第二十八話 浮島の正体
──ぐるぐる、ぐるぐる。
目が回る、気持ちが悪い、時々どこかに体がぶつかる──痛い。
ここはどこだ、上はどこだ……俺は、生きてるのか?
「……ぐっ」
自分の声が耳に届く、良かった……俺はまだ生きている! 少し気を失っていたのか頭がぼんやりとする……何が起きたか整理しよう、島から帰還しようとしてぬかるみに足をとられた俺はそのまま沈んで……ああそうだ、あの大穴に飲み込まれたのだった。
「……イサナ、イサナ? 聞こえるか?」
返事は無い、電波が届かないのか通信機が故障したか……またはその両方か、てっきり穴に落ちて落下死するものだとばかり思っていたが……この場所はなんだ? さっきから洗濯機に放り込まれた洗濯物のように俺の体を軽々と回転させられ続けて気分が悪いったらない。
「ああくそ……そう言う事か」
吐き捨てるように一人毒づく、首をひねって辺りを見回しても視界に映るのは土に泥に小石ばかり、それらが延々と俺を巻き込んで同じ場所でかき混ぜられ続けている……つまりここはあの島の胃袋の中なのだ。良くて泥や土で窒息死、下手に息を止めようものなら小石に少しずつ体をすり潰されながら惨たらしく死ぬ事になる……何とも良い趣味の二択を迫ってくるものだが、俺がそのどちらにもなっていないのは間違いなくこのスーツの耐久性のお陰だろう、調子に乗って改造したせいで完成が遅れたと宇垣や帆吊が笑い話のように言っていたが、今この状況においては感謝しかない。
「どこか掴めるところは……うっ……!?」
段々と回転にも体が慣れ、何か無いかと手を伸ばすと壁らしきところに一瞬指先が壁に触れただけで激しく火花が散り、思わず手を引っ込める。ただの壁じゃない、乳白色をした石が鍾乳石のように壁面にびっしりと棘状に生えているではないか……どうやら、俺をすり潰そうとしているのは泥や小石だけでは無かったようだ。
──どうする。体を丸め、ダメージを最小限に抑えながら必死に頭を回転させる。
いくらこのスーツが頑丈でもこのままずっとここにいてはいずれ限界がくるだろう、もしどこか一ヵ所でも綻びが生まれたらそこからは一気に崩壊する筈だ……その際下手にマスク部分が生き残れば俺は最も痛みを感じる形で死を迎える事になる、最早何がどこの肉なのか分からない状態にまですり潰され、島の栄養となる自分を想像し一瞬背筋が寒くなる。
「そんな目に遭うぐらいなら、いっそ今すぐにでも死ねば苦しまずに済む……か」
丸まったまま腕のデバイスを起動するとなんと傷一つ無く生きているではないか、改めてこのスーツの頑丈さには驚かされる……両腕のトライデントも生きている事が確認出来た。これを自分に撃ち込めば元々巨大深海魚用の毒なのだから下手をすれば一本の針で致死量だろうし、そもそも針が大きいので胸や頭に撃ち込めば即死だろう。
『シューゴ……僕ね、シューゴの事好きだよ』
「っ……!」
思考が定まらず、意識が飛ぶ寸前にイサナが囁いた言葉が脳裏でフラッシュバックし思わずハッとする。一体何をしようとしていたんだ俺は、研究所の皆の意志を背負い……イサナの想いを受けたこの命をさっさと投げ出そうとした事実に自分で自分が信じられず、両手で何度もマスクを殴る。
「馬鹿か俺は! 考えるならもっとまともな事考えろ! 諦めんな俺!」
状況は絶望的かもしれない、だがスーツはまだ無事だし何より俺は生きてる!……ならまだ生き延びる可能性はあると信じ込め、諦めるのは最後の最後でも出来る筈だ。
「装備は……両腕のトライデントは生きてる、アンカーは……良かった、二つとも巻き取れてたみたいだ」
腰に手を伸ばしアンカーが無事である事が確認出来てホッとする、足に装着していた採取用の箱などが一部の工具類が無くなっているがその程度で済んだなら御の字だ。
「……待てよ、そもそもエイトはどうしてここの木を持って来れたんだ?」
それはふと浮かんだ疑問だった。そもそもここへ来る原因となったのはエイトが咥えて持って来た一本の木だ、エイトもこの島に上陸してむしり取ってきた?……それは考えづらい、イサナも言っていたようにエイトは乾燥が苦手だ、わざわざ全身を目的も無く外気に晒すとは考えにくい。
