犠牲の対価
◇ ◇ ◇
埃が舞う部屋。黄ばんだ紙束。その中でひとつの真新しい紙の束を見つける。
手に取って中身をパラパラと見る。
「これって.......」
それは拉致したと思われる子供達のカルテだった。
その中には先程の少年のと思われるものもあった。
「ねえちょっと、これ見てくれない?」
「ああ?」
「これさっきの子のやつじゃない?」
そのカルテには顔写真と出身地、それから体調の変化が記されていた。
少年のカルテはかなり長く続いていたが、ある時期を境に記述が途切れていた。
その最後の行には【痛みに過敏すぎる傾向にある。また魔道具と黒礎の暴走により情緒が終始不安定であり、調教は困難と判断。実験は打ち切る】と書かれ、そこに印が押されていた。
「魔道具なんてあったの?」
「目に見えないところにあるのかもしれん。その辺は後で調べるしかないだろな。それよりこれはなんだ?」
ギルはある単語を指さす。
「黒い礎で《こくそ》って読むのかしら?」
「読み方などどうでもいい。これがなんなのか聞いている」
「そんなの私が知るわけないでしょ」
資料を見る限り、あの少年のおかしな言動の原因のようだけど......。
「おい、これ見てみろよ」
エメはその紙の束から一枚のカルテを取り出す。
そこにはこう書かれていた。
【スラムで拉致した姉妹の片割れ。適合失敗により記憶消失。黒礎を注入するも変化は見られず、魔道具による操作に移行。元々は売却予定だったが、急遽予定を変更しそのまま兵器として殲滅作戦に使用。軍人、他多数ギャングを殲滅後ロスト。現在は半成功体と行動を共にしているのを確認。学園での黒礎の暴走は未だ見られない。要観察】
カルテの端にはクリップで顔写真が添付されていた。それはかなりやつれてはいるがどう見ても普通の女の子だった。
これが私達を襲った犯人だっていうの.....?しかも学園に.......?そこで頭にあのとき映像が流れ、ふつふつと怒りが込み上げる。
あの時全滅しかけた根源。こいつさえいなければあんなことには.....。
絶対に許しはしない。例え操られていようとも。
カルテを持っていた手に思わず力が入る。
それを慌ててエメが止める。
「怒るのはわかるが、資料をきずつけるのはやめろ!」
「ッ!ごめん......。それよりこの子、もしかして生徒としてどこか学園にいるってこと?あれだけの危険な力を持った兵器が.....?」
「だろうな。【学園での】って書いてあるし。当面はこいつを探すことに専念した方が良さそうだ」
「どうやってよ」
「それは.......」
そこでギルもカルテの写真を手に取り見つめる。
「これについては私に任せてくれないか?手当り次第学園のデータベースを漁ってみる」
「わかった。任せるわ。ていうか、ここにもまた黒礎っていう訳わかんない言葉があるわね。なんなのかしら」
「普通に考えれば、あの黒い液体のことだろうな。注入って書いてあるし」
「けどあれはドラックのせいでそうなってるんでしょ?」
「そのドラッグの名称とか?」
「まあ探るしかないわね」
他にも気になることは沢山ある。しかし謎が多い呪詛学会についてのこの手がかりは今回の大きな対価と言えるだろう。
「どうする。とりあえず応援を呼ぶか?」
「お願い」
エメはポケットから通信用の魔道具を取りだした。
「あ、あ。オレだ。制圧完了したからすぐこっち来れるか?すぐにだ。頼む」
この魔道具は離れた仲間と会話ができるものだ。
エメが呼んだのは元々向こうの世界にいたエメのギャングの構成員たちだった。
私たちが軍を抜けた後、エメがこちらへ呼び寄せたのだ。
本来であれば規定違反のはずだったが、軍のしがらみから解放されたのでそこらへんは自由にやらせていた。
それに今はとにかく多くの人員が欲しかった。
しばらくしてエメの部下数名がやってきた。エメの部下達は皆ギャングとあってガタイがよく、エメよりも体がふたまわりも大きい。それにもかかわらずエメに皆忠誠を誓っているのがなんとも不思議だった。
ギャング達は皆スカーフを顔に巻いていた。おそらくこれが彼らの制服のようなものなのだろう。
「姉御。お呼びですか」
彼はエメの直属の部下で名はベックという。ギャングの中でも階級はかなり上でエメの次に偉い。
エメが収監されている間は彼がギャングをまとめていたらしい。
「姉御はやめろって言ってんだろ。ボスと呼べ。親父が引退した今、実質オレが頭だからな」
「失礼しました、ボス。それで何をすれば?」
「そこにある遺体と使えそうな資料の両方の回収を頼む」
「わかりやした。お前ら、取り掛かるぞ」
「「「「はい」」」」
すぐ隣に血まみれの遺体があるのに部下たちは全員怖いくらいに冷静であり、淡々としていた。それが当たり前のように。
それを見ているとエメは事前にこうなるかもしれないことを部下に伝えていたのではないかとか勘ぐってしまいそうになる。
そう思えるほど部下たちは皆目付きが普通の人とは違ったのだ。
人間の遺体をまるで動物の死体を見るかのような目で静観していて、その表情からは怯えや焦りといった感情が伺えない。
それが自分の未来を示唆しているようで私は咄嗟に彼らから目を逸らした。
私もいずれこうなるのかしら......いやこうなるべきなの.....?
革命に死はついて回ることは昔からよく知っている。革命家だった父の眼は活動の中で生まれた死や絶望を映しすぎて、不出来なガラス玉のように霞んでしまっていた。それを私は見る度に、私はこうなるまいと思っていた。しかし実際、今の私にエメのような判断は下せない。
もし仮に私も父と同じ目を持っていたら結果は変わったのかしら......。
おそらく父なら同じように迷うことなく、敵の首を飛ばせたはずだ。父もエメも同情で自らの判断を鈍らせない。そういう意味では私はあまりにも未熟で幼い。
私は温室で育ちすぎたのかもしれない。
エメは運ばれていく遺体に一瞥もくれなかった。
ただじっと自分の手についた少年を血を眺めていた。その目は少し霞んで見えた。
それから私たちは回収作業を終え、研究施設を後にした。




