手帳1-5
祖父母と伯母。冬
冬の寒さで伯母が体調を崩し、祖父と私はお見舞いに行った。
曇天の空、風は無いが、大きな粒の雪が降っていたのを覚えている。
祖父は私をソリに乗せて、後ろ手にソリの綱を持ち引いてくれていた。
祖父の長靴がぎゅうぎゅうと雪を踏み鳴らす音、祖父の大きな背中、咥えタバコの煙と極寒世界の白い吐息、私にとって祖父は、とても大きな存在だった。
祖父は言葉が訛っていて、私は簡単な言葉しか聞き取れなかったが、とても楽しそうなソリを引く祖父の顔を覚えている。
伯母の家は祖父母の家から徒歩で行ける場所にあった。
賃貸のワンルームだったと思う。
マスクとカーディガン姿の伯母が、本当に調子が悪そうな様子で出迎えてくれた。
お見舞いの果物を渡すと、またすぐ祖父と家に戻る。
帰りは祖父もソリに乗って、祖父は私を抱いて坂道を滑り降りたのを覚えている。
とても楽しかった。
だがそれだけなのだ。
私の記憶にある祖父との楽しい思い出、会話はそれだけなのだ。
私は言葉を知らない子供だった。
豪雪の冬が終わり、春が始まる前の雨が降っていた。
伯母が祖父母の家に来なくなっていた。
私は祖父と一緒に伯母のお見舞いに行った道を覚えていた。
記憶を頼りに伯母の家へと向かった。
冷たい雨が降っていた。
伯母の家に到着して呼び鈴を鳴らした。
反応は無かった。
私はドアポストを指で押して、伯母の部屋の中を覗いてみた。
何も無かった。
何も。
伯母の靴、置物、家具、部屋を仕切るカーテンすらも無く、奥の窓が見えて、本当に空っぽで、何も無かったのだ。
私は泣いた。
伯母がこの世界から居なくなってしまった。
その悲しみに耐えられなくなって、ただただ泣いていた。
雨はとても冷たかったのを覚えている。
伯母の家の近所の人たちが通報したのだろうか、私は警察に保護されて、祖父母が迎えに来てくれた。
祖父母は私が1人で伯母の家に居た事にとても驚いていたが、怯える私に怒る事もなく優しく頭を撫でてくれた。
後で理解したのだが、伯母は結婚したので部屋を引き払い、旦那の、つまり私の義理の伯父と一緒に住むために、義理の伯父の家へ引っ越していたのだ。
この記憶は世間では正しいものではない。
世間では良いものではない。
そして私は結果として祖父母と伯母と、私は言葉で心を通わせる事は出来なかった。
だがこれが唯一の私にとって祖父母と伯母との幸せだった記憶だ。
幸せとは何なのか。
2017.7.17 海の日




