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7. 作戦

 翌朝九時。作戦参加者に対する作戦説明は地下会議室で行われた。


 正面の黒板には飛行船や御佐機、男性の写真が留められており、それと向き合う形で並べられた長机と椅子の一つに、直人は腰掛けていた。


 既に周囲から奇異の目で見られているが、作戦の最高指揮官である泉澄が入室してきたことで、視線は一旦正面に集まる。


「全員、揃っているな。では、天照作戦の説明を始める」


 泉澄はバインダーを教卓に置き、参加者を確認する。


「改めて状況を確認する。現在、安倍晴明元空軍大将は日本中の人間を魅乗りに変える術式『常夜』を発動している。実際に人間を魅乗りに変えるのは匪願という妖怪が垂れ流している穢水えみという呪いであるが、こいつに対しては干渉できないため、阻止する術は晴明本人を殺害する他にない。したがって本作戦の目的は、安倍晴明の撃墜にある」


 泉澄は男性が映った写真を教鞭で指した。


 なるほど。あの男が安倍晴明か。

 髭を綺麗に整えた四十代ほどの男で、整えた髪から几帳面さが窺える。


「晴明は八岐大蛇という御佐機を所有している。この機体の性能は鷹司大佐の天照と同一と考えられる。しかも匪願からの魔力供給により常時結界を張っており、現世の物質では干渉できない。これを突破するため、当初の作戦では反応弾を改造したタ号爆弾を高高度で起爆し、匪願からの魔力供給を一時的に遮断して結界を無力化し、多勢で晴明を押し包み討ち取る手はずだった」


 泉澄は御佐機が映った写真のうち一枚を教鞭で指す。


 あの機体が、俺の攻撃目標『八岐大蛇』か。


 ……そうか! 以前篝という魅乗りが八岐大蛇を召喚しようとし、安倍晴明と思われる機体に撃墜されていたが、あれは要するに横取りされたということなのか。


 その性能は既知であるかのように語られているが、鷹司大佐も天照という御佐機も俺は知らない。そこは後で尋ねるとしよう。


 それに先日護衛に失敗した爆撃機。

 あれが積んでいた爆弾さえあれば、俺でなくても晴明を撃墜できる可能性があったということか。

 そうとわかってりゃ体当たりしてでも止めたんだが……。


「晴明が日本人を魅乗りに変えて何をしたいのかは不明だ。だが、人為的に作られた魅乗りには特定の思想を植え付けることができる。つまり日本中の人間を魅乗りに変えた時点で、日本を支配できたことに他ならない。そして同様のことを世界各地で行うことも可能だろう。これについては裏付けが取れている」


 泉澄は黒板消し置きに乗せられた新聞に視線をやる。


「我々が所属している飛行実験団において、人間を魅乗りに変える実験が行われていた。基本的に秘密裏に行われて然るべきだが、囚人などに共産主義思想を植え付けた上で民間に放ち、経過を見るといった実験も行われていた。今年三月に起きた帝都共産主義テロ事件の真相はそれだ」


 あの事件の黒幕も晴明だったのか!

 そういえば武装親衛隊を名乗る連中も人間を魅乗りに変えようとしていたし、そちらにも関与していたのかもしれない。


「この事実は飛行実験団の中でもごく一部の人間しか知らなかったようだが、晴明が少なくとも半年以上前から準備していたことは間違いない。そして晴明は本土決戦における大量の戦死者を贄として、匪願を召喚した。これらを事前に察知阻止できる人間がいなかったのは痛恨の極みだな」


 そう言いつつ、泉澄は御佐機の写真の一枚を教鞭で指した。あれは、俺の早衛か。


「だが我々にはまだ可能性が残っている。神楽坂魔導士予科学校の生徒である水無瀬直人が所有する御佐機は『夜切』という太刀を装備している。これは八岐大蛇が装備する接触拒否結界ACBを無力化できる」


 この発言に、室内の視線が一斉に直人に集まった。


彦火火出見尊ひこほほでみのみことが所持したという伝説の神刀ならば信頼できる。固よりタ号爆弾による効果は未知数だった。水無瀬との出会いは僥倖だ。彼の出自は後で本人に訊け。これより敵戦力の説明に入る」


