先へと続く扉
「この中か....」
ここには何回か来たことがある。念の為、耳をすませるが、中から物音や話し声はしない。
「よし、じゃあ魔法を発動させるぞ」
「はい」
「ええ」
そこで俺たちは各々幻影魔法を発動する。
一番発動が早かったのはニアだった。
「そう言えばニアが魔法を使うのを見るのは初めてかもな」
「そうだったかしら?あんまり見ないで欲しいんだけどね、恥ずかしいから」
ニアとはいつも授業を傍観するだけだったので、こうして直接魔法を見る機会がなかったのだ。
ニアの手元はなんの迷いもなく、魔法陣を形成していく。彼女の魔法の作法はとても繊細で緻密だった。だからこそ発動が早かったのだろう。
次にニーナの魔法、最後に俺の魔法が発動した。
本来、俺の体にステンノを入れてからは魔法に不自由することがほとんどなくなったのだが、今回は血管に細工をしているため、そっちを維持のが精一杯で他の魔法が思うように使えない。元々、俺は魔法を複数処理するのは苦手であった。
「よし、これで大丈夫ね。それにしてもあの人の魔法凄いわね。私が自分でかけた魔法が勝手に何層もコピーされて、上塗りされるようになってる」
恐らく仕組みとしては、何層も何層も魔法を重ねることにより、何度破られても大丈夫なようになっているのだろう。しかしリンの魔法は何度見ても驚かされる。魔法を多層化するだけでなく、それを魔法陣として留めておくのはかなり難しいはずだ。
「じゃあ、開けるぞ?」
「はい」
「ええ」
ゆっくりと慎重に扉を開ける。予定通り、中には誰もいる様子がなく、すんなりと入れる。
室内の様子は前来た時とさほど変わりなく、両壁には資料がぎっしりと敷きつめられた本棚がある。真ん中には学園長専用の大きな机が配置されている。ただ当然学園長はそこにはいない。
ふとそこで学園長の机に置いてある書類に目が止まる。
「これは.....?」
「どうしたんですか?」
表紙の部分には『反逆者への対策と作戦』とかなり大雑把に書かれていた。禁書庫と同じく、何か仕掛けられている可能性もなくはない為、不用意には触れられない。
「この反逆者ってのは誰の事言ってるんだ?」
「誰のことって....それは前学園にいた軍の人達じゃない?あの....マリー何とかみたいな」
「そうか.....」
サラとエメは今も尚、追われる身ということか....。しかしあいつらが軍を裏切ったとは絶対に思えない。何か特殊な事情があるに違いないのだ。それを確認するためにも必ずもう一度会う。そしてその疑念と誤解を晴らす。
そしてひとつ気になるのはこの学園内にいると言われる内通者のことだ。もしこの反逆者がニアの言う通り、軍のものを指しているというのなら、内通者の件はどうなっているのだろうか?まだ今も捜索中なのか。確かこの件は学園側も躍起になっていたはず.....。
「どうしたの?そんなに難しい顔して」
気づくとニアがこちらの顔色を伺うように、覗き込んできていた。
「いや、なんでもない....。ところでその部屋とやらはどこにあるんだ?見たところ本棚しかないようだが...」
当たりを見回しても大きな本棚と観葉植物くらいしかなく、部屋どころか物自体がこの空間にはあまりない。
「私もそこが気になってたのよ。何度か入ったことはあるけど、部屋なんて見たことないしそれらしきものもなかったのよね」
「一見しただけでは分からないようになってるんですよ!この部屋の入り方が分かるのはお母様と副学園長、そして私だけです」
「それについても副学園長が知ってるのはまだわかるが、なんで娘のニーナにまで教えたんだ?」
「そりゃ私が娘だからに決まっているでしょう。私は将来、この学園を継ぐかもしれない者ですよ?」
ニーナは鼻高に宣言する。
「この学園て世襲制なのか.......?」
「いいえ?当然実力でなりますが、恐らく私が将来この学園を継ぐのを見越してのことでしょうね」
「かなりポジティブね.....。それにしてもこの部屋がね....」
「それでどうやってその部屋に入るんだ?隠し扉か何かあるのか?それとも空間転移装置が隠されているのか?」
「前者が正解です。鍵はこれです」
そう言うとニーナは右側の本棚を指さす。そこには何の変哲もない資料が無造作に並べられているだけだった。
「これが.....?」
