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文の鳥  作者: Suzugranpa
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第19話 合奏

 10月の終わり、文は美方先生に頼み込んで学校を休ませてもらった。文にとっては初めての旅行のようなものだ。修学旅行ってこんな感じかな?とっても楽しみな三日間だ。


 それにもう一つサプライズがあった。茜が今回のリサイタルにはピイも一緒にどう?と言ってくれたのだ。何でも招待してくれた鷹野さんは大の鳥好きで、目の不自由な少女と文鳥の組み合わせがネタになると考えたらしい。仲間内のミニコミ誌に紹介したいとまで言っているそうで是非是非との事だった。カゴをすっぽり覆っているとピイは騒がない。新幹線も大丈夫そうだ。楽器はまとめて別便輸送なのでピイの旅行用カゴなら荷物にならないよ。茜は笑って言ってくれた。


 初めての新幹線、茜が文を引率し、陸がピイのカゴを持つ。歩く距離を考え、車両の一番後の席を取ってもらったのでピイのカゴも上手く収納できた。


 東京駅には鷹野さんが大きなワゴン車で迎えに来てくれた。鷹野さんは茜より少し歳上の30過ぎだそうだが、サーファーばりに日焼けし、白のTシャツがよく似合う。東京駅から2時間弱、レストラン・ホークアイは南房総の海を見降ろせる抜群のロケーションにあった。ご自慢の景色だ。しかし鷹野さんは『ほら、横が海!』と指しただけで、そわそわとドアを開けるとピイを見たがった。いや、正確には文とピイの組み合わせを見たがった。カゴを覆っている袋を除けるとピイは目をパチパチして辺りを見回した。鷹野さんが早速カゴに取りついた。


「あらー、初めましてー、鷹野(たかの) (あい)だよー。ピイちゃんちょっと酔っちゃったかな」


 心なしかピイも緊張しているようだ。四人と一羽はレストラン・ホークアイの個室に案内された。2時間後には演奏だ。休憩後四人は音出しして輸送されてきた楽器のチェックを行う。しばらくして鷹野さんがやって来た。


「ね、ちょっと写真撮っていい? 文ちゃんとピイちゃん。肩に乗るんだよね?」


 早速ミニコミ誌の取材のようだ。文はピイをカゴから出して、ピッコロを鳴らす。ピイはいつものように文の肩に乗る。文が今日演奏するソロ部分を吹き出すと、ピイも落ち着き始めた。


「あらー素敵ねえ、お似合いねえ、いいよいいよー」


 鷹野さんがやたらとシャッターを切り、10分ほどで取材撮影は終了した。ピイはカゴに入りそこへ残され、四人はレストラン会場へ譜面台やら椅子を持ち出して最終の音合わせを行った。


 その日の演奏はBGM。お客さんにも特に告知せず、1時間程落ち着いた曲を演奏した。ウォーミングアップのようなものだった。


 夜にはレストランで食事しながら鷹野さんと茜の話で大いに盛り上がった。どうやら茜がヨーロッパ留学中に、料理修行中だった鷹野さんと知り合ったらしい。茜のウィーンでの生活が次々暴露され、美鶴も陸もお腹を抱えて笑った。その中で文は鷹野さんがインコをたくさん飼っている鳥マニアだと知った。


「だってほら、苗字が苗字でしょ。鷹匠は無理だけどせめてと思ってね」

「へえ、もしかしてそれでお店の名前もホークアイなんですか?」


 美鶴が聞いた。


「ビンゴ!『タカのあい』なのよ。まんまでしょ」


 大人の会話に入ってゆくのは難しかったけど、文にもたのしい夜だった。


 翌日のライブは午後。ランチタイムが終わった頃から2時間だった。お客さんは常連客ばかりでライブありきでやって来た。


 初めに鷹野さんが挨拶する。


「皆さま、ホークアイにようこそいらっしゃいませ。今日はランチには遅くディナーには早いライブショーです。わざわざこのため近畿から来て頂いたカルテットをご紹介しまーす。リーダーの、リーダーだよね?三沢 茜さんはCDも出しているプロフェッショナルのフルート奏者で、実は私とはヨーロッパで知り合った友達です!」


