無機質な部屋
「もういい加減手を離してもいいんじゃないのか?」
「いやダメだ。逃げるかもしれない」
やたら厳重だな....。
俺の腕はリンに握られ、だんだんと赤く充血し始める。
幸いにも、もしものために仕込んでおいた魔法が効いて、腕の黒い血管は見えないようになっている。
リンがこのことを知ったら何を言われるか分からないため、今回はかなり厚めに魔法を組んであったのだ。それが功を奏した。
リンは前と同じ魔道具を使って、身体の細部を慎重に調べていた。その間にリンの手が俺から離れることはなかった。
「それでしばらくの間、何をしてたの?」
「いや、少し出張にな」
「出張?」
「そうだ」
「こっちは君がいない間に色々あったよ」
「色々?」
リンはこちらを一度だけ見てからすぐに視線を手元に戻し、無表情のまま話を続ける。
「ここ最近、呪詛学会の活動が活発になっているらしくてね。その影響もあって軍が有志を募って呪詛学会と交戦したらしいんだ」
「それで?」
「軍の中、さらに有志の中に裏切り者がいて軍は崩壊した。その結果国は急遽、護衛の任についていたもの達を軍隊として活用してる。君もあったんでしょ?彼女に」
頭にあの奇抜な姿のあいつがちらつく。
リンや学園関係者は全員知っているのだろうか。
「ああ。会った、というか少し言葉を交わしたくらいだ」
「この国では、女性の権威が低い。だからあの地位につくのは本来容易じゃないはずなんだ」
「そうだな。でもそれだけ力あるってことじゃないのか?」
「........、そうかもね。それにしても軍も相変わらず検閲が甘い。この学園もね」
「この学園にもいるって言われてるんだったよな?裏切り者が」
「そうらしいね。まだ炙りだせてないらしいけど」
その裏切り者を見つけない限り、この学園に平穏は訪れないだろう。
とにかくそいつを何としてでも見つけないと。
「でも奴らにしたらこの学園に侵入できただけで作戦成功と言えるかもね」
「確かにな...」
そいつがこの学園内にいる限りに学園のことは奴らに丸わかりだ。どんな作戦を立てようが、どんな手で迎え撃とうが。
「検査は終わったか?」
「終わったよ」
「異常はあったか?」
「いや。思ったよりは安静にしてたみたいだね。血管もさほど荒れてるわけじゃないし」
それは恐らくステンノが修復したからだろう。
「もういいか?」
「うん。検診は終わり」
そこでリンはようやく手を離す。俺の腕にはリンの手形の後が赤くくっきりと残っていた。
「じゃあこれで」
俺は立ち上がり、ゼロの手を引いた。
ゼロは俺が手を握ると不安だったのか強く握り返してきた。
「最後に一つ」
「?」
「幻影魔法はもっと上手くやった方がいい」
「...なんの事だ?」
俺は内心飛び上がりそうになりながら答える。
「そこの彼女のことを言ってる」
リンはレーネの方を真っ直ぐ見て言った。
「・・・・いつから気づいてた?」
「入ってきた時から」
「.......はあ。レーネ、魔法を解いてもいいぞ」
「承知しました」
レーネは言われた通りに幻影魔法を解いた。
俺はそれを見た後、もう一度リンに向き合い話を続ける。
「なぜわかったんだ?」
今回使用していたのはかなりレベルの高い詠唱魔法。そんな簡単に見破れるものではないはずだ。
「前にもいったけど、この医務室には色んな生徒、その他諸々が来る。そんな中で変な輩も時々来るからね。そんな輩を見抜くためにまず最初に通るであろう扉に魔法陣を仕込んである」
「魔法陣?」
俺は扉を見た。よく見ると薄くそれらしきものが見える。ただそれは木の木目にも見えた。そしてとてもよく出来ている。
ただこれでさっきのことと辻褄が合う。
基本的に詠唱魔法は魔法陣の前では無力だ。特にそれを妨害する旨の命令が魔法陣に組み込まれていた場合においては尚更。
なぜなら短期間で行える詠唱魔法よりも比較的長期間でしっかり作り込む魔法陣の方が魔力の保有力や内包する力が桁違いに多くなるからだ。
だからこそ、レーネの魔法を術者自身のリンが一瞬で見破れたのだろう。
「なるほどな。.......それで俺を裏切り者だと疑うか?」
もしここで疑いをかけられれば、この先面倒なことになる。
「疑わないよ」
「......理由を聞いてもいいか?」
「理由、って程でもないけど私はこれでもここで何人もの追い詰められた生徒を見てきた。だからこちらに悪意があるかどうかなんて見ればわかる...つもりだよ」
「俺が善人か悪人かを抜きにしてもここで俺にこの魔法陣の存在を教えたら、この先この魔法陣は俺に対してなんの意味もなさなくなるぞ?」
魔法陣だって無敵じゃない。対策の仕方や抜け道はいくらでもある。
「いいんだよ。なぜなら、善人に対してこの魔法陣は無意味だから。悪人に対してだけ有効であれば、それでいいんだよ。それにアルフはそういうの抜きにしてもある程度信用してるしね。......でも魔法陣を対策した透明化魔法を使って着替えとか覗かないでね?少しだけ、恥ずかしいから......」
「やらねえよ。......変な魔法使って悪かったな。こいつは怪しいものじゃない。一応うちのメイドをやってるんだが学校にはその届けを出してなくてさ。本来居ないことになってるんだ」
レーネはそれに合わせて一礼をした。
「レーネと申します。私のご主人様がいつもお世話になっております」
心無しか『私の』を強調して聞こえたが.....。
顔を上げた後、レーネがあからさまにリンを睨むので軽く頭を叩いてやった。すると、今度は俺に対してレーネは威圧的な目を向けた。
飼い猫を怒らせると怖い。
「なるほどね........。覚えておくよ。また何か体に異変があったり、困ったことがあったり、寂しくなったら来てね。待ってるから」
「お、おう。」
最後の理由に違和感を覚えながら、俺は医務室を後にした。
リンは俺がここに来た時から妙に俺を信用する。その理由がなんなのか俺には分からなかった。本当にリンには人の善悪が見えているのだろうか。
廊下に出ると不自然な程の静寂さが広がっていた。俺はそれを自分の足音で掻き乱した。




