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雫から始まる物語  作者: あまやすずのり
32/70

第32話

「ここ……ですか?」

 目の前にはアンティーク調で彩られたドア

 雨が降りしきる暗めな空なのに

 それほど明るさを感じない照明が

 五月にさらなる重厚感を与える。

 楓にショッピングモールから連れ出され

 向かった先は通り沿いから少し外れた小さな喫茶店だった。

「そうだよ、さっ行こうか」

 慣れた手つきで楓がドアを開く

 カラーンと鳴るベルの音、

 それに導かれるように店の中へと足を進める。

「……いらっしゃい」

 男性特有の少し重めの心地良い低音に迎えられながら

 店内をゆっくりと見渡した。

 そこには外の雰囲気から想像通りの世界、

 少々大人びた作りの店だった。

 淡い鈍色の照明に照らされたカウンター、

 丸みを帯びたテーブルが無造作に並べられ

 店全体を彩るジャズの音楽が更に印象を強くする。

 喫茶店というよりドラマでよく見る

 大人びたバー、それが五月の感想だった。

 どうやら今日は客の入りが悪いのか

 お客は楓と五月のみのようで、

「マスター適当に座らせてもらうよ」

「……どうぞ」

 楓の言葉にマスターと呼ばれた男性は手で席へと促す。

 未だ辺りの様子を伺っている五月へ

 楓が冗談めかしながら手を差し伸べる。

 とても自然であまりにも格好いい仕草に少々目を丸くした五月は、

 しかしあえてそれには従わず近場への席へと座る。

 その様子に楓とマスターは顔を見合わせ

 互いに苦笑いを浮かべるのだった。


 席に着いた五月に楓はお決まりの文句を放つ。

「さっきの礼も兼ねてここはおごるから好きなのをどうぞ」

「はぁ……」

 そう言われて少々戸惑う五月

 店の雰囲気からいくと結構高そうな気がしたため

 気が引けたのだが

『あれ?結構リーズナブル』

 立てかけてあるメニューを手に取り確認すると

 それこそ学生でもそこそこ気軽に通える

 値段設定になっていた。

 喫茶店なのでもちろん、コーヒーや紅茶、

 それに合うような洋菓子が主なメニューなのだが

 店の高級そうな佇まいとは思えない程価格は抑えられていた。

 そんな驚きが顔に出ていたのか

 めざとく楓が五月の顔色を確認しニヤニヤと笑っている。

 その様子が実に気にくわない五月がメニューで

 楓の視線を隠し、注文をどうするか迷っていると

「あらあら?今日もまた可愛い子とのご来店ありがとうございます」

 優しく透き通るような声に五月が視線を上げる。

 そこには店の雰囲気によく合った

 落ち着いたロングの給仕服に身を包んだ女性がいた。

 肩口で切りそろえられた髪を揺らしながら

 ニッコリと微笑む姿は誰もが見惚れそうなほどよく似合っており、

 それはコスプレと呼ぶにはおこがましい程だった。

「また悠里さんは人聞きが悪い事を……」

「でも、嘘ではないでしょ?こないだも……」

 どうやら楓はここの常連であるようで

 悠里と呼ばれた女性とあぁでもないこうでもない、

 と話をし始める。

 その間に五月は迷っていた注文を決め、

 チラリと楓へ視線を送ると

「おっと、じゃあ注文しようか」

「はい、どうぞどうぞ」

 こちらの意図をくみ取って

 楓が話を区切り悠里へと伝えた言葉、

 それは、五月にも予想外の行為だった。

「それじゃ、いつもの2セットで」

「って!ちょっと楓先輩っ!」

 これには即座に五月も突っ込みを入れる。

 しかし、それこそ楓の狙いだった。

 口元を上げ先ほどと同じ意地の悪い笑顔で五月へと問う。

「ん?何か問題でも?」

「いや、だって何でもおごるって……」

 楓の言葉に自然と語尾が弱くなる五月。

 確かに好きな物をおごってくれるとは言った、

 だが、それを鵜呑みにして自分が好きな

 もとい、どんな物がくるのか想像し、

 注文しようと思っていた品があった、

 とは言いづらかった。

 お金を出してくれるのは楓だから

 当然最終的には楓に注文の決定権はあるわけで

「……ぷっ……ふふっ」

 そんなことを思っていた矢先だった。

 それはまるで夕立のように空から

 そして目の前に唐突に降って来た

「あっははっ!やっぱり雫の後輩だけはあるっ!」

「ふふっ、なるほどこの子がね、ふふっ!」

 二人の無邪気な笑いに口を半開きにし、

 呆気にとられる五月。

 それをまた可笑しさを堪えられず楓が説明した。

「いやー、本当に雫そっくりの反応だったから、ね、悠里さん」

「そうね、言ってた通りの子ね」

 一体どんな説明を受けたのか、

 とても気になるが、それよりも恥ずかしさが全面に出て

 顔を赤くしながら俯く五月。

 その姿が初々しく楓と悠里はまた微笑みを浮かべる。

 だが、この時から既に場の流れは五月へと流れていた。

 そう、彼女は『雫』ではない。

 彼女もまた『雫』をからかうのが好きな『五月』なのである。

 だから、五月は俯きながらも見つけた逆転の切り札を楓へと差し出した。

「……すいません、追加でこれを……」

「えっと、はいは……へ?」

 悠里の気の抜けた声に楓が気づく。

 そこには五月が差し出した一枚のメニュー用紙。

 この店でもほとんどの人がスルーしていたメニュー。

 元々、そんな需要がある店ではないせいもあったのだが。

 それを見た楓はガタンと机を叩き焦りの色を浮かべる

「そ、それっ!正気なの!?」

 果たしてそこには

『店のケーキ18種60分チャレンジ、1万円』

 そう書かれた紙切れが目の前にあった。

 それを見て焦る楓を今度は五月が

 悪魔の微笑みで迎える。

「はい♪だって好きなの頼んでいいんですよね?」

 攻守交代、その状況に五月は満足そうに頷きながら答える。

 先ほどとは打って変わって焦り出す楓にさらに五月は追い打ちをかける。

 それは雫をからかうときよりも酷かったかもしれない。

 そう五月自身でも思うほどだった。

「あっ♪安心して下さい、60分で食べきるつもりはありませんから、ゆーーーっくり味わって食べさせて頂きます♪」

「……わかった、私の負けだよ」

 やれやれと、楓がため息をつきつつ再度悠里へと促す。

 その一連のやり取りにどうやら悠里も満足したようで

 先ほどの営業スマイルとは明らかに違う笑顔で応えた。

「それでは、再度ご注文をどうぞ♪」

こんばんわ、作者です。


後書きで書くのもあれですが

今回ちょっと長めになりました。

いやー丁度切れるところがなくてですねぇ(笑)

まぁこんな時もあるって事で一つお許しを。

次回はまたいつもと同じくらいにしたいもの、ですね(笑)


ここまでお読み頂きありがとうございます。

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