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 突然の父親からの手紙には驚かされた。何で今更社会復帰なのかと。それも学生生活とは。

 そこに隠された意味を正直、勘ぐった。


 医者からも問題ないと言われ、マナーの先生からも擬態術(所作)に関しては免許皆伝(けっこうです)をもらったけど、だからといって、ねぇ。


 生まれてこの方、同年代の友達一人よ? それも半年間だけ。


 それでも最後に学院に行かず、隠遁生活を続けることも可能だって書いてあったのが救いだった。

 だから正直、このままでいいかなって思った。

 ……だけど。




「この春から、中等部へ入ると聞きました」


 1年ぶりに会った彼は、すっかり背が高くなって、声が低くなって、小さなころはくりくりで愛らしかった藍色の目は不機嫌そうな三白眼で私を見ている。


 おお、成長期か。と感慨深くテーブルの向こうの婚約者を観察する。


 身長は一気に追い越された。去年あたりから成長著しかったが、この1年の伸びは出会ってから最高記録だろう。

 剣術の為に鍛えていると言っていたが、筋肉もついてきたように見える。


 うむうむ。相変わらず頑張り屋さんだな、メル君は。


「はい。お医者さまにも許可を頂きましたし、わたくしも少しお友達というものに憧れております」


 去年は、それでももうちょっと打ち解けてお話をしてくれていたのに、今年はずいぶんつんけんだなぁ。

 しょうがないなぁ。思春期かね? 反抗期かね? 青春なのかね?


 彼は嫌で仕方がないという態度を隠しもしない。


「急に中等部への編入など、うまく馴染めるとは思えないのですが」

「確かに、そうかもしれません」


 私はその言葉に素直に頷いた。

 はっきり言って、同年代の知り合いは一人しかおらず、その人物ともこの通り良好な関係とは言い難い。


「それでも、社会勉強だと思って、頑張ってみます」


 突然の王都からの帰還命令に最初は断るつもりだった。

 今更社会復帰? と思ったけど、次の瞬間、まだこれからだなって思ったのが理由の1つ。

 ずっとお世話になっていた学術の先生は3年で王都へ帰ってしまって、以来ほぼ独学なっているのも理由の1つ。

 それに、「外」に出られるのは卒業までの4年間だけになると思うのだ。

 今しかできない事なら、やらずに後悔よりもやって後悔した方がいい。

 だから、周囲大人たち目から見て、普通の娘のように見えるのなら、やってみようかと思ったのだ。


「メルヴィル様のご迷惑にならないよう努めますね」


 そう言ってほほ笑むと、まさかの舌打ちが返ってきた。


 聞こえてるよ、キミ。


 まぁねぇ、親が勝手に決めた世間知らずの婚約者がいきなり自分のテリトリーに入ってくるのだ。そりゃあ、嫌だと思うよ。急に足枷でもつけられた気分だろう。

 年齢とか、家同士のつながりとかそんな理由で選ばれただけの相手だともちろんわかっているし、絶賛反抗期の彼にとっては不本意この上ない存在だと思う。

 一応私とて、なんというか、甥っ子のように見守ってきた彼には楽しい恋愛とか明るい未来とか、そんなものを得てほしいと夢見ているのだよ。こんなおばちゃん属性のついたエセ令嬢ではなく、ホンモノのご令嬢との未来をさ。


 メル君は出されたお茶にも手を付けず、苛立たしげに窓の外に視線を向けてこちらを見ないようにしている。


 うーん、これは?

 反抗期だけじゃないのかも。

 もしかしなくても相当嫌われる?


 私たちの婚約はまだ内定の状態だ。いや、婚姻を目的とするなら内々定といったところだ。

 親同士で「婚約させようね」「うんいいよ」と言っているだけで、「婚約した」わけではない。

 法的に効力のある婚約は16歳以上と定められている。婚姻は18歳。

 貴族社会においては婚姻は親の主導で政略的に行われるのが一般的。婚約ができるのが16歳だとしても、内々に進めておくものだということに疑問があるわけではないのだが、しかしだ。

 思春期を迎えるころには、もう決まった相手がいますってのは、若人としては納得いかないのも理解できる。


 よし、決めた。

 法的な制限が面倒くさくなる婚約までにはまだ若干の時間がある。

 それまでにメル君には「真実の愛」とかそんなやつを見つけてもらおう。そうすれば、正式な婚約をする前に私の方から破棄を持ち出せるのではないか? わたくしを想ってっくださらないならお受けできません、とかなんとか言って。


 もしくは逆に、メル君の方から断られるパターンだ。

 以前に本で読んだ。意地悪な令嬢が「お前との婚約は破棄する!」って言われて捨てられるやつ。

 メル君は特性:強気だから、「爵位など関係ない! 俺は本当に愛する人と生きる!」とかなんとか言ってくれちゃったりしないかね?

