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狂ったものと狂わされたモノ

少年の体の半分は気づけば、黒い影に侵食されていた。


右目も黒く染まり、人間ではないなにか別の生き物に見えた。


「エメ、ギル。全身を押さえなくていいから右半身だけをなんとかできない?」


「どういうことだ」


「さっきからあの子右半身しか使ってないの。だから力の源はあの黒い部分から来てるんじゃないかと思って」


「じゃないかって.....そんなあやふやな根拠でやるのか.....?」


「しょうがないじゃない....。それしか勝ち筋がないんだから」


「サラ、押さえた後はどうするんだ?」


黙って聞いていたエメがそこで口を開く。


「それは....そのまま拘束して施設に.......」


「あれを拘束できるのか?そもそもあのとんでもないパワーを何とかできるのか?勝算があまりにも薄すぎないか?」


「大丈夫よ!私の魔道具で....何とかするから」


エメの顔が一瞬淀んだがすぐに元に戻る。


「わかった.....」


エメの手には今もしっかりとあの魔道具が握られている。


「おい、そんな甘い見通しで....」


「やるぞ。悔しいけど今はそれしかなさそうだしな。それとも代替案があるのか?」


「それは........。......わかった。俺が使える一番強力な重力魔法を彼の右半身に集中させる。その間に押さえつけろ」


「わかったわ」

「わかった」


少年は私たちが間合いに入るとすぐにこちらを睨みつけた。彼の黒い目は彼の意志とは関係なく、独立して動いているようだった。


とにかく詠唱を行うギルから離れるのが最善。ここは二手に別れるのがいいかしらね...。


「エメ、こっちから見てあんたは右から私は左からそれぞれ行くことにしましょう」


「了解」


ゆっくりと相手の間合いのギリギリの所を円を描くように歩きながら、慎重に距離を詰めていく。


その間、少年の黒い目玉はこちらを写し続けていた。


そしてちょうどお互いが少年の真横辺りに着いた所で同時に間合いへと突っ込む。


少年は瞬時に体を動かしながら、私たちの攻撃をかわした。


しかし予想通り少年は体の右側しか使わない。


そのため攻撃を片方にしか出来ないのだ。


そして当然、攻撃を瞬時にできるのは彼から見て右側にいる私のみ。


私は少年から繰り出される右の拳を腕で受け流しつつ、そのまま少年の腕を引っ張る。すると少年の体勢が前のめりに崩れた。


それを見たエメが素早く、少年の足元へと滑り込み少年の左足を蹴り上げた。


それにより少年は大きく体勢を崩して前に倒れ込む。


その隙に私は少年の背中側から肩と腕、足を押さえつける。そしてギルに合図を送る。


ギルはその合図に合わせて、魔法を展開した。


それにより私諸共、少年の右半身に凄まじい重力がかかる。


私もその重力に潰されそうになるが、それとか拮抗するように体を支える力を魔道具が捻出する。

私の体は魔道具と重力との間で板挟み状態になり悲鳴を上げた。


痛い.......。体が潰されそう。けど今は踏ん張るしかない。


私は思い切り歯を食いしばり、少年をそのまま押さえつける。歯と歯が擦れ、不快な音を立てる。


あとはギルが重力魔法を弱めるのに合わせて魔道具の出力を上げていけば大丈夫なはず.....。


エメは重力魔法の範囲に入らないよう注意をしながら、少年の左側を押えた。


「ギ.....ル......。魔法を......少しずつ......よあ..め.....」


ダメだ......。舌が重くて持ち上がらない....。


それを見てエメがすぐに叫ぶ。


「ギル!!そのまま少しずつ魔法を弱めろ!!」


「!?」


その瞬間だった。突然、押さえていた少年の右腕から黒い触手のようなものが皮膚を突破って飛び出てきた。

それは実に見覚えのある黒い様相を呈していた。


そしてその触手は私の眉間目掛けて真っ直ぐ飛んできた。


私の体を補助するのに精一杯の魔道具は反応しない。私の頭も分かってはいても体を動かせない。


重力は私の体を今も尚を押さえつけていた。


私はどんなに力んでも、針でとめられた虫のようにその場から動けなかった。


「へ....?」


喉から出た声にならない声はそんなものだった。


フラッシュバックするのは失敗した前の任務。


その記憶を元に私の頭に展開されるのは、触手が私の眉間に突き刺さり、脳髄を掻き回すイメージ。



同時に、エメは少年の首に魔道具をつけた。


少年と触手はそこで止まり、イリスと同じように狂ったように首を掻きむしり始めた。


「う...........そ.......?」


私は体の力が抜け、その場に倒れ込むようにしてそのまま重力によって地面に体を押さえつけられた。


少年は自らの首元の太い血管を切り裂いたらしく 、赤黒い血がその場に撒き散らされた。


彼の引き裂かれた動脈から勢いよく噴き出した血はその場でバカみたいに動けないでいる私を紅く染めた。




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