日記5
強盗 2/2
私は車のタイヤで頭を轢き潰されそうになった時に、強盗の車のナンバーを覚えていた。
05:30にナンバーの通報が交通機動隊に入り、06:30に該当車両を発見し、被疑者を逮捕したとの通報が、救急車に乗っている私に伝えられた。
そんな事はどうでもいい、この死にそうな痛みをどうにかしてくれ、鎮痛剤をくれ、ショック死してしまいそうだった。
口の中は泡まみれ、血まみれ、頭痛、吐き気、全身打撲、生まれてきた事を後悔するレベルの痛みだった。
学生の時、自衛官の時にもこんな目に会ったが、これだけ長時間リンチを、というか強盗傷害を受けたのは初めてだった。
担ぎ込まれた先の病院で、点滴が施され、鎮痛剤が流し込まれたようだった。
私はそれからの2日程、記憶が曖昧で、良く思い出せない。
見舞いに来た弟の友人たちが「アニキすげえな、新聞とテレビに出てたぜ!」と、新聞を見せてくれた。
その新聞には「強盗傷害事件発生」という小さな見出しで、更に小さく内容が書かれていた。
「地方新聞なのに、こんなに小さい扱いかよ。お悔やみ記事のほうが大きいぜ。」
そんな事を言って、私は笑っていた覚えがある。
眠っていた時に検査がされていたようで、肋骨の骨折とは別に、右顎の複雑骨折で手術が必要だと伝えられた。
殴られた時に折れた右顎関節の軟骨が、今でも何か食べようとすると不快に鳴って、痛みと共にこの事件が昨日の事のように頭の中に現れ、私の時間と体力を奪う。
母と弟2人が、私の入院直後「今夜息子さんは死ぬかもしれませんので覚悟してください。」と医者から言われたと、下の弟から聞いた。
顔面の腫れが特に酷く、鼻からチューブを入れられて胃に通し、栄養を強制的に取らされた。
顎の骨がズレないように、前歯の上下にブリッジがかけられて、口が開けない状態になっていたためだ。
そんな中、刑事と名乗るゴツい2人の男性が面会に来た。
私は駐在員の初動の遅さと、無礼な言動が頭に来ていて、その2人に当たった。
「警察の代表として謝罪致します、誠に申し訳ありません。」
そう丁寧に2人に頭を下げられ言われたら、鎮痛剤のせいもあってか、静かに怒りが引いた。
事件当時の細かい状況、言動、時間などを聞かれ、覚えている範囲で全て答えた。
刑事さんの1人がボイスレコーダーを持っていた。
「出来るだけ具合悪そうにしてくれませんか。」
そう言われ最後に写真を撮られた。
全治一ヶ月以上の重症を負って、私は入院していた。
父が「うちの息子にふざけたマネしやがって」と刑事さんに言っていた。
「原因を作ったのはお前だ」と私はベッドから動けないまま父を睨んでいた。
2017.7.29 土曜日 平成29年




