手帳2-6
犠牲
私が小学校に上がり、数年が経って、弟が小学校へ入学した。
私は弟が入学した事で、通学は時間をずらし、絶対に一緒に通学しなかった。
弟はみすぼらしく、太っていて、臭くて、話も出来ない子だった。
だが当時の私が、弟の事をとやかく言う資格は無い。
私もまた、汚くて、臭くて、話が出来ない子だった。
だが違っていたのは、私は痩せっぽっちだった事ぐらいだろうか。
とにかく、私は上の弟が嫌いだった。
何かとお兄ちゃんだからと、弟ばかり優遇され、私は食べるものさえ我慢させられて、いつしか空腹に慣れてしまっていた。
大人になってから、この弟への優遇による食事差別により「空腹がよく分からなくなった。」という人間として、と言うか動物として致命的な、残念な弱点が出来てしまった。
しばらくしてから上の弟が、クラスメイトに怪我をさせた。
石で顔面を殴りつけて怪我をさせたのだ。
相手は6針を縫う裂傷だった。
両親と弟はクラスメイトの家へ行き、謝ってきたと言っていた。
「お前のせいで払わないで良いカネを払うハメになった。」
そう言うと父は帰宅するなり弟を殴打で暴行し、全裸にし、正座させ、頭から水をかぶせて、更に腹を蹴りまくった。
私は父が上の弟を教育という名の、暴行を加える現場を初めて見た。
私はそれを見ていて、自分に暴行が及ばない事に安堵していた。
庇うつもりは毛先ほども無かった。
庇えば私も同罪として同じ目に会う。
母も暴行には全く庇うつもりは無く、タバコを噴かしていたのを覚えている。
今から思えば兄として失格だと思う。
教育という暴行が終わり、ぐったりとしている弟に、今度は母が何かを言い始めた。
「こんなこともう二度と絶対やったらダメだよ」
母が弟にそう言っていたような気がする。
私は最低だった。
弟が何を思ってクラスメイトに怪我をさせたのかを、その理由も聞いてやらなかった。
ただ自分の身の可愛さに、見て見ぬフリをしていた自分が、今になって許せない。
もっと弟の話を聞いてやれば良かった。
もっと弟を庇ってやれば良かった。
もっと弟と話をしてやれば良かった。
父の暴力を断罪してやれば良かった。
母に暴力を止めさせるように抗議したら良かった。
だが当時は私は弟を、サンドバッグ程度にしか思っていなかった。
そんな記憶が私を、兄弟との絆を作る事を怠った記憶が、今の私を責めているのだ。
2017.7.22 土曜日 平成29年




