アキラ羨ましがる
『わかば』に着いた奈美には嬉しい知らせが待っていた。
ヒロの幸せを聞きつけ高田商店街青年部のモテない男が二人『わかば』に顔を出し、自分達にもまじないをやって欲しいと静江に頼み込んだのだという。
ヒロと真理子の付き合いは、既に薬屋のさっちゃんのお喋りでに商店街中に広まっていた。
この二人は付き合うはずがないと疑問に思った人達は、どんな経緯で付き合う事になったかを聞きまわった。
信頼の厚い源の口から、そしてヒロ自信の口からまじないの存在が仄めかされると、「まさかね」と言いつつも半信半疑ながらまじないを受けたいと思う人が出てくるのは奈美の予想の範疇だった。
「まじないをするのはアキラちゃんだからね、安請け合いはできないしさ」
静江は奈美にメモ用紙を渡した。困った静江は二人に名前と電話番号を書いてもらい、まじないは出来るかどうかは分からないからねと念を押しておいたらしい。
「それにしてもさ、あの二人コーヒーくらい飲んできゃいいのに、まじないの事を聞いたらさっさと帰っちまってさ、商売になりゃしないよ」
「へえ、母さんもわかばの売り上げが増えたら嬉しいの? 常連だけで満足してるのかと思ったわ」
「そりゃ、お金は無いよりあったほうがいいじゃないか、邪魔にならないしね」
「ところで母さんは、仕込んだ材料が余ると無駄になってそれが一番堪えるでしょ?」
「そうだね、手間暇かけて仕込んだものを捨てるときは心が痛むね、かといって無理やりそのメニューを客に強制することは出来ないしさ、そんな事が出来たら無駄がなくて儲かっちまうよ」
「それじゃあ、私が儲けさせてあげるわ……」
奈美は『わかば』に来る途中で寄ってきた百均の買い物袋から、白地に薄いピンクのハートマークの付いた十センチ四方のメモ用紙を取り出した。
「今度から、まじないの依頼があったら、このメモ用紙に名前と連絡先を書いてもらってくれないかな」
でも、渡し方があるのよちょっと待っててと言って、今度は薄いピンクの色画用紙を取り出して太いマジックで器用にポップを書いていく、色画用紙にはまじないの噂を知らない人には理解し難い文が書かれていた。
『まじないを受けたい方はアレを注文して下さい。選ばれし人には連絡が来ます』
そしてあまり目立たない壁の端に貼りつけた。この貼り紙もそのうち必要が無くなり、剥がすことになるだろうと奈美は予想していた。
商売において口コミの力は強力だ。
誰かがネット掲示板やコミュニティネットワークに書き込むものなら凄いスピードで広まる可能性もあるのだ。
「まじないの事を聞かれたらね、あの貼り紙を見せて頂戴、そして、アレを注文させるのよ。
アレって言うのはね、その日に母さんが捌きたいメニューよ、
だから、仕込み過ぎてしまった材料や残りそうなものでいいの、人それぞれに違うものを出していいのよ」
「成る程ね、今日のアレはこれなんだよ! でいいんだね。頭いいねえ奈美!」
「アレを出す時に、このメモ用紙とペンを一緒に付けて出してほしいのよ、その時に一言、連絡が来るかどうかは分からないけど、名前と電話番号を書いておきなと言ってほしいの」
「お安い御用だけど、貼り紙に書いてある選ばれし人ってのは一体何なんだい?」
「うん、これからね噂がもっと広がると、冷やかしや興味半分で来る客が多いと思うんだよね、だからここちら側が客を見極めるのよ。コイツは本気だな、助けたいなって思う人をチョイスするのよ。
それには母さんの助けが必要なのよ」
「つまり、あれだね、私に客を観察して吟味しろって事だね。それなら私は適任だ五十年生きてきて色んな客を見てきた、人を見る目には自信があるさ。
……ワクワクしてきたね」
もう一つ頼みたい事が静江にあった、店内奥、右側の関係者以外立ち入り禁止になっている部屋を貸して欲しいのだ。今はヒマな時間に静江が休憩をする部屋になっていて、四畳半の部屋には仮眠用の布団が置いてある。午前十一時に開店し、年中ヒマな静江はカウンター内で椅子に座っているので使われていないも同然だった。
他の客がいる前で、アキラのまじないをする訳にはいかない事を伝え静江に頼むと、
「ああ、いいよ。使いな」と二つ返事だった。
奈美が持ってきた買い物袋の中には部屋の模様替えに使う布や、百均で買った怪しげな置物、脱いだ服を掛けるハンガーなどが入っていたのだった。
「こんにちは」
ドアベルが鳴りヒロとバイト帰りのアキラが『わかば』に入ってきた。
「ヒロさん!良かったわね、おめでとう!」
入口でバッタリ、アキラと会ったらしい。
ヒロは天然パーマの頭を掻きながら照れくさそうに言った。
「ああ、奈美ちゃん。ありがとうな、静江さんにも色々アドバイスもらって助かったよ」
ヒロはカウンターに腰掛けながらランチを頼んだ。
「お昼ご飯なんて珍しいわね?」
「今日は土曜でバイト君が朝からいるし……それに、夜は真理ちゃんと合うからね」
「へぇー、真理ちゃんって呼んでるの……フフッ」
「いいなあ、ヒロさんデートなんだね?」
昨夜の一幕を思い出し、羨ましそうに呟いたアキラだった。
「何言ってるんだよ、奈美ちゃんと一緒に住んでいるんだからアキラ君なんて、毎日デートじゃないか?」
アキラはチラッと奈美を伺った。睨みをきかした目元は変な事を言うんじゃないわよと言っていた。
「そ、そうでした……」
「ところで今日は、ここで奈美ちゃんとアキラ君は待ち合わせなの?」
「アキラのまじない部屋を作るのよ。奥の休憩室を模様替えして使おうと思って、材量を買ってきたのよ」
「ああ、じゃあ、コレ改装費に使ってよ!」
ヒロはポケットから茶封筒を取り出した。
源から貰ったご祝儀だと言って中から二万円抜き取り、奈美の前に置いた。
「残りの三万はデートに使うから、お礼はそれで勘弁してくれる?」
アキラは驚き一歩前に出た。
「僕、そんなつもりでやったんじゃありません。ヒロさんはあの後、たくさん真理子さんの為に努力したじゃないですか、そんなの受け取れませ……」
言い終わる前にアキラのシャツを引っ張り、奈美が前に出た。
「ありがとう、ヒロさん。有難く使わせてもらうわ」
「奈美ちゃんとアキラ君がきっかけをくれなかったら、真理ちゃんと付き合う事にもならなかったろうし、感謝の気持ちなんだから受け取ってよ」
絶妙のタイミングで静江が「ハイハイ! ランチ出来たよ、奈美とアキラちゃんも食べちゃいな!」とカウンターに並べ、
二万円は奈美の財布に納まった。




