第1話 王宮での断罪
カスティリャ王国の王宮は、貴族たちで埋め尽くされていた。大広間は絢爛たるクリスタルのシャンデリアが幾重にも光を反射している。
着飾った紳士淑女たちの視線の先、ボロボロの灰色の麻布をまとった一人の少女マリアが、ひな壇の前に立たされていた。銀色の髪は絡まり、赤い瞳には乾いた涙の跡が痛々しい。名門侯爵家の長女でありながら、今日この瞬間をもって、血縁すら剥奪される罪人である。
「マリア・フォン・クライスト。貴様のすべての罪を告発する」
皇太子レオンが、澄んだしかし冷酷な響きを持つ声を張り上げた。
その隣で、純白のドレスに身を包んだ美しい少女が、マリアを可哀想なものを見るような潤んだ瞳で見つめている。義妹のソフィアだ。金髪碧眼の彼女は、いまや光属性の聖女として神殿から最高位の加護を認められ、次期王妃としての座に収まろうとしていた。
「義姉様、どうしてこんな事をしてしまったのですわ。私に嫉妬するのは分かります。けれど、私をおとしいれ、使用人たちを虐げようとするなんて」
ソフィアがか弱い声を震わせると、周囲の貴族たちから一斉に軽蔑と嘲笑のざわめきが漏れた。
「さすがは魔力を持たぬ落ちこぼれ」
「美しい義妹への嫉妬から、数々の暴挙を働いていたそうだな」
「クライスト家の恥晒しめ」
すべては仕組まれた嘘だった。
七歳の時に発覚した。無魔力の判定。それ以来、マリアは侯爵家の別邸の物置小屋に押し込められ、日の当たらない場所で虐げられてきた。食事は冷えた硬いパンくずのみ。愛される義妹ソフィアの影で、マリアは使用人以下の扱いを受けてきた。
だが、今日の断罪劇のために、両親である侯爵夫妻さえも平然と嘘の証言を重ね、マリアを悪人に仕立て上げた。義妹ソフィアを完璧な聖女として、皇太子レオンに嫁がせるために、邪魔な汚物として切り捨てた。
王が冷ややかな宣言する。
「もはや慈悲の余地はない。クライスト家よ、罪人をどう処罰するのか」
「国王陛下並びにレオン殿下。我がクライスト家としても、このような悪女マリアをこれ以上家族として置くわけにはまいりません。本日をもって、我が家の籍から除籍いたします」
侯爵である父が、虫けらでも見るような冷徹な目を向けた。義母も、目を背けたまま小さくうなずいている。
「追放する。行き先は、人間が足を踏み入れてはならない禁忌の森だ」
大広間が、その言葉に静まり返った。
禁忌の森。数多の凶悪な魔物が巣食い、足を踏み入れた者は二度と生きて帰れないという死の領域。あそこに放り出されるということは、処刑と同じ意味だった。
マリアは、乾いた笑いがこみ上げるのを必死で抑える。
事前に断罪されることは知っていた。小さな荷物を乳母に持ってもらい、いつもは夜会に訪れない乳母と娘のアンナについて来てもらっていた。
「私、断罪されるのよ。追放されるんですって。いままでのことが全部私の罪になるんだそうよ。使用人が話していたの。でもこの屋敷にいるよりはうれしいの。自由になれるかもしれないから。ごめんなさい。今回の夜会だけはお父様とお義母様に頼んだの。乳母とアンナに夜会に付き添いとしてついて来てもらっていいですかって。そしたらこれが最後とわかっているからかすぐに許可が出たのよ。だから申し訳ない、この荷物を持ってついて来てもらえないかしら。」
(これで、終わりだ。あの冷たい家からも、身勝手な家族からも、すべてから解放される)
恐怖はなかった。ただ、乳母と、その娘はずっと自分を慈しみ、温かく世話をしてくれた。2人と離れることだけが心残りだった。乳母の娘アンナは。
「私も一緒に行きます」
マリアの手を、泥だらけの手で強く握りしめてくれた。
「連れて行け」
皇太子レオンの冷酷な号令とともに、マリアの両腕を屈強な衛兵たちが荒々しく掴み、引きずっていく。
マリアとアンナを乗せた一台のボロボロの荷馬車は、王都の華やかな光から遠ざかり、闇に包まれた禁忌の森へと向けて走り出したのだった。
荷馬車がガタガタと酷い音を立てて止まる。緑が急に濃くなり、太陽の光さえも吸い込まれるような異様な気配が漂い始めた場所だ。
御者は青ざめた顔で、マリアとアンナをまるで伝染病患者でも見るかのように睨みつけている。
「ここだ。降りろ」
御者は怯えた手つきで御者台から飛び降りると、荷台の木戸を乱暴に開け放った。マリアのわずかな着替えが入ったボロボロの布包みをゴミでも捨てるかのように、地面に放り投げる。
「俺にも故郷に妻子がいるんだ。これ以上、呪いの森の近くに近づくわけにはいかねえ。お前たちみたいな罪人を乗せていること自体がお上の目を引いて罰が当たりそうだ」
御者はガタガタと震えながらまくし立てる、恐怖と、早くこの不吉なものから逃げ出したいという焦燥感に満ちている。
「可哀想だが、さっさと降りろ。生きて帰れるとは思えないが、自業自得ってやつだ」
捨て台詞を残す。御者は二人が地面に足を下ろすか下ろさないかのうちに、逃げるように手綱を引いた。馬のひづめの音が慌ただしく遠ざかり、あっと言う間に荷馬車は砂塵の向こうへと消えていった。




