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20XXの人間失格者  作者: 来栖総一郎
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日記3

胸(むね)の穴(あな)

ぎっくり腰(ごし)の痛(いた)みも引(ひ)いて、彼女(かのじょ)と別(わか)れて1ヶ月(いっかげつ)程(ほど)、就職(しゅうしょく)活動(かつどう)で大手(おおて)の企業(きぎょう)に就職(しゅうしょく)が決(き)まった。


その会社(かいしゃ)は元(もと)自衛官(じえいかん)という私(わたし)を受(う)け入(い)れてくれた。


私(わたし)の仕事(しごと)は人(ひと)や物(もの)を監視(かんし)する仕事(しごと)だった。

建物(たてもの)に出入(でい)りする人たちが危険物(きけんぶつ)を持(も)っていないか、ガスや水道(すいどう)の元栓(もとせん)はきちんと閉(し)まっているか、決(き)まった時間(じかん)にシャッターや扉(とびら)をを開閉(かいへい)したり、不審者(ふしんしゃ)が居(い)たら通報(つうほう)したり、怪我人(けがにん)が出(で)たら救急車(きゅうきゅうしゃ)を呼(よ)んだり、1日(いちにち)の終(お)わりにはそれらの出来事(できごと)を日報(にっぽう)にまとめて会社(かいしゃ)に提出(ていしゅつ)する。

そんな仕事(しごと)だった。


「テナントの女性(じょせい)従業員(じゅうぎょういん)には絶対(ぜったい)に手(て)を出(だ)すな。」

そう入社(にゅうしゃ)の研修(けんしゅう)が終了(しゅうりょう)した時(とき)、部長(ぶちょう)に言(い)われて、元(もと)彼女(かのじょ)の件(けん)で「見(み)た目(め)が良(よ)いだけでは女性(じょせい)の中身(なかみ)はどんなものなのか分(わ)からない」という教訓(きょうくん)を得(え)ていた私(わたし)は、どんなに誘(さそ)われても一切(いっさい)手(て)を出(だ)さなかった。


「ちょっと兄(にい)さん。空(あ)いてる時間(じかん)教(おし)えてよ。」

などと声(こえ)を掛(か)けてくるテナントの女性(じょせい)。

事務的(じむてき)に対応(たいおう)して、軽(かる)くあしらうのが面白(おもしろ)かった。

そのうちに、部長(ぶちょう)に説教(せっきょう)された。


「確(たし)かに絶対(ぜったい)に手(て)を出(だ)すなとは言(い)ったが、お前(まえ)は女性(じょせい)に対(たい)するサービスというものを知(し)らんのか?」

部長(ぶちょう)の言(い)ってる事(こと)はムチャクチャだった。


「知(し)りません。言(い)われた事(こと)は絶対(ぜったい)ですので。」

私(わたし)はそう答(こた)えて、仕事(しごと)に専念(せんねん)した。

思(おも)えば私(わたし)の人生(じんせい)の中(なか)で、一番(いちばん)充実(じゅうじつ)したように感(かん)じた日(ひび)々だった気(き)がする。


会社(かいしゃ)からの給料(きゅうりょう)は高(たか)く、私(わたし)は再(ふたた)び家(いえ)を出(で)て、今度(こんど)は1人(ひとり)暮(ぐ)らししようかと思(おも)い、家(いえ)を出(で)る準備(じゅんび)を始(はじ)めたが、母(はは)が強(つよ)く引(ひ)き止(と)めた。


「大手(おおて)に就職(しゅうしょく)したんでしょう?1人(ひとり)暮(ぐ)らしは、お金(かね)がかかるわ。実家(じっか)から通勤(つうきん)しなさい。全部(ぜんぶ)やってあげるから。お願(ねが)いよ!」

私(わたし)は「また」母(はは)に騙(だま)された。


今(いま)現在(げんざい)1人(ひとり)暮(ぐ)らしをしているが、実家(じっか)から通勤(つうきん)している方(ほう)が、自家用(じかよう)車(しゃ)の維持費(いじひ)や食費(しょくひ)として家(いえ)に入(い)れていた合計(ごうけい)を考(かんが)えると、倍(ばい)のお金(かね)が掛(か)かった。


「1人(ひとり)暮(ぐ)らしをしないで実家(じっか)暮(ぐ)らしとか、どんだけ甘(あま)えているんだ。」

上司(じょうし)や先輩(せんぱい)に、こう言(い)われたが、母(はは)がこう言(い)ったと伝(つた)えると、それが甘(あま)えているというのだと更(さら)に笑(わら)われた。当時(とうじ)意味(いみ)が分(わ)からなかった。


「月間(げっかん)320時間(じかん)の労働(ろうどう)時間(じかん)。」

通勤(つうきん)時間(じかん)を含(ふく)めると月間(げっかん)の半分(はんぶん)以上(いじょう)、私(わたし)は仕事(しごと)のために行動(こうどう)していた。

勤務(きんむ)先(さき)の近(ちか)くに住(す)んでいたら、多分(たぶん)私(わたし)は壊(こわ)れる事(こと)は無(な)かったのではないか、などと今更(いまさら)ながら考(かんが)えている。


仕事(しごと)の内容(ないよう)は楽(らく)ではあるものの、拘束(こうそく)時間(じかん)が長(なが)くて身体(からだ)の疲労(ひろう)が抜(ぬ)けない。

だがかなり給料(きゅうりょう)は良(よ)かったのだ。


徐(じょじょ)々に私(わたし)の身体(からだ)を蝕(むしば)んで行(い)った労働(ろうどう)は、いつしか私(わたし)の肺臓(はいぞう)に穴(あな)を開(あ)けていた。


「肺(はい)に穴(あな)を空(あ)けるような奴(やつ)は、長生(ながい)き出来(でき)ねーよ。終(お)わったなお前(まえ)。アハハ!」

息切(いきぎ)れがして歩(ある)けなくなって、病院(びょういん)で診断(しんだん)された後(のち)、会社(かいしゃ)に報告(ほうこく)すると噂(うわさ)を聞(き)きつけた先輩(せんぱい)にこんな事(こと)を言(い)われたが、長生(ながい)きする事(こと)の何(なに)が楽(たの)しいのだろうか、そんな事(こと)を考(かんが)えて、私(わたし)は適当(てきとう)な相槌(あいづち)をついて、社会性(しゃかいせい)の無(な)い発言(はつげん)をする先輩(せんぱい)も、壊(こわ)れているのだろうなと、哀(あわ)れに思(おも)った。


肺(はい)の治療(ちりょう)をするために入院(にゅういん)し、幸(さいわ)い切開(せっかい)手術(しゅじゅつ)をするも胸(むね)に管(くだ)を差(さ)し込(こ)み、破(やぶ)れた肺(はい)から抜(ぬ)けて溜(た)まった空気(くうき)を抜(ぬ)くだけで私(わたし)は回復(かいふく)した。

入院(にゅういん)から2週間(しゅうかん)で仕事(しごと)に復帰(ふっき)し、ずっと仕事(しごと)をしていた。

私(わたし)は仕事(しごと)の中毒(ちゅうどく)になっていた気(き)がする。


働(はたら)けば働(はたら)く程(ほど)、部長(ぶちょう)から褒(ほ)められたのだ。

私(わたし)の人生(じんせい)で初(はじ)めて褒(ほ)められた仕事(しごと)だった。


それだけ私(わたし)は人生(じんせい)で、充実(じゅうじつ)した時間(じかん)を過(す)ごしていた。



あの日(ひ)が来(く)るまでは。

2017.7.29 土曜日 平成29年

ブラック企業かなあ

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