レイゼルの封筒と、3日目の答え
【レイゼルの封筒と、3日目の答え】
翌朝。レイゼルへの返答期限の日。
ギルドに行った。報告窓口ではなく、1階のロビー。レイゼルが来るかもしれないし、来ないかもしれない。どちらでもいい。
封筒をカウンターに置いた。受付嬢に「これをアウレクスの作戦部長に返却してください」と伝えた。
「中身は——」
「開封済みですが、変更はありません。そのまま返してください」
受付嬢が封筒を受け取った。あたしの元の所属先を知っている顔だ。何か聞きたそうにしていたが、飲み込んでくれた。
ギルドを出ようとした時、ロビーの柱の陰にレイゼルが立っていた。
来ていた。
「返却、ですか」
「はい」
「理由を聞いても」
「信用の問題です。条件の問題じゃない。——それと」
あたしはレイゼルの目を見た。この男の目は——ヴァルディスと違って、まだ迷いがある。完全には壊れていない目だ。
「レイゼルさん。あなた個人は——悪い人ではないと思います。ただ、あの組織にいる限り、あなたの判断はヴァルディスに上書きされる。あたしの報告書が3回握り潰されたように」
レイゼルが口を開いて、閉じた。
「1つだけ。もし——あなたが本気で異変に対処したいなら。あの組織の中からではなく、外から手を打つ方が効率がいい。あたしのように」
レイゼルは何も言わなかった。あたしは背を向けた。
——これが最後の忠告だ。届くかどうかは、あの男次第。
安宿に戻った。シオンの部屋に寄った。
シオンが起き上がっていた。肋骨の痛みは引きつつあるが、まだ安静期間中だ。
「イグリットさん。——アウレクスの話、どうなりました?」
「断った。封筒は返した」
「……ですよね」
「ですよね、って何」
「断るって、最初から決めてた顔でした。3日前、話してくれた時」
「——顔に出てた?」
「はい。——あと、戻るつもりなら、僕にわざわざ知らせなかったと思います」
この少年、あたしの過去の発言も表情も、全部記録している。半年分のデータベースが頭の中にある。
「——明日から軽い訓練を再開する。エルサの許可は取った」
「はい。——あ、イグリットさん」
「何」
「昼ごはん、作りますね。味噌の雑炊でいいですか」
「……いい」
「今日のは——特別に美味しく作りますから」
「いつもでしょ。特別なのは」
言ってから気づいた。「いつも特別」と認めてしまった。
シオンが何か言いかけて——笑っただけだった。あたしの失言を、追及しなかった。
台所で鍋に火がかかる音。出汁の匂い。味噌の匂い。
あたしはテーブルに頬杖をついて、その音を聞いていた。
アウレクスの月給——桁が1つ違う報酬を断った。
代わりに、味噌の雑炊を待っている。
収支で言えば大赤字だ。
でも——この匂いの中にいる時間は、アウレクスの会議室で過ごした4年間のどの時間よりも、あたしの身体が楽だ。指輪が軽い。呼吸が深い。
雑炊が出てきた。卵がふわふわで、葱が効いていて、身体の芯まで温まった。
「おいしい」
「よかった」
シオンが笑った。
あたしも——もう、表情パターンの番号で管理するのはやめよう。この少年の笑顔に番号をつけること自体が、何かを間違えている気がする。
毎日更新継続中。明日も同時刻に。
読者の皆様からの評価・ブクマという「報酬」が、執筆効率を劇的に跳ね上げます。
下にある☆☆☆☆☆のタップは、この物語への最も効率的な投資です。ぜひ支援をお願いします。




