群れる角猪と、最初の一撃
【群れる角猪と、最初の一撃】
6回目の護衛。出発時から、あたしの警戒レベルが高い。
ダンジョンの中で灰角獣と戦った。街道の渓谷にも深層種の反応が増えている。今回は——何が出てもおかしくない。
ポーションを多めに持った。魔力回復用の鉱石粉末も3倍。
第1区間、森林帯。
角猪が現れた。——8頭。過去最多。
しかも、群れで行動している。今までバラバラに出現していた角猪が、固まって動いている。群れとしての統率はないが、同じ方向から同じタイミングで来る。
何かに追い立てられている。森の奥から、特定の方向に。
あたしは5頭を処理した。精密射撃で急所を一撃。いつも通り。
残り3頭のうち2頭は逃げた。
最後の1頭を——あたしは、シオンに任せた。
「シオン。1頭、来る。——やれる?」
シオンが頷いた。木剣ではない。実剣を構えている。訓練で身につけた構え。重心が低い。足幅は肩幅より少し広く。
角猪が突進してきた。
シオンが動いた。
正面で受けない。半歩横にずれて、角の軌道を剣の腹で叩く。力ではなく角度。訓練で何百回も反復した動き。角猪の突進が逸れる。バランスを崩した角猪の首筋に——剣を振り下ろした。腰の回転が腕に伝わり、刃に力が乗る。
深く入った。角猪が倒れた。
静寂。
シオンが剣を握ったまま、自分の手を見ている。
「……倒し、た?」
「倒した」
シオンの顔に、じわじわと実感が広がった。
「倒しました!」
テンションが跳ね上がった。ガッツポーズ。剣を持ったまま両拳を突き上げている。——危ない。
「素材処理が先」
「あ、はい!」
即座に切り替わる。さっきまでのガッツポーズが嘘のように、真剣な顔でナイフを取り出して角猪の前にしゃがみ込む。この切り替えの速さは——犬みたいだ。嬉しい時に全身で喜んで、次の瞬間には指示に従う。
素材処理。牙の切り出し。角度15度。ナイフの入れ方、力の配分。——95点。ほぼ完璧だ。
「——よくやった」
あたしの口から出た言葉に、シオンが顔を上げた。
あたしが褒めることは、ほとんどない。「悪くない」が最上級だった。「よくやった」は——初めてかもしれない。
自分で言ったくせに、妙に胸の奥がざわついた。この口は、いつからこんなに軽くなった。
シオンが笑った。太陽が2つ出たような笑顔。眩しすぎて目を逸らした。
渓谷区間に入った。
空気が変わった。
岩蜥蜴が——いない。1匹も。
5ヶ月間、あたしはこの渓谷のデータを積み上げてきた。1回目8匹。2回目11匹。3回目13匹。4回目12匹。5回目14匹。増え続けていた。毎月、例外なく。
6回目——ゼロ。
壁に張りついているはずの苔蜥蜴もいない。岩陰に潜む角ネズミもいない。増加トレンドが突然ゼロに落ちる——統計的にありえない。ありえないことが起きる時、それは環境が根本的に変わったことを意味する。
ダンジョンの第5階で経験した、あの沈黙と同じだ。魔物が逃げた後の、何かが来る前の静けさ。
「イグリットさん——」
シオンの声が硬い。彼も気づいている。さっきまで角猪を倒して笑っていた顔が、一瞬で緊張に変わっている。右手が無意識に布に触れている——緊張すると出る癖だ。
「わかってる。黙って」
探知を展開した。
渓谷全体をスキャンする。角猪——ゼロ。岩蜥蜴——ゼロ。小型魔物——ゼロ。
代わりに——渓谷の奥、300メートル先に。
重い。
魔力の塊。前回の「崖上の反応」より、はるかに近い。はるかに、大きい。
指輪が熱くなり始めた。
「シオン。荷車を止めて。ここから先——何かいる」
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