 泉澄は黒板に32と書いた。


「晴明は富士上空一万メートル、高高度飛行船『ハイトクライマー』内部にいる。この飛行船は、飛行艦隊計画における防空用の御佐機出撃プラットホームとして建造された船だ。艤装工事中に出撃したため武装はないが、当然こいつの腹の中には魔導士と御佐機が詰まっている。御佐機は新型精霊機『天斬』。総生産数は三十二。したがって晴明を除いた敵機の数は最大で三十二であり、こいつらが水無瀬を護衛する貴様らの相手だ」


 泉澄が三枚目の御佐機の写真を指す。


「天斬は新鋭機だけに高性能であるが、航続時間を重視した設計で、単純な空戦性能で貴様らの雷電が引けを取るわけではない。寧ろ問題は魔導士の方だ。ハイトクライマーの艦載機は御佐機教導隊の所属。こいつらがまぁ手強い。貴様らの技量をもってしても、容易くはいかないだろう」


 皮肉っぽく笑って泉澄が言う。


「貴様ら雷電隊は水無瀬を護衛しつつ天斬を仕留めていく。その間に水無瀬は晴明に一撃離脱を仕掛け、撃墜するというわけだ。なお、富士上空の三千メートルあたりには、飛行戦艦『ブリュンヒルド』がいる。こいつにも魅乗り化した艦載機が巣食っているが、基本的に高高度までは上がってこれないはずだ。だが軽量化したうえで無理やり邪魔しに来る可能性はあるため、各務ヶ原の連中がブリュンヒルドに同時攻撃を仕掛ける」


 露払いは雷電隊が引き受けてくれるということだが、当然俺も魅乗りに狙われるだろう。

 特に、俺が晴明を狙っていることがバレればより集中砲火を受ける可能性もある。

 警戒せねばならんな。


「作戦決行は明々後日。午前四時。説明は以上だ。解散。水無瀬は残れ」


 一人残された直人の席に、泉澄が近づく。


「早衛の改造は終わった」

「どうなりました?」

「補助ロケットだけだ。図面のおかげで最適な位置に付けられた」

「八岐大蛇はどんな御佐機なんですか?」

「ああ……二重反転プロペラを持つ双発機だ。二段三速の過給機を積んでて、実用上昇高度は一万四千メートルに達する」

「じゃあさっきの天照っていう御佐機は?」

「鷹司謙信という魔導士がいてな。彼女が使っていた式神が天照。八岐大蛇はその設計をフルコピーしたようだ」

「天照って、神様ですよね」

「故に、分霊わけみたまという形で式神に落とし込んでいた。それでも式神として得られる出力は破格だ」

「その天照と、八岐大蛇は同じ性能ってわけですか」

「その通りだ。正直、中学生の勝てる相手じゃない」


 その言葉に直人はむっとする。


「それに勝つために早衛を改造したわけですよね」

「そうだな。ロケットの噴射時間は合計十分。その間だけは互角の性能になったと言えるだろう。ロケット燃料の分積める瑞配みくまりが減っているが、まぁ今回は関係ない」

「もっとたくさん積めないんですか?」

「バランスの都合上、それは無理だ。ロケットは消した後再点火できるから、ここぞという時に使え」

「じゃあ八岐大蛇は何か弱点ないんですか?」

「うーん。過給機はターボの早衛が上だな。高度が上がるほど有利だ」

「安倍晴明の方には? そもそも晴明って強いんですか?」

「知らんことは幸せだな。少年。だが教えてやる。鷹司謙信を撃墜したのは晴明だ」

「え、そうなんですか!?」

「そもそも謙信にしてからが、自信を天照と同化させ魔導士としての性能を限界まで高めていた人間だ。だからこそ操縦の難しい天照を使いこなせていたわけだが、裏切った晴明を迎撃するため出撃し、未帰還になっている。晴明に撃墜されたとのことだ」

