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 花が咲き乱れ、季節は春。

 出会いと別れの季節。

 ……なのは私だけ。


 私は花の季節が訪れる頃、ようやく10年間の引きこもり生活に幕をおろした。

 新年になれば、暦の上では春となり、休暇が明けるのと同時に学年の切り替えが行われる。

 だけど、暦の上の春は体感の春とは別物だ。まして、温暖な土地からやってきた者にとって、体感の春は遅い。


 私が王都へ移ったのは新年がスタートしてまるまる2ヶ月が過ぎた頃だった。そこから慣らし……というか、マトモであるかどうかを両親に観察され、名ばかりの編入試験を受けて、王都の春はすでに名残りとなった本日、ようやく入学の運びとなりました。


 すり鉢状の講堂で、たくさんの視線に晒され、もうすでにお家帰りたい状態なんですが! 教室って四角い部屋に四角い机が並んでるもんなんじゃないの?

 なにこの劇場みたいなところ!

 えっと? 転校生は黒板に名前書いて自己紹介するんだっけ?

 ああ、違う違う。

 落ち着け、私。深呼吸しろ、頭の中で!


「レスティア・アイリーアと申します」


 名前を言ってゆっくりと膝を曲げて礼をする。微笑みを崩してはいけない。慌ててはいけない。名前以外のことは言ってはいけない。

 マナーの先生だったロッティ夫人のありがたい教えを頭の中で反芻する。


 あとは先生の指示に従って椅子に座る……って、先生!「空いている席に」なんて無責任なこと言うなよー!


 ゆっくりと視線を動かしながら、

席を探す。

 2人から3人掛けになった長机が並んでいるけれども、誰もいない机はない。

 どーすんのこれ!

 お隣いいですかって話しかけるの!?

 私から!? 誰に!?


 いきなり詰んでんじゃん!!


 後ろの方の席でメル君が呆れたように見ているよッ!

 あれ、変だな。メル君の「ざまぁ」って幻聴がッ!


「アイリーア様、こちらへどうぞ」


 と天の助けが差しのべられる。

 3人掛けの机に2人でいた女の子が席を案内してくれた。


「ご親切に、ありがとうございます」


 ゆっくりと丁寧に返礼して、心の中でその席に飛びついた。


 よし、今日のミッションはコンプリート。

 椅子に座った時点でやり遂げた充実感に満たされる。

 まだまだ嵐の中なのに。


 その後は表情筋を仕事をさせるのに精一杯で授業内容なんかこれっぽっちも耳に入ってこない。


 授業は午前中に3つ、午後に2つ。

 ずいぶん緩い感じがするけど、どうだろうな? 休憩時間もしっかりあるし、慣れれば、のんびりとした学生生活になりそうな気はするのだけど。


 ふと頭の中に、浮かぶ。

 先生に向かって座っているのは、みんな同じような紺色の服で、みんな同じような黒髪で……。机に向かっている背中ばかりが並んでいるのになぜか懐かしい、と思った。


 休憩時間になるとさらなる暴風が吹き荒れる。女の子たちが入れ代わり立ち代わりやってきて名乗っていくのだけど……はっきり言って覚えられません!


 それに赤や黄色、青、緑と華やかな色を髪や瞳にまとっていて、目がチカチカする。

 級友として当たり前なのかもしれないんだけど、物理的に距離が近いのも落ち着かない。

 みんなが同じ服装をしているのも不思議な感じがする。


 名前を名乗られただけでは本当に右から左へと流れていく。

 かろうじて、席に呼んでくれた二人が、リリアナ・グラディスとミリアム・ハーフィーズということだけは覚えた。

 けど、あとの人はごめんなさい。

 後半は男の子の自己紹介も始まったけど、すでに諦めて、滑っていくだけになった。


 昼休憩、女子とは群れで生きる動物であると知った。たまに私のようなはぐれ女子がいるくらいで。


「アイリーア様は昼食はどうなさるの?」


 明るい赤色の髪のリリアナが声をかけてくる。


「持参致しておりますので、教室かどこかで頂こうと思っております」

「まぁ、でしたらご一緒致しませんか?」


 リリアナの後ろからひょこっとミリアムが視界に割り込んでくる。それを皮切りに、「わたくしも」「わたくしも」と増殖していく。

 皆さん、珍獣の見物に余念がない。


「でしたら、みなさんで頂きましょう」とリリアナが言うときゃいきゃいと嬉しそうな声がそこかしこからしてくる。

 流されるままに中庭に連れ出される途中、メル君が視界に入る。

 相変わらず不機嫌そうに口をへの字にしているのかと思えば、友達とおしゃべりしながら破顔している。

 なんだ、メル君もちゃんと学生やってるじゃん。よきかな、よきかな。

 そういえば、メル君の笑顔は久しぶりだな。


 まさかの中庭に10人ほどで円陣を組むように座り、持ってきたお弁当を食べる。

 風景が記憶と重なり、また懐かしさをとなって胸に広がる。

 友達と他愛ないお喋りをしながら、お弁当食べる。それが当たり前の毎日だったっけ。

 「私」は「学校」に通っていたんだなと、実感した。

 私にだって、お友達とはいかないまでも、一歩手前まではできたじゃない!


