第二十八話 ネギーバ
「なんだ、お前。悪魔か?」
シミがぶわっと広がる。
そして、ケタケタケタと笑うように動いた。
『そうとも。私は四天王が一人、魔女ネギーバ!』
俺はちらっと部屋の角を見た。聖剣が相変わらずそこには立て掛けられている。
――ひとまず、アレを持たなければ。
「――、――! ――!」
……さっきから、なにか後ろの方で聞こえる。
俺は壁の方を警戒しながら、恐る恐る後ろを見た。
そこには、ベッドがあり、その上にはナタリーが寝ている。
――しかし、妙なことが起こっていた。
ベットに敷かれていたシーツが、まるでロープのように固く縛られ、ナタリーの首を囲って締めている。
「ちょっ――」
俺はすぐさまベッドへ飛んだ。
そしてナタリーに巻きついているシーツを、無理やり剥がす。
「ゲホッ、ゲホッ――、ゲホッ」
「だ、大丈夫かっ!? ナタリー!?」
「し、シンヤっ!! これって……」
カオルの、震えた声が聞こえ、そっちを向いた。
カオルが驚愕しているのは、窓の外だった。
窓――、カーテンは空いているのに、外の景色が見えない。真っ暗だった。光をまるで反射しない、まるで星がない宇宙のような光景。
『ココは私の世界。お前達は自分から餌場に入り込んできたのさ!!』
「カオルっ!! 壁に魔法を撃ち込んでくれっ!!」
「えっ、わ、分かった!」
――、カオルの周囲に、光球が出現し――
「――ッ!!」
バシュン――、と光線が発射された。
『キキキキキキキ、無駄無駄……』
壁のシミが消え、光線は着弾し、壁を吹き飛ばした。
俺はその隙に、部屋の角へと走った。
自分でも驚くほどのスピードで聖剣を掴み取り、抜く。
『――、で、その剣で何ができるんだい? 勇者?』
その瞬間、ざぶん、と自分の体が地面に沈んだ。
「んだこれ――」
「きゃぁぁっ!!」
床がまるで、液体のようになっていた。絨毯の模様が浮かんだ、粘ついた沼のようなモノの中に、どんどん身体が沈んでゆく。
それはどうやらカオルも同じらしい。
「勇者様っ!! カオル様っ!!」
――その時、ナタリーが飛んできて、俺の手を引っ張った。
「うぬぬぬぬぬぬぬっ」
「……む、無理そうだな」
「ちょ、ちょっとどうする!? ナタリーちゃん! シンヤっ!!」
今、初めて名前を呼ばれた――とか言ってる場合じゃねぇ!
ナタリーは力不足で、俺の事を引き上げることが出来ない。
――このまま落ちてみるのも手か?
俺は、カオルをちらっと見た。
「カオル!! 下に撃てるか?」
いくら床が液体化しようとも、下には下の階があるだけの筈だ。
カオルは、余裕なさそうに頷き、沈み掛けの体を何とか起こして、手を上に伸ばした。
「――ッ!!」
その手から、四つほどの光球が出現し、カオルの周囲に光線を発射する。
光線は液体化した床を貫き――、カオルはその中に落ちていった。
「……って、おいっ!! 大丈夫かっ!?」
ドンッ――と、そう叫んだ瞬間、俺とナタリーの周囲に下から光線が上がってきた。
その光線が、俺たちの周りの床を弾き飛ばす。
そのまま、俺達はカオルと同じように落ちた。
「ぐわっ」「きゃうっ」
ドサッと、ナタリーと俺は重なり合って落ちた。
どうやら、俺達がいた部屋とは、一つ下の部屋に落ちたらしい。
「ふぅ、良かった〜当たらなくて」
――安堵しているカオルの手を、俺は急いで起き上がって掴んだ。
そしてナタリーを担ぎ、部屋の扉を蹴り飛ばした。
直後部屋に、――ドロドロの床が降ってきた。
「あ、あぶねぇ」
『しぶといねぇ……、まあそう来なくっちゃ面白くないんだがねぇ?』
「ぐぇー、なのです……。ぐっすり寝てたのに勘弁して欲しいのです……」
「だ、大丈夫? ナタリーちゃん」
部屋の外の通路に出た俺は、ナタリーを下ろした。
「……にしても、さっきのは何だ? 床が沼みたいになったり、シーツが襲ってきたり」
「えーっと、きっとここは、魔女が使う結界の中なのです。例えるなら、魔女の身体の中なのです」
ナタリーがあっけらかんと言った。
どゆこと?