 鷹野さんは慣れたMCぶりで四人を紹介した。文の事は高校1年生と紹介しただけで目については触れなかった。


 ライブは順調に進む。鷹野さんと茜のトークもお笑いのようで大受けだった。最後の曲は少々アレンジして、文と茜がメロディを掛け合いで吹けるようにした『コパカバーナ』。その直前に鷹野さんがピイのカゴを持って来た。


「皆さん、五番目のアーティストが到着でーす」


 そう言いながら鷹野さんがカゴの扉を開けピイをそっと文の肩に止まらせてくれた。


「君たちなら大丈夫よ」


 鷹野さんは耳打ちしてくれたが、ピイはちょっと落ち着かなく足踏みしている。鷹野さんと茜がアイコンタクトをする。茜が声を出した。


「最後は海辺に因んで『コパカバーナ』です。今まで言っていませんでしたが、実はピッコロの若浦文ちゃんは目が見えません」


 会場が息を呑むのが判った。茜が続ける。


「それでもこの美少女はお聴きの通り、きれいな音色を奏でてくれます。その練習をいつも見守っているのが、肩に止まってる文鳥のピイちゃんです。文ちゃんは文鳥と合奏するのが夢だとピッコロを始めました。今まで合いの手は入れてくれたようですが、ひょっとしたら今日は一緒に歌ってくれるかもしれません」


 茜は美鶴と陸にも目配せして仁義を切った。だって一か八かのサプライズだもん。


「それでは最後の曲です!コパカバーナ!ピイもよろしくね」


 文は茜の声を目の奥で聞いていた。大変なこと?いや、ずっと願ってたことじゃない。ピイ、晴れ舞台だよ。私の代わりにお客さんをよく見ておいて。


 ワン・ツー・スリー 陸がヴァイオリンを叩いて拍子をとる。モタモタできない。この曲はメロディが多いんだ。フルートのイントロに続いてピッコロが謳った。気持ちいい。音を十分伸ばして・・・。少しして文は気がついた。


 あれ?ピイも歌ってる!ピッコロに合わせてキューイキューイが聞こえる。お客さんの手拍子に合わせてチッチッも入る。ピイ、歌ってるじゃん!ようし、私も負けない。文のロングトーンは高らかに伸びた。


 曲が終わって会場からは大拍手。ブラヴォーってこの気持ち?文がお辞儀をするとピイが手に乗って来る。鷹野さんの『ありがとー!』が聞こえる。やったよピイ、初めての合奏だ。本物の合奏だ!


 ライブは無事に終わった。鷹野さんは文を抱き締め、カゴに戻ったピイにはご褒美の小松菜を差し入れた。茜も上機嫌だったが、ただ一人美鶴だけは(わだかま)りから抜けられていなかった。美鶴だってプロのクラリネッティストだ。演奏を乱すようなことはない。ピイが加わった最後の曲でも万一ピッコロに何かあったら即座にアドリブでカバーに入るつもりだった。だけど気持ちは元に戻る。茜と文の関係を見たからだけではない。純粋に音楽の事だ。やっぱり文がセンターじゃん。私がやりたいわけじゃない。このチームは元々茜さんと私と陸のアンサンブルのチームじゃなかったの?センターがあるならやっぱ茜さんじゃないの?文の努力は判るけど、みんな努力はしている。目が不自由だと優遇されるわけ?いくら鷹野さんが鳥好きで、ピイと文が絵になったとしても音楽としてはやり過ぎだよ。マジでピイが飛び回ったらどうするつもりだったのよ。プロなんだから私情を持ち込んじゃ駄目でしょ。


 美鶴の思いは正論であった。


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