手帳1-7
多くの人には見えないもの
また兄弟が出来た。
「あれなんだろうね」
私は幼稚園の顔見知りに声をかけた。
「は?何もねーじゃん」
私の指差したあたり。
大人でも手が届かない場所に、以前も見た桃色のゴム鞠が浮いているのが、私が声を掛けた彼には見えないらしい。
「見えないものを見えるとか!この嘘つき!声掛けてくるな気持ち悪い!」
私は服にツバを掛けられて、彼の暴言とツバのショックで固まっていた。
「私には見えるよ。なんだろうねあれ」
声を掛けてきたのは、近所に住んでいる同じ幼稚園に通う、女の子だった。
その子は私への暴行に参加しなかった、そして施設でも物静かな子だった。
彼女は私の話を信じてくれた。
「私の嘘だよ。見えないよ。ごめんね。」
私は初めて嘘をついた。
見えないという嘘を彼女についた。
「そう。でも私には見えるよ。ほんと、何なのかしらあれ。」
彼女は嘘をついた私の隣で、夕暮れになるまで、一緒に桃色のゴム鞠を見ていた。
桃色のゴム鞠を見てから数週間ぐらい経ったあたりだろうか。
「ねえ大介。弟か妹は欲しくない?」
普段の母からは考えられない態度で、とても優しい調子の言葉が私に掛けられた。
内容は別として。
私は祖父母の家に預けられてから父、そして私をバカと呼んだ母にも懐かなくなった。
祖父母と伯母の思い出から、両親は嫌な人間だと私は判断していた。
「勝手にしたら。」
ただ私はそれだけ言うと、ぷいっと母に背中を向けた。
「そう。じゃあ良いって事ね。」
夕飯の後に両親は、今度は絶対女の子が良いだの、男だったらどうするんだとか、そんな事を言っていた覚えがある。
今から考えると、あの桃色のゴム鞠は、これから人になる魂か何か、つまり質量の無い、命のシンボルだったのではないかと思う。
だが嘘つき呼ばわりされるのは、とても嫌な気分になるので、黙っていようとも思った。
それからもゴム鞠を含めて変な物を見たが、それは後に書こうと思う。
そして母に対して思う。
私が「弟か妹が欲しくない?」という質問に対して否定していた場合、その事に対して罵倒で返した場合、どうするつもりだったのだろうか、と。
これらの記憶は未知と無知の恐怖、後悔、嘘、無関心、怒り、無警戒の被害、全て自分が重ねた罪のように思えるのだ。
暑かったり寒かったり体調崩し気味です。
東京で雹が降ったようですね。
2017.7.19 水曜日 平成29年




