第二十七話 魔女ホテル
「……よし、そろそろ着くはず……」
――スマホのナビが終了した音が響いた。そして俺達は、この田舎町にはふさわしくないほど、立派な建物の前に立った。
……これが、ホテル……。
「わーいっ!! ここがその宿屋なのですねっ!? 大きくて凄いのです!!」
「……ね、ねぇ、これって」
――カシワギさんの顔がどんどん赤くなってゆくのが見えた。
いやぁ、無邪気なナタリーとは対称的で面白いなぁ……。
とか言ってる場合じゃねぇ。
――どっからどう見ても、ラブホです。本当にありがとうございました。
「どうしたのです? 二人とも? 早く行くのです!」
「い、いやぁー、ね? クドウくん?」
「ああ、そのだな……。ちょっと思ってたところとは違っててだな……」
「えー? じゃあ野宿するのですか?」
ヒュウウウウ、と冷たい風が吹いてきた。
それは無理……。
俺は、恐る恐るカシワギさんの方を向いた。
カシワギさんは、顔を真っ赤にして俯いていた。か、髪で表情が見えない! どうしよう!
――よし、こうなったら最後の手段だ。
「じゃあ、俺が二人を担いで――」
「……うん、よし! じゃあ行きましょうか」
「――えっ?」
カシワギさんが、覚悟を決めたような顔でナタリーの方へ向かっていってしまった。
いや、え、いいの?
――よし、俺も覚悟を決めよう。なんの覚悟かは知らないけど。
――、その時、俺は何かの気配を感じて、後ろを振り返った。
しかし、何もいない。
「勇者様ー?」
「あ、悪い。今行く」
俺は、深呼吸をして、その扉をくぐった。人生初のラブホ……、滅茶苦茶緊張するぜ……。
『……ようこそ、ワタシのセカイに……、キキキキキキキ』
◇◇
「201……201……、あったのです!!」
前方から、ナタリーの騒ぐ声が聞こえた。俺はしーっ! と指を口に当てた。
「まさか、部屋ほとんど埋まってるなんてね……」
カシワギさんが横で言った。
本当にその通りだ。
本当は、ナタリーとカシワギさんで一部屋、俺でもう一部屋取るつもりだった。
しかし――、なんと、一部屋を残して全部部屋が埋まってしまっていたのだった。
いや、こんな田舎のラブホに誰が来てるんだよ――、と突っ込みたくなったが、空いていないものはしょうがない。
「……ここか」
ふぅ、と息を吐いてから、鍵を開けた。
すると、すぐさまナタリーが部屋へ飛び込む。
「あっ、おい――」
「わぁーっ!! ふかふかなのです!」
……ナタリーは、奥にあったダブルベッドへ飛び乗ってぴょんぴょん跳ねていた。
え、えーっと、案外普通の部屋……?
「へぇー、結構マトモだし、綺麗な部屋ね」
カシワギさんも安心したように中へ入っていった。
俺もそれに続く。
ナタリーは相変わらずぴょんぴょん跳ねながら、周囲を見渡した。
「んー、勇者様、これはなんなのです?」
「あー、何が?」
「この小さい袋に入った輪っかみたいな――」
そおおおおおおいっっっ!!!!
――と、俺はその不浄なる物を鷲掴みし、ゴミ箱に投げ入れた。
ま、まさか備え付けてあるのか……、入った事ないから知らなかった……。
「……あれはな、そのだな……ビニール袋だ」
訝しげに見てきたナタリーに、言い訳するように言った。
「じゃあ私テレビ見よっと」
――と、カシワギさんがリモコンを取る。え、それ大丈夫?
カシワギさんが、テレビを付けると――、その画面には、二人の男女が交わって――。
――パチン、と俺は音すら置き去りにしてテレビを消していた。
「……え、何?」
カシワギさんが、?マークを頭に浮かべていた。
良かった、どうやら消すのが早すぎて見えなかったらしい。
「いやぁー、テレビは辞めた方がいいんじゃないかなぁぁ……」
「勇者様〜! ここにおもちゃみたいなのがあったのです! 一緒に遊ぶのです!」
いやぁぁぁぁぁ!!それガチの方のおもちゃだから!
一緒に遊ぶとか言っちゃダメなやつだから!!
「……めっちゃ疲れた」
しばらくした後、カシワギさんとナタリーは、風呂へ入っていった。
俺はその隙に、他に地雷がないか確認し、やっと腰を落ち着けることが出来た。
サーバーから水を組んできて、椅子に腰掛けて飲んだ。
――静かにしていると、風呂場から和気あいあいとする声が聞こえてくる。
今頃、ナタリーとカシワギさんがじゃれあっているのだろうか。
仲良いからな……。
美少女二人が風呂……、これは覗かなければ逆に失礼なのでは?