もしただの流木だったのであれば考えるだけ無駄だが、あの流砂にも耐える木が簡単に抜け落ちるとは思えない……今この大穴に木が入り込んでいないのがその証拠とも言えるだろう、ならば他の可能性は無いだろうか? エイトがあの木をむしり取るに至り、それを俺達に見せようとする可能性……或いは、理由。
「……戦利品?」
ポツリとこぼれた言葉に脳がフル回転し色々なものが繋がっていくのを感じる……今脳裏に浮かんでいるのはただの憶測に過ぎない、だが……試す価値はある、心を決めると両腕のトライデントをまっすぐ構え呼吸を整える。
エイトを始めとした巨大深海魚はそれぞれ決まった縄張りをもち、基本的にはお互いに縄張りを侵すような事はしない。だがこの浮島はただ波に流されるだけ……結果エイトの縄張りに入ってしまい、襲われたとするならば……だがそれだとおかしい点が一つある。エイトは基本的に温厚な性格をしており小型の深海魚は無視するし当然岩キノコのような無機物にも興味を示さない、では何故今回に限って島を攻撃したのか……辿り着く答えは、一つだ。
「俺はまだ生きてるぞぉぉ! 毒を食らいたくなかったら、今すぐ吐き出せぇぇ!」
回転し続けバランスなんて取れない中で先程俺の指を弾いた壁が見えるタイミングでトライデントを乱射する、残弾なんて考えない……乱射しては回転し、また乱射しては回転してを繰り返し四週目に入った辺りで突如辺りが激しく震え始めた。
「っ……! そうだ! さっさと吐き出さないともっと苦しい思いするぞ!」
最後の一押しとばかりに乱射するとあれほど激しく回転していた泥の流れがピタリと止まった、気絶でもしてくれたかとホッとしたのも束の間……すぐに周りの泥が再び動き出し、今度は猛烈な勢いで吸い上げられていくではないか!
「う……うおおおあああ!──あっ」
堪らず叫び声を上げ……次に目を開くと視界一杯に広がったのはオレンジ色の空だった。しばらく呆けたように眺めていると下から低いがよく響く声が耳に届き、顔を下に向けると浮島から頭や手足が生えていた……見てくれは亀のようだが楕円に膨らむ胴体はクジラのようにも見える……やはり、あの浮島の正体は巨大深海魚の一種だったようだ。
「やった……やった、生き延びてやったぞ! 俺の勝ちだ!」
どうやら泥などと一緒に潮吹きの要領で随分高くまで飛ばされたようだ。一旦その事は後回しにして歓喜に打ち震えていると俺の叫びに呼応するかのように巨大亀が再び鳴き声を響かせた、俺にはそれが怒ってるようにも悔しがっているようにも聞こえ思わず両手足を伸ばしてガッツポーズをしてみせる。
「……さぁてどうする、いったいどうやったら無事に着水出来るんだ?」
一通り叫び終え、緩やかに落下しつつ少し冷静になった俺は目の前に広がる海を見つめて考えていた。バランスをとる為に昔見たスカイダイビングをしている人の恰好を真似してみているがこれがなかなか難しい……せめてパラシュートでもあればと思わずにはいられないが、よく考えればパラシュートがあったところで使い方が分からない。
「頭からは論外、うつ伏せも……駄目そうだな。なら背中からか足からかって話になるが……このスーツでも、さすがに骨の一本は折れるだろうなぁ」
実際のところは分からない、何故ならこのスーツを着た訓練の中に空中からの落下訓練なんてものは無かったからだ……一難去って何とやら、依然としてあっさり死にかねない状況ではあるが気分が高揚しているからか不思議と恐怖は感じない、それどころか薄笑いを浮かべる余裕がある事に自分でも驚いている。
「……決めた、足からにしよう。頼むぞトリトンスーツ……いや、相棒」
下に向けてトライデントを撃てば反動で速度が落ちるんじゃないかとも考えたが数発撃ったところで殆ど反動が無い事に気付き弾の無駄だと撃つのを止めた、もう海面は目と鼻の際……意を決して目を閉じ腕を胸の前で組み、あとは祈るだけだった。
「かはっ……!」
──数秒後に凄まじい衝撃。全身の骨が一斉に砕けたんじゃないかという勢いで盛大に軋み悲鳴を上げる、肺が潰され残っていた空気が一気に絞り出され……抵抗する間もなく一瞬で深い海の底へと意識が沈んでいった。




