価値の違い
◇ ◇ ◇
血を服で拭い、黙々と資料を探す。
使えそうなものならなんでもいい。とにかく、奴らの情報が必要だ。
置いてある資料には紙の色が変わるほど古いものや埃の被ったものばかりだった。紙に触れる度、埃が宙を舞い咳き込みそうになる。
何かないのかしら........使えるもの。あの黒い何かの正体。
その瞬間、脳裏にあの映像がフラッシュバックし、嘔吐しそうになる。それを無理やり飲み込んで作業を続ける。
鼻について離れない血の匂い。
数時間前。
茫然とする私とギルを横目にエメは淡々と少年の脈を図る。
「だめか......」
その言葉に深い落胆を覚え、より一層体に力が入らなくなる。
少年の出血量は尋常ではなく、周りには血溜まりができていた。またその他にも血ではない黒い液体がまだ微かに動いていた。
それはなにか生物のようで少年の至る所から這い出てきていた。
「なぜ.........なぜ使ったんだ!!あの魔道具を....」
「やめて!悪いのはエメじゃない。この子を殺したのは私よ.......」
涙が私の顔についた少年の血液を洗い流していく。それらはぽたぽたと私の手の甲に付いた。とても温かい。
「そういうことを言っているんじゃない!直接判断を下したのはこの女だろ!!」
「ああしなきゃサラが死んでた。あの黒い触手をお前は知らないかもれないけどな、オレらはよく知ってるんだよ。その恐ろしさも.......」
「だからって少年を殺していい理由にはならない!」
ギルは打ち震える拳を無理やり押さえつけていた。
「違うって言ってるでしょ!!殺したのは私よ.....っ!エメは私のせいで.....」
エメはギャングといっても人を殺したことがない。彼女はそういうことをする人間ではないのだ。
ギャングと言えど暴力で全てを解決しないのが彼女の美徳だった。
「元々、こいつはもうほとんど死んでたよ。恐らく脳みそが乗っ取られてた。前に資料で見た薬漬けになって暴れたやつと症状や特徴が似てる。だから気にすんな」
エメは私に優しくそう言うが、こちらを見ようとはしない。
「だがそれでもあの場であの魔道具を使う必要はなかったはずだ!!拘束して研究所に運ぶという選択肢もあった。それなのにお前は......」
「それが出来たら苦労しないんだよ!!あの触手はいとも簡単にお前の重力魔法に逆らってきたんだぞ!あの場でもしオレが仮にあの魔道具を使わなかったら、サラは今頃脳天に穴が空いて死んでた」
「ただその結果、少年は死んだ。あそこで貴様があの魔道具使ったから少年は死んだんだ!!」
「ああそうだよ!!オレがこいつを殺した、けどサラは助かった!!」
「命の価値は平等なはずだ!!彼にも助かる権利、いや我々が助ける義務があった」
「............平等じゃない」
「なん.......だと......?貴様.......今なんと....!?」
「平等なわけ......ないだろ!!」
「貴様.......ッ!」
ギルは激昂し、そのままエメに掴みかかった。彼の眼からは凄まじい怒りの炎が燃え盛る。
「オレはサラの方が大事だった。オレたちにとってもそうであるはずだ。それにお前が平等云々言う権利はないはずだぜ」
「なに?」
そう言ってエメは軽々とギルの手を振りほどいた。
「お前も生徒の性別によって態度を変えてたろ?」
「それと一緒にするな.....ッ。あれは能力に応じた区別だ。しかし今回は違う。なんの罪もない被害者である彼は保護されるべきだった。それは揺るぎない事実だ」
「あの薬で暴走して助かった前例はない。あの薬に脳を食われたらもうどうにもならないのは研究で分かってた.......それになッ!」
「もうやめて!!今ここで争っててもしょうがないでしょ。それに......責めるなら私を責めてよ.......全部私が悪いんだから....」
「貴様.......最初からこうなることを予期してあの魔道具を準備していたな.....?」
「え......?」
真相を確かめようとエメの方を見ても、こちらに視線を合わせてくれない。
思い出されるのは私が作戦をエメに告げた時。まさか.....あの時から既に......?
「本当なの......?エメ、ねぇこっちを見て」
「・・・。」
エメは口を閉ざしたままだった。
それからどれくらい時間が経っただろうか。不意にエメが口を開く。
「ああ、そうだよ。あの時からこうなるのはわかってた。けど勘違いするな。どんな作戦、どんな手段を使っていても結果は変わらなかった。眼球に侵食が始まってる時点で手遅れなのは明白。それは絶対に変わらない。あれは誰かがやらなきゃダメだったんだ。それがたまたまオレだっただけだ」
「「・・・」」
黙ることしか出来ない。そして次に口から出てきたのは謝罪の言葉だった。懺悔するかのように私は再びを両膝を地につける。
「ごめん.......エメ........私......」
しゃくりあげそうになる。涙は拭いても拭いても止まることはない。無限に溢れ出てくる。
私の考えた作戦は甘さや荒さが目立っていた。不完全な作戦、判断で仲間を危険に晒す。
今まで何度もやってきた失敗を私はここでも.....。
とにかく悔しかった。生まれてからずっと私は自分に呆れてばかりだ。
女は革命家になどなれない。革命家だった父から浴びせられた言葉が心で再燃する。父の言葉が聞こえてくるのはいつだって後悔している時だ。
「謝んなよ」
「でも........」
「それ以上は何も言わなくていい。さっさと資料集めるぞ。ギルもオレを殴りたきゃ殴ってもいいが、やり返すぜ?倍にして」
「それについてはまた後にしておく......」
ギルも相当堪えているらしく、じっと少年の亡骸を見つめていた。
「それにオレたちがやろうとしてるのは革命だろ?こんなことはこれから何度だってある。それは覚悟しておいた方がいい。二人ともな」
「私はまだ納得したわけではない.......」
「そのへんは好きにしたらいい。けどな、咄嗟で判断を鈍らせ、結果両方とも失うなんていう間抜けなことは絶対するなよ。ここで全員死んで、あれが外に出るようなことがあればもっと関係ない人々が犠牲になる。それだけは覚えておけ」
エメはそう釘を刺した。
確かに今までの研究であの状態になったもので助かったものはいない。
投薬のしすぎで発狂したものの多くは脳までその黒い物体が侵食し、脳の伝達神経を麻痺させられている。そうなればもう魔法での修復は不可能だった。
ただもしイリスや他の呪詛学会幹部たちが同じ手法で力を手に入れているとするならば、なぜ彼らは脳を奪われないのか。それが一番の謎だった。
「もしこれから先、血管が黒く、こちらと意思疎通が図れない、もしくはこちらの指示に従わないような者が現れた場合は即攻撃する。けど、これはオレのやり方であってそれをお前らに押し付ける気はない。ただその代わりオレのやり方に文句は言わせない、いいな?」
私は静かにうなづいた。ギルは肯定も否定もせず、黙って地面を見つめていた。
やっと止まった涙を拭い、少年の亡骸に目をやる。
私は少年の顔をそこで初めてマジマジと見る。
彼の顔は穏やかで眠っているようでもう表情に苦しみの色はない。
エメは彼を解放したのかもしれない。