 いいねいいね、そういうの。

 その方向でいこう。

 後で、あの本を読み直して意地悪する方法をおさらいしておこう。


 新たな目標とあらぬ妄想が頭の中で暴走して、にまにましてしまいそうになり、サッと扇を広げて口元を隠す。


 そんな事を思っていると、メル君は後ろに控えている従者に声をかけ小さな箱を受け取る。


「いつもの、父から預かってきた新年の贈り物だ」


 この国には新年を祝うこの期間に家族や親しい人に贈り物をする風習がある。

 贈り物の内容は親しさにも寄るが、メル君の父ウィスコンシン伯は毎年可愛い小物をメル君に託して届けてくれる。


「毎年ありがとうございます」


 テーブルに置かれたリボンのかけられた小さな箱を手に取る。

 大きさの割には重いような感じのする箱を開けると、丸いガラスケースの中に雪景色が見える。


「まぁ、すてき。スノードームですのね。ありがとうございます」


 思わず声を漏らすとメルヴィル君は驚いたようだった。


「知っているのですか……」

「……知識としては、です。実物を見るのは初めてです」


 テーブルの上に置き、はらりはらりと降り積もる雪を眺める。ゆったりと微笑みを浮かべてみたが、頭の中では冷や汗をかいた。


 あれ? なんか、マズかったかな? 見るの初めてで問題ないよね? ……大丈夫、だよね?


 もう一人の記憶が混ざって、突然おかしなことを言ってしまう。最近はなかったんだけど、自分に「おかしい」という自覚がないのが難点だ。


 そっとメル君の表情を窺うと、「変」ではなかったようだが、なにやらまた気分を害したらしい。


 ちっ。めんどくさいな、思春期君は。


「わたくしからも伯爵様と、こちらはメルヴィル様に」


 そう言うとエリーが手際よく2つの箱を用意してくれる。

 伯爵への贈り物は、なんの捻りもなく毎年ハンカチだ。

 一応、貴婦人の嗜みとして刺繍もしているので、毎年自分で刺したものを準備している。

 今年は、メルヴィル君にもタオルを用意した。去年、新年の挨拶に来てくれたとき、剣術を頑張ってるって言ってたからね、きっと汗をかくことも多かろうと思って。


 記憶に中にあるようなふわっふわのパイル地じゃないけど、それに近いような吸水性の高い織物が外国にあると聞いて取り寄せたのだ。

 織り方の関係なのか、吸水性の良い厚地の部分の両端には平織りの地の部分がある。企業名でも書きたくなるあの部分が。

 そこにメル君の名前の頭文字と、男の子が好きそうな剣を交差させたモチーフを刺繍した。

 ……のだが、これは失敗だったな。今のメル君には子供っぽすぎだ。


「これは……?」


 メル君はタオルの手触りに驚いているようだった。


「そちらは浴布ようなものです。タオルというのですが、浴布よりもよく水を吸うので汗を拭くのに使っていただきたくて」


 少し子供っぽい刺繍を恥じてか少し顔が赤い。でもタオルの手触りは気に入ったのか、2度3度撫でてからいそいそとしまい込む。

 そんな彼を見ながら、うむうむと共感した。


 やっぱりタオルの柔らかさは気持ちいいよねー。


「……あ……」


 あ?

 突然なにかいいかけてスノードームを見つめながら固まるメルヴィル君に首を傾げる。

 なんだ、どうした? 忘れ物か?


「あの……王都への移動は、いつですか?」

「そうですね、王都の寒さが心配なので、少し暖かくなってからになると思います」


 ガラスドームの中の小さなお城はすっかり雪化粧で覆われている。


 そういえば王都は雪が降るんだったな……。


「……分かりました」


 視線が固まったままのメルヴィル君は聞くだけ聞くとそそくさと立ち上がる。


「はい。遠路はるばるありがとうございました。伯爵様にもよろしくお伝えくださいませ」


 立ち上がって、スカートを少し持ち上げ、軽く膝を曲げる。


 よし、笑顔、言葉、おじぎ、全部うまくいった。たぶん。

 静かに、穏やかに、たおやかにするのが美徳とされている。

 貴族令嬢という生き物の生態はとかくめんどくさい。


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