ニアが目を細めて本棚を隅々を見る。
「私にはただの本棚にしか見えないけど.....」
「別に魔法陣がある訳でもないしな....」
「「・・・」」
やはり隠し扉というだけあって、素人目には分からないようになっているらしい。
すると突然コンコン、と扉をノックする音が聞こえ、俺たちはすぐさま口を押えた。
その音の後、扉が開く。幸いにも魔法のおかげで、俺たちの姿を見られる心配はない。しかし音を立てることは許されない。幻影魔法は音までは消せないからだ。
「ノックなんかしなくていいんだよ。どーせ、誰もいないんだし」
「ダメですよ。ここは今は一応、エリーゼさんのものなんですよ」
聞き覚えのある声と現れたのは、ガレルとフローラだった。
「ったくよぉ。変なとこで真面目なんだよな、お前は」
「いつも真面目ですよーだ。それにしてもよかったじゃないですか!あのポーションの効果がきれて」
あのポーションとはリンがあの時ガレルにかけた、魔法がしばらく使えなくなるという悪魔のポーションのことを言っているのだろう。
「まあな。あぁぁーー、思い出すだけでイライラするぜ。あの野郎共、いつかぜっっっっってえテキトーな罪着せて、ぶっ殺してやる」
ガレルの殺気のような威圧感がみるみる部屋に充満していく。その辺りはさすが普段、国の番犬をしているだけのことはある。肌がピリピリとする。
「ふふふ。ご立腹ですねぇ」
「当たり前だろうが。あいつらのせいでかなりの期間魔法が使えなかっただぞ!?」
「まあいいじゃないですか。そのおかげ休めたんですから」
「良くねぇよ。あれのせいで俺が些細な事で休む腑抜けみてえじゃねえか。...ってそんな話はいいんだ。今日は何しにここへ来たんだ?」
「それは資料回収ですよ。エリーゼさんにそう頼まれたじゃないですか!」
「知らん。....なんだよ、要は使いっ走りかよ。それで当の本人はどうした?」
「今は王族と会議中らしいですよ」
彼らは話しながら、学園長の机にまっすぐ向かっていく。
俺たちは彼らにぶつからない様に、ゆっくりと音を立てないように端へと避ける。
「王族ねえ。どうせ側近の奴らがうだうだ俺たちに文句垂れるだけじゃねえのか?」
「かも、ですねえ」
「俺たちは側近に仕えてるわけじゃねえつーの」
「とにかく文句はいいですから、この資料を運んでください」
フローラはおもむろに学園長の机の引き出しから紙の束を大量に取り出した。
「めんどくせ」
「つべこべ言わないでください。私はこの一番大事な資料を持ちますから」
「お前だけ持つ量が少なすぎるだろ!」
「遠近法でそう見えるんじゃないですかねぇ」
フローラが大事そうに抱えたのは、俺が手に取ろうとしていた資料だった。俺の予想に反し、あの資料には罠は仕掛けられていなかったようだ。
「ああ、うぜえ。それにしても反逆者共はまだ捕まらねぇのかよ」
「今、後を追っているようですけどね。あの方たちはドブネズミの如く、地下を逃げ回ってるそうですよ」
「ふん、まあ時間の問題か」
「そうですねぇ。個人的にはあのエースさんと会ってみたかったんですがね」
「随分前に辞めたんじゃ探しようがないからな。しかもその軍が解体したんじゃ尚更な。だからいい加減諦めろよ」
「はい....」
ガレルとフローラはそのまま騒がしく、部屋を出ていった。
俺たちの緊張の線がぷつりと切れる。
「緊張しました....。汗びっしょりですよ」
「本当にね。呼吸が浅くなって大変だったわよ」
「とにかくここであんまモタモタしてるのはまずそうだ。早いとこその扉を開けてくれ」
「分かりました。先生方、この本を見てください」
俺たちは言われた通り、ニーナが指さした本を注視した。
その本の背表紙には『遠隔魔法の基礎と発展』と書かれていた。恐らく遠隔魔法の教書だろう。
「この本の適当なページを開いて、微量でいいので魔力をゆっくりと込めます」
その説明通り、ニーナの手からゆっくりと魔力が本に流れ込む。
「魔力が本に染み込んだのを確認したら、後は元の場所に戻すだけです。そうするとこの本棚がこの本に含まれる魔力を検知して.........」
するとズズズズズ、という音を立てて本棚な真ん中部分が開いた。そしてこちら側の微かな光が、地下へと続く階段のようなものを薄らと照らした。




