担当医との約束
リンの準備ができたらしく合図がある。
先にお呼びがかかったのは俺だった。
「あれから体の方は変わりない....?」
本当に心配そうに俺にリンは聞く。リンのその純粋な目に、たまらず俺は視線を逸らす。それにしても痛いところをつく。俺の体が良くなったのには特殊な事情がある。そのためそこの説明は避けるべく、ふんわりと返す。
「ああ、おかげさまでな。最近はだいぶ落ち着いてるよ」
「そう.....」
最近わかったことだが、どうやら魔法を使えば使うほど、血管は黒く変色していき、逆に使わなければ元の色へと戻っていくらしい。これは血液内のステンノと魔力の濃さが変わるからだとステンノが言っていた。
だがいくら色が薄くても黒ずんで見えることには変わりなく、今日も魔法陣のある扉の内側に入った後に、こっそり頭で魔法を練って発動させておいたのだった。
「こっちに背中を向けて座って」
「わかった」
俺は言われた通りにした。すると着ていたワイシャツを捲り上げられ、俺の背中が露になる。一瞬ドキッとしたが冷静さを保つ。魔法は正常に発動しているはずだ。絶対に外からは見えない。
リンはその手に魔法を発動させた後、俺の背中に触れた。ひんやりとしたリンの手が徐々に俺の体温に順応していくのがわかる。
「アルフの背中は温かいね...」
「誰だってそうだよ」
「....そういう意味じゃないよ」
「え?それはどういう...?」
「....いくよ」
俺が言い終える前に凄まじい魔力が体に流れ込んでくるのを感じる。
背中に直接魔法陣を書いているのだろうが、その感覚は独特で自分でやるのとはまるで違った。
「う......ッ!」
つい変な声が出てしまう。俺は少し恥ずかしく思い、赤面する。
「痛かった?」
「いや、少し背中がゾクッとしただけだ。気にしないでくれ」
「...そう。よかった。痛かったりしたらすぐに言ってね。.......んっしょっと....」
より一層強く魔力が込められる。俺はそのたびにひたすら声が出ないように必死で口を押えた。俺は今までこういったことをレーネやゼロにやってきたが、あいつらもこんな感じだったのだろうか...?だとしたらかなり申し訳ない。もう少し配慮するべきだった。
「ふぅ.....」
リンの一息つく声が聞こえる。
「終わったのか?」
「ううん、あともう少し....」
おそらく、この込められた魔力量からして相当疲れていることだろう。これをリンはあと二人分もこなさなければならないのだ。
「悪いな、消耗させて。もし無理そうなら俺だけで行ってくるから大丈夫だぞ」
「大丈夫。.....魔力回復用のポーションもあるから」
「そうなのか?」
「うん....平気」
しばらくの沈黙の後、リンはまた作業を再開するのか、体を動かした。すると今度は柔らかくて温かいものが背中に触れた。それはどう考えても人の手の感触ではなかった。
「リン...?どうした...?」
振り向くとリンの頬が俺に触れていた。ただ俺はそこであまり動揺しなかった。だんだんとリンのすることに慣れてきたのかもしれない。
「リン。今日はどうしたんだ?何かあったのか?何かあったなら、話だけでも聞くぞ」
「・・・」
リンは俺の問いかけに対して黙ったままだった。自分の背中で隠れて彼女の表情は見えないが、いつになく呼吸が乱れているのはわかった。
「やっぱり魔力を使いすぎたのか...?何度も言ってるが別に無理する必要は.....」
「違うの...そういうことじゃなくて...」
「じゃあどういう....?」
「アルフはその部屋に行って何をするつもりなの?」
その言葉でリンが心配していることが何となくわかった。
「何って......別に変なことはしないよ。ただ部屋の中を確認するだけだ」
「本当にそれだけ...?」
「ああ」
「中に何があっても?」
そこでリンはようやく俺から頬を離し、こちらを見た。
「......それはどういう意味だ?」
「そのままの意味だよ.....」
「まるでリンは中に何があるか知っているような口調だな。もしかしてあの部屋に入ったことがあるのか?」
リンは俺の言葉に少しも動揺を見せない。ただ静かにこちらをじっと見つめるだけだ。
「.....ううん。けど少しだけ、嫌な予感がしたから......」
「...嫌な予感?まあいいや。中に何があっても何もしない、これは約束する。俺としてもあまり危ないことはしたくないしな」
「よかった....」
そこでリンは安心したようで、再び視線を手元に落として施術を進めた。
その後、魔法を施し終わったらしく、俺は解放された。
「お疲れ様。次は生徒さんの方を呼んで」
「わかった。ありがとな」
「うん...」
俺は軽く会釈した後、そこを離れニーナに伝言を伝えた。
「随分長かったですね。どんな感じの魔法だったんですか?」
「体に直接施すタイプの魔法だった。ほら、次はニーナの番だぞ」
「はい、それでは行ってきます」
ニーナの背中が消えるのを待ってから、俺はニアに話を切り出した。
「あのさ.....今回のことなんだが....」
「うん、どうしたの?」
「中に何があっても手を出さないって約束できるか?」
「.......どういうとこ?」
突然の俺の言葉に、ニアは怪訝な顔をした。
「いや、リンに俺がそう約束したんだ。お互いあまり厄介事に首を突っ込みたくないだろ?」
「なるほどね.....。でもそれってアルフ先生がやろうとしてる事と矛盾してない?」
「そうとも言えるんだが.......とにかく約束できるか?」
「それはもちろん約束するわよ。変なことして私たちまで奴らに捕まったら意味ないしね」
ニアは強きにそう答えた。衛兵を『奴ら』呼ばわりするあたり、やはりニアは彼らを好きになれないらしい。まあ俺も同じようなものだが。
しばらくしてニーナが出てきた後、最後にニアが呼ばれた。
気のせいかもしれないが、ニーナは俺よりもだいぶ早く出てきたように感じられた。
それとは反対にニアはかなり遅く出てきた気がする。
やはり魔法かける対象によって、魔法が浸透するまで多少時間に差が出るのかもしれない。特に俺は既に体内に魔法をセットして置いてあるから、魔法の入りがニーナよりも悪い可能性は高い。
何はともあれこれで全員の施術が終了したことになる。
「じゃあ、行くか」
「えー。そんな軽い感じで行くんですかー?」
「そうよ。これから私たち結構危ないことするのよ?その辺わかってる?」
そこでなぜか俺が説教を受ける。
「あんま重々しくしたってしょうがないだろ?変に緊張するしさ」
「まあ、そうですけど......」
俺はそこでリンの弱い視線を感じたので、リンの方を見る。俺が気づいたことに少し驚いたのか、リンは体をビクつかせた。
「リン、いつも世話になってばかりで悪いな....。いつかこの恩は必ず返す」
「ううん....。あまり重く受け止めなくていいよ?知らない人の連帯保証人になったくらいの感覚でいいから」
「それ結構重く受け止めるやつじゃないのか?」
「冗談だよ.....?」
リンは結構真顔で冗談を言う。俺はからかわれているのかもしれない。
「それより、約束.....」
「大丈夫だ。ただ見て帰ってくるだけだ」
リンが一瞬、不安そうな表情を見せたので、俺はそこはしっかりと言質を残しておくことにした。
「うん.......気をつけてね....。私の魔法は普通の幻影魔法を使えば大丈夫。あとは自動で私の魔法がその魔法を強化してくれるから」
「わかった」
未だどこか不安そうな表情を浮かべるリンをおいて、俺たちは件の部屋へと向かった。




