世界転生ですら、信じる人にとっては宗教といえる。
魔法のない世界は、想像上の化け物、アンデッドの恐怖が『宗教の設定』をより複雑にする。
葬式に見られる弔い方は、その地域が採用したアンデッドを発生させないマニュアルだ。未練が強いとアンデッドになると考えられるから、安らかに眠れと説得するのが葬式になる。
アンデッドは具体的に何が怖いのか。物理が支配する世界で物理無効はお手上げだから怖い。
では魔法のある世界の、魔法で倒せるアンデッドは? 当然怖くない。
そう、いつぞやのアンデッド、キャオルをリコピン住民が恐れなかったように、特別危険な化け物扱いにはならない。
もちろんリコピン以外の地域ではそれなりに恐れられる。それなり、程度だが。
誰でも身体強化は使える。つまり、多少なりとも魔力をまとっているから、アンデッドを攻撃して倒せる。普通の魔物と変わらない。
アンデッドに対するおおよそ世界中の常識はこんな感じになる。
まずはゾンビ。動く腐乱死体。知性を感じない。遅い。腕力も弱い。総じて弱い。キモい臭い以外に怖がる要素がない。同じ人間として、死んでも動く見苦しさによる忌避感は強い。
次にスケルトン。ゾンビの身体はそう時間を置かずに腐り落ちる。すると重りが消えて、生前の物理に引っ張られて鈍かった身体が、魔力による機敏な動きに変わり、生前より強力な身体強化が発動し、五感によらない周囲の把握なども加わって、只人の死体ですら達人のような域に至る。とはいっても只人のスケルトンは素手だから脅威というほどでもない。
一般的にはこのスケルトンから恐ろしいモンスター扱いされる。
次にレイス。骨の身体も風化する。激しく動けばなおさら。身体を失い、それでも魂の自我が強いのかなんなのか、詳細は誰も知らないけれど、まだ現世に留まるアンデッドは霊体で動くレイスになる。ユーレイとの違いは不明。同じかも知れないし同じ扱いでも誰も困らない。
この状態は完全に物理無効。流石に一般人が身体強化で殴る程度では倒せない。
レイスがさらに強力になるとノーライフキングと呼称されるけど、それは都市伝説の類になる。実在は確認されていない。
要は戦争や疫病のような度を超えた大量の死が怖い。大量のスケルトンは倒せるとしても、恨んで死んだアンデッドに暴力を振るった結果、さらなる恨みによって大量のレイスに進化させてしまったら目も当てられない。
だからスケルトンの手前、雑魚だとしても大量のゾンビが出てしまうとその土地を離れることになる。魂は風化する。恨みはそう長続きしない。ほとぼりが冷める数十年放置が適切となり、だからアンデッドを消す魔法が革命的ともてはやされる。
逆に言うと個人の死は恐れられない。いや、恨んで死なれると怪談が現実になるから怖いけど、いわくのない普通の死からアンデッドはそうそう発生しないし、しても怖くない。
リコピンのような欲望から遠い牧歌的な集団は特に。今回のように誰かが老衰で亡くなってもしんみりすることはなく、なんなら天寿を全うした者は最高の終わり方だねと祝福される。
北欧神話、ギリシャ神話、ケルト神話、リグ・ヴェーダ、記紀神話などなど。自然発生する宗教は分からないことを想像で補うフィクションであって、何かを指図することはない。この舞台装置をどこかの偉人が哲学的に改造して広めたり、国家が政治に利用すると同じ宗教と呼びつつ別のナニかになる。
リコピンシティはまだ神話の原型が生まれ始めたくらい。昔話に混じる「そのオチなんなん?」てモヤっとする作品が多め。『ハーピーバースデー』『ライブハウスぶどう畑へようこそ』とか。
空き地に土葬するだけで個々の墓石もない。宗教者もいない。なまじ精霊を始めとするファンタジーを感じる世界のせいで、古代天皇やファラオのような現人神系も生まれにくい。
明らかに精霊に特別扱いされているセナが、例えば権力を求めたり承認欲求強めだったらシャーマンとしてヒミコのポジションになるけどなりそうにない。
結果、住民が亡くなると知人友人ご近所さんが集まり、誰が音頭をとるでもなく、埋葬して軽く歌って踊って弔って終わりになる。
「えー、では、リコピンシティのリズムドリブラー、ドンキードさんの冥福を祈って、ドンドンドン、ドンキー、ドンキー本気ー、リ・コ・ピ・ン・ソウッ」
「「「ヘイっ」」」
ひとりで森に入り、危機一髪の経験は数知れず。金の概念はなく、執着するほどの物もなく、恋愛もサバサバしまくり。ドス黒い感情はせいぜい食い意地くらいか。
そんなリコピンシティでは死ぬ側も、見送る側も命の扱いが軽い。簡単に死を選ぶという意味ではなく、自然体で諸行無常の常在戦場。生粋の狩人である。
葬式らしくない葬式を終えて解散する人々に混じり、知らない他人だったけど暇だから参加していたオネー様が誰にともなくひとりごちて伏線を張ってみた。
「ワシもそろそろお迎えがきそうじゃの。派手に散ってみせようか」
いやアンタさっきヘイってノリノリだったじゃん。周囲の全員が思ったけど口には出さなかった。