 私は「私」の存在を初めて嬉しく、心強く思った気がした。


 でも、この微笑みを絶やさないようにサンドイッチを食べるって……。練習してきたけど、呼吸困難になりそうなんだけど。

 みなさん、楽しそうな表情でお食事できているのをみると、ご令嬢レベルが高いのか。


「アイリーア様は午後はどの授業に行かれるの?」


 対面くらいに座る女の子から質問が飛ぶ。

 午前中は学年共通の授業が3つ。午後は各々選択した授業が2つ分。

 すでに新学年がスタートした彼女たちは当然選択は終了している。

 私は、2週間の猶予があるので、その間に選択授業を決めるように言われている。


「本日は植物学へ行ってみます」


 そう答えると周囲におかしな波が起こる。

 お隣のご令嬢にひそひそと何やら話したり、訝しげに首をかしげてこちらを見ていたり……。


 あれ? マズった? え? なに? どこ!?


 ゆっくりとサンドイッチを口元に運びながら、周囲を観察する。


「……あの、では、私も植物学ですので、ご一緒に……」


 細い声が輪の中から上がる。一歩控えたように座る彼女は恐る恐るというように声を発し、最後の言葉は消えてしまった。


「はい。よろしくお願いいたします」


 そう答えたら、ますます身を小さくする。


 なんだ、どうした? 何この雰囲気。

 リリアナは何でもないという顔をしているが、他の子はなんかさわさわと落ち着かない感じだ。

 何が、どうなっているんだろうね?



 

 廊下を歩きながら、私の神経は斜め後ろに集中している。


 「今日は温室に集合とのとこなので、温室に……」


 と言うので先導をしてくれるのかと思っていたら、隣ではなく2歩後ろに控えて歩く「植物学ちゃん」。


 うーん。で、その温室はどこだろうね?

 何となくでしか敷地内を覚えてないので、途中で足が止まってしまった。


「あの、わたくしまだ不慣れで温室の場所を存じません。ご迷惑をおかけいたしますが、ご案内いただけますか?」


 さっきから、やたらと視線を集めているのは、まるで子分のようにこの子を付き従えているこの立ち位置のせいだとおもうのよ。

 なぜ、ふつーに隣に立ってくれないかな? 不通に隣で肩を並べて歩いてほしいのに


「も、申し訳ありま……」


 なぜ謝る。


「どうぞ、こ、こちらへ……」


 慌てて一歩前に出たかと思うと、今度は腰を折って道案内が始まる。

 いや、それも違うんだけど? それじゃあ、我儘令嬢が侍女に尊大にふるまっているかのような感じよ?

 これでは「お友達」に遠いな。

 と思いながら、彼女を観察する。

 肩の上で切りそろえられてた髪は毛先がくるんとカールしていて、ふわふわで、軽やかな印象の淡いピンク色。瞳は紫水晶のよう。だけど、控えめ、という以上に慎ましやか。1年生というには少しくたびれた感じのする制服。


 あれが目的の温室か、とわかるほど近づいたころ、ようやく植物学ちゃんが私の顔を申し訳なさそうに見た。


「あの、私、モナ・ルッジです。ご挨拶が遅くなって申し訳ありま……」


 おお、モナちゃんか。覚えた。

 ってか、名乗ってくれてよかった。あの怒涛の挨拶ラッシュで名乗られていたら、もう一度聞くのも申し訳ないし、どうしようかと思ってたんだよね。

 お弁当の輪の中でも彼女はあまり話をしていなかったから、名前も分からなかったし。


「レスティア・アイリーアです。どうぞよろしくお願いいたします」


 朝よりは気軽なカーテシーで答えると、モナもぎくしゃくとカーテシーの姿勢をとる。


 なんか、震えながら頑張る小動物のような感じがする。

 男の子なら守ってあげたくなる感じ? 意地悪令嬢としてなら、いびり倒したくなる感じか。


 きっともっと胸をはって、笑顔を見せればかわいいのにな、と思う。


 たぶん彼女は平民出身なんだろう。確か、入学の説明のときに、身分に関係なく同じ学生という立場でとかなんとか聞かされたけど……。

 まぁ、そういうの、ゼロにはならないよね。


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