――そんな馬鹿なことを考えながら、俺は外に視線をやった。
相変わらず、ザ・田舎という風景が広がっている。
しかしこんな所にもラブホは立つものなんだなぁ。しかも全部屋埋まるとは、――割と本気で客層が気になる。
「……?」
――と、すこし、違和感を感じた。
何気ない窓の外の風景の、何気ない違和感。
その違和感が、どんどん大きくなってゆく。
例えるなら、酷く人間に似せられた、しかし、何かが決定的に違っているアンドロイドを見るような気味の悪さだった。
「……疲れてんのかな」
「勇者様〜! お風呂広いのですよ!!」
――と、ナタリー達が上がってきたので、俺もさっさと入ることにした。
◇◇
「……ふぅー」
俺は、大きくため息をついた。
風呂に入ったのに、何だか無駄に疲れてしまった。
……ナタリーとカシワギさんの後の風呂に入って、気を張らない男はいないだろう。
と、いうわけで無駄に緊張してしまった。
「あ、上がったんだ」
――と、窓際の椅子にカシワギさんが座っていた。
ナタリーは……、ベッドに飛び込んで、既に寝息を立ててしまっていた。
「結構マトモだな、風呂。ラブホなのに」
「あはは、その事すっかり忘れてた」
俺はカシワギさんとテーブルを挟んで反対側に座った。
――いや、何座ってんだ俺ぇぇぇっ!?
カシワギさんは驚いたようにこっちを見詰めてくる。
あっ、ちょっと待って、さっきまでここに座ってたから癖で座っちゃっただけで……。
「ま、待って」
――そして、俺が立ち上がろうとすると、カシワギさんは俺の手首を掴んだ。
その瞬間、カシワギさんは顔を少し赤くして手を離した。
「あ、ご、ごめん」
「い、いや……」
俺は座り直す。
さ、触られちゃった……、と俺は女子のようにドキドキしていた。
なんか情けなくなってくる。
「……あのね、私、実はクドウくんにお礼を言わなきゃいけないことがあって」
「お礼? ……この前のなら、もうしてもらったぞ」
「違うの」
カシワギさんは、胸に手を当て、思い返すように言った。
「私、ちょっと前に、悪魔に襲われたことがあったの。魔法使いに目覚めた時よりも前に」
「……それ、大丈夫だったのか?」
「ううん、大丈夫じゃなかった。死ぬかと思った」
カシワギさんは、目を開いて、その綺麗な瞳でまっすぐと俺を見つめた。
少し潤んだ、ナタリーのエメラルドのものとも違う美しさがあった。
その表情に、ドキリと心臓が跳ねた。
そもそも女子に耐性が無いのに、これは俺の精神にダメージがでかい。
「その時も、クドウくんが助けてくれた。――覚えてない?」
「……あの時の、カシワギさんだったのか」
俺の、実質初めての巡回での戦い。
俺は悪魔に襲われていた、一人の少女を助けた。
――それが、カシワギさんだったなんて。
「うん、だから私、クドウくんに二度も助けられてたんだ。……本当、命の恩人だよ」
「……別に、気にしなくていい。カシワギさんを助けたのは、勇者の力があったからだ。俺がなんの力も持っていなかったら、きっと――」
「クドウくんは、勇者でしょ?」
カシワギさんがクスリ、と面白そうに笑った。
勇者――、そうだった。
自殺しようとしたあの日から、俺は勇者として生きると、決心した。
「じゃあ、尚のこと気にしなくていい。勇者が人を助けるのは当たり前だしな」
「その勇者に感謝するのも、当たり前でしょ?」
――確かに、と言って二人で笑った。
何だか、カシワギさんとの間にあった壁が溶けてゆくような気がした。
そしてやっと気づいた。
美少女とか、俺とは遠い存在とか、俺はまだそんなことを気にして、カシワギさんと壁を作っていたのだ。
「……カシワギさん」
「カオルって、呼んでくれる? そんな他人行儀なのやだし」
「えっ、じゃ、じゃあ……カオル」
その名を呼んだ瞬間、カオルは髪を弄るのを辞めて、恥ずかしそうに俯いた。
「……うん、そっちの方が嬉しい」
「っていうか、お、俺の事も名前で呼んでくれよ。不公平だろ」
「いいの? 勇者様じゃなくて」
それはナタリーだけで十分だ……。
カオルはくすくす笑って、シンヤ――と、言おうとした。
――あぶねっ。
「ちょっと待て」
バシッ――。
カオルの首元に、突然黒い物が飛んできた。
俺はほぼ反射神経で、それを掴んだ。
虫にしては、でかい。
「……えっ、どうしたの?」
「いや、なんか飛んできた」
俺は掴んだ物を見てみた。
――ナイフだった。
『――キッキッキッ、交尾中でも狙おうと思ったが、お前らがいつまでたっても始めないから、待ちくたびれちまったよ』
――突如響く、不気味な声。
俺とカオルは声のする方向を咄嗟に見た。
そこには――まるで顔のような形になった、シミが広がっていた。