「式神と同化。破障の呪いみたいなやつですか?」

「よく知っているな。鷹司では別の呼び方をしていたようだが、やっていることは同じだ」

「我欲や執着がなくなり、森羅万象の精霊の力を借りて最適な判断ができるようになる。ですよね」

「うむ。俺も謙信と話したことがあるが、人間離れしていて薄気味悪かった。まぁ魅乗りみたいなもんだからな」

「なんにせよ、その人がちゃんと仕留めといてくれればこんなことになってないわけですが」

「そう言ってやるなと言いたいが、事が事だけにな、俺も同じ気持ちだ。まぁ、空戦自体は多勢に無勢だったようだし、飛行戦艦は一隻沈んでいるから、健闘はしたようだ」

「まぁ、俺が晴明を討ち取れば鷹司大佐も成仏できるでしょう」

「そういうことだ。正直俺は、家に帰って家族と最後のひと時を楽しみたいと思っているがね」

「じゃあなんでそうしないんです?」

「職業軍人だからだよ。それ以外にあるか」

「俺は勝つ気でいますけどね」

「結局のところ君頼みだからな。鳴滝中尉の話じゃ中学生離れした腕前らしいから、そこが救いだが」

「さっきいた人達が一緒に戦ってくれるんですよね」

「ああ、雷電隊。二号雷電というじゃじゃ馬を使いこなす連中だからな。期待していい」

「雷電隊の魔導士は匪願を意識できているんですかね」

「匪水による精神汚染を防げるのは魅乗りを斬ったことのある者だけだ。だが、晴明が裏切ったという事実と、魅乗りが富士上空にいるという事実。これだけで戦う理由には十分だろう」

「だったらもっと人数増やせないんですか?」

「まずもって、高高度で戦闘できる日本の精霊機は二号雷電だけなんだ。それに我々がこうして戦闘の準備をしていることも条約違反だ」

「アメリカとの停戦条約ですか」

「そうだ。米軍も主力部隊は独立戦争のために本国に帰っているから、多めに見られているというだけだ。あまりに大っぴらにやってMPに踏み込まれたら元も子もない」

「MP?」

「GHQの憲兵のことだ」

「あー、そのGHQが晴明倒してくれたらいいんですけどね。日本中が魅乗りになったらGHQも困るでしょう」

「八月の下旬にはアメリカ軍の再進駐が始まる予定だが、それより前に常夜は完成するだろう」

「間に合いませんか」

「ま、日本人の不始末だ。日本人でケリをつけようじゃないか」

「そうですね」


 離れていきつつ手招きする泉澄に従い、直人も席を立つ。


「早衛には憑依できる状態だ。各務ヶ原に飛んで、ついでに液体燃料も補給してこい」

「各務ヶ原ってどこですか?」

「岐阜だ。計器飛行はできるよな」

「当然です」

「改造後の訓練飛行はこっちでやるから、ノズルを付けたら戻ってこい」

「了解です」

「因みに液体燃料が機内で漏れたら精霊とて身体が融けるからな。被弾には注意しろよ」

「えっ」

「被弾そのもので死んだ方が幸せだな」


 何がおかしいのか泉澄はかみ殺したように笑う。


 どうもこの人は戦いに赴く年少者への配慮とか全くないなと直人は思った。


 早衛を預けた整備工場に行くと、早衛はそこに立っていた。


 基本的な外観に違いはないが、背面にダクトが覗いており、そこに噴射ノズルが付く予定であることがわかる。


「飛ぶだけなら問題ない。憑依してみろ」

「あの、友人を応接室に待たせてるんですが」

「友人? ああ。こないだの女子二人か」

「はい」

「なら護衛してもらえ。各務ヶ原には俺から伝えておく」

「わかりました」

「のろけて堕ちるなよ」

「そんなへましませんよ」


 早衛を一旦軍刀に戻すと、直人は応接室に向かい、二人と合流する。


「改造、できてた?」

「最後の仕上げは岐阜の各務ヶ原じゃないとできないらしい」

「じゃあ今から行くの?」

「そうするしかない。三人で飛んでいこう」

「はーい」


 三人は御佐機に憑依し、各務ヶ原へと飛び立った。

Tips:御佐機教導隊

 帝国空軍の一組織。上位組織は飛行実験団、飛行戦術教導群。

 主な任務は新制式機の伝習教育と仮想敵機部隊としての模擬空戦。また、新たな戦術の考案や検討も行う。

 規模としては連隊の扱いだが、ベテランやエースが多くを占めており、個々の階級が高い傾向がある。

 その任務の性質上、飛行実験団の飛行審査部から輸入機や鹵獲機を供与されており、しばしば模擬空戦で使用している。

 実戦参加は本来の任務ではないが、新型機の優先配備と歴戦の魔導士揃いの編成から戦闘能力は極めて高く、本土決戦においては基地の防空任務の他、高高度飛行船『ハイトクライマー』の搭載機として出撃し、全機が魅乗りとなった。

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