日記1-2
父の炎
父が庭で焚き火をしているのが見えた。
最近のご時勢で焚き火などしたら、消防署へ通知が行くのに、何をしているのだろうかと私は部屋の窓から見ていた。
めらめらと炭火が炎を上げている。
父が何かを燃やし始めた。
見覚えがあるそれは、手帳だった。
私はぎくりとして部屋の手帳を探した。
散らかっていてどこへ置いたかわからない。
探す時間よりも父を止める方が先だ。
私は階段を駆け降り、サンダルを足にして、父の居る庭へ乗り込んだ。
「何をしている。」
そう私は父に聞いた。
「こんなもの妄想だ。」
父は私の手帳を更に焚き火にくべた。
私は頭が真っ白になり、父に走り飛び蹴りを入れた。
燃える手帳を足で踏み、炎を消す。
「家族の物を勝手に燃やすとは何事か!」
私は叫んだ。
父は無言で立ち上がると家へ戻って行った。
幸いにも、燃えた手帳は少なかった。
良かった。
私の記憶、私を責める記憶、多分燃やされて失ったら、また私に戻ってきて、再び私を責めるだろう。
私は泣いていた。
しばらくして庭の玉砂利を踏む音が背後からした。
猟銃を手にした父だった。
父が私の目の前で猟銃に弾を込めた
「ぶっ殺してやる!クソガキ!」
近所に響き渡る絶叫だった。
「・・・やれよ。」
私は手帳を拾うのを止めて、ゆらりと立ち上がって、父にそう言った。
「やってみろよ。すでに上等なんだよ。」
猟銃を構えた父に一歩一歩、近寄ってゆく。
「弾はもう入っているんだぞ!」
父が凄む。
関係ない。
私は左手で父の持っている銃身を掴んで、銃口を自分の胸に当てた。
「これなら外さないだろう?」
父が固まった。
次の瞬間、私の右手が伸びて猟銃のスライドへ押し切り、弾丸が抜けた。
私の左手は、すかさず持ち方を変え、銃身は父の右腕ごと父の後頭部へ。
同時にスライドを押した私の右手は、父の左手首を掴みひねり上げた。
父の背後に回った私の右のローキックが、父の左ひざ裏に入り、父はバランスを崩して私はもつれるよう父を押し倒した。
前のめりに倒れた父の頭に、私は左ひざを乗せて体重をかけた。
「がああああああああああ!」
ご近所に響く父の悲鳴。
私の左ひざから、めりめりと父の頭蓋骨が軋む嫌な音がする。
「殺すんじゃなかったのかよ。残念だ。」
私は父の猟銃の安全装置をかけて、弾丸を全て抜いてやった。
自衛官だったら誰でも出来るだろう。
父もこの程度か…
そう思うと虚しくなった。
「お前!このクソガキ!殺してやる!」
イラッっと来る言葉を無視して、私は空いた右ヒザで父の脇腹へ打撃を入れる。
「ごぼぉ…」
何も言えなくなったようだ。
普通ならば、しばらく立ち上がれないだろう。
私は父の拘束を解いて、父の猟銃を両手で持ち、庭の石畳の前で大きく猟銃を持ち上げた。
「何をする気だ!やめ…ゴホッ」
父が私を見て叫ぶ。
私はそのまま猟銃を、石畳に叩きつけた。
ガシャリと音がした。
スコープのレンズが割れて銃身から外れる音、プラスチックの銃身一部にヒビが入る音、猟銃の細やかな調整が一瞬で台無しになる音だった。
「ああ!いくらすると思っているんだ!」
父が叫ぶ。
スクラップに近い状態になった猟銃をそのままに、私は父に近寄った。
「ひぃ…」
父が怯える顔は初めて見る。
「お前は王じゃない。」
「お前は上官ではない。」
「お前は総理大臣でもない」
「お前はこの国の象徴でもない。」
「じゃあ一体、何者なんだ?」
立ち上がれない父に良く聞こえるように、私は父の傍らしゃがんで聞いてみた。
「出て行け…このゴクツブシが!」
父は質問には答えなかった。
「ゴクツブシとは言いがかりだな。生活費は母が管理しているだろう。」
言った通りだ。私は家の生活費も含めて、母に全財産の貯金を預けている。
「はあ?もらってない!お前は働け!」
父は妙な事を言う。
私は立ち上がり、家の中から庭を伺っている母に話しを聞きに家に戻った。
ごほごほと咳をしながら転がっている父を背にして、私は家に入った。
私が初めて父を打ち負かせた日。
この記憶は私を責めはしない。
ただ疑問が残るだけの記憶。
その後の疑問の答えが後の私を責めているのだ。
続きます。日記1-3
2017.7.10