「つまり、私達は魔女の中に閉じ込められてしまった、のです! よく魔術師が使う手合いなのですが……、あんまり隠し方が上手いので、今の今まで私も気づけなかったのです!」
てへぺろ、とするナタリーにべしっとチョップをかました。
そんなに大規模なら気づいて欲しかった……が、まあ仕方が無い。
「じゃあ出方は? 壁でも破壊する?」
カオルがボウッと、掌に光球を作り出した。
な、なんか好戦的になってる?
しかしそれが一番いいかもしれない。
俺は頼む、と頷いた。
カオルが光線を、手頃な壁に発射した。
ドゴォォォン――と、壁が崩れる。
――しかし、その向こうに外は無く、全くの暗闇が広がっているのみだった。
『キキキキキキキ、無駄無駄よぉ……、ここは私のセカイ。この檻から抜け出すには、術式を看破して魔法陣を解かないと……って、学のないお前達じゃ無理な話だったねぇ……キキキキ』
――その時、ガチャン、と周りの部屋の扉が開いた。
その中から――、大量の人形のようなものが、溢れ出てきている。
「うっ、何あれ……キモっ」
「えー、私はちょっと可愛いと思うのですケド」
「どーでもいいけど、逃げるぞっ!!」
俺は二人を連れて走り出した。
向かうのは階段。後ろからは、まるで津波のように人形達が追ってきていた。
「なんでもありかよっ!!」
「そりゃあ、ここは魔女の頭の中みたいなものですから、なんでもありなのです」
「――っ!!」
バシュンバシュンと、逃げながらカオルが背後に光線を飛ばしまくる。
「降りるぞっ!」
階段に到着した俺達は、急いで駆け下り始めた。
「出るにはどうしたらいいのっ!?」
「この結界――、ホテルの中に、魔法陣がある筈なのです! それさえ破壊できれば……」
「……このホテル、結構でかいよな」
もう既に、何回も駆け下りている。もう少しで一階に着いてしまうが、一階に来たところでそこに魔法陣が無ければ出られない。袋小路だ。
『キキキキキキキ、お前達はここで死ぬ……キキキキッ』
やべぇー、今までで一番ピンチかも。
例えどこかに魔法陣があっても、こんな敵に追われながら探し出すなんて無理だ。
「……ねえ、ナタリーちゃん。魔法陣が破壊できさえすれば良いんでしょ?」
「はいなのですぅ……でも、探し出すのは困難なのです。専門の魔術師が居れば大体の位置がわかるのですが……」
「無理だな、そんな悠長に探させてくれるとは思えねぇ」
「……じゃ、探さなきゃいいんじゃない?」
カオルが、不敵に笑った。
――? それはどういうことだ――。
と聞こうとした瞬間、俺達は一階へ到着した。
「……もう逃げ場ねぇぞ」
「二人ともっ、伏せててっ!!」
――へ?
ポカンとする俺とナタリーを置いて、カオルが大きく息を吸って手を天井に掲げた。
まさか――。
「か、カオル様っ!?」
「ナタリー、伏せろっ!!」
――ドガァァァァァァァァン
衝撃。音。風。――光。
目の前で核爆弾でも起こったのかと思う程、凄まじい光線を――カオルが天井に向けて撃ち放った。
天井が溶けてめくれてゆく。
階段からおしよせてきていた人形達は、その衝撃波で吹き飛ばされて行った。
カオルはジリジリと、満遍なく焼き尽くすように、巨大な光線の照準をくるくると回して拡大して行った。
――このまま、上の階を全部破壊してしまう気か。
『き、キキキキキキキ、キエエエエエエェェェエエエエエエ!!!!』
……なんか凄い声が聞こえた。
そう言えばここは魔女の体内みたいなものとナタリーは言っていたけど、その中をこんな破壊されて、魔女は大丈夫なのだろうか?
「アハハハハッ!! もえろもえろーっ!!」
――カオルが楽しそうに笑う。
キャラ変わってません?
「か、カオル様……、ギブ、ギブなのです……」
横を見ると、ナタリーがげっそりと床に伏していた。
「……俺も」
――しかし、カオルが満足するまで、その光線が止むことは無かった。




