第1話
「……折れたわ」
薄暗いダンジョンの三層、湿った苔の匂いが漂う岩陰で、ルシアは絶望に満ちた声を漏らした。
彼女の手元にあるのは、握り拳ひとつ分の長さしか残っていない、無惨に破断した愛用の長剣だった。
先ほど遭遇した堅牢な甲殻を持つ大岩ガニ(ロック・クラブ)の強靭なハサミを受け止めた際、甲高い金属音とともに呆気なく半ばから弾け飛んでしまったのだ。
「あああ……私の愛剣『銀狼丸』が……! これ、先月ローンを組み直して買い替えたばかりなのに……!」
頭を抱えて座り込むルシアの横で、作業着のポケットから魔法測量尺を取り出したローランが、落ちていた剣の先端を突っつきながら呑気に言った。
「金属疲労と魔力伝導率の限界だな。ルシアの剣筋は鋭いんだが、魔力を込める瞬間の負荷に市販の鋼鉄製ソードが耐えきれていない。要するに、ルシアの筋力と魔力量に対して『物理的な刃』という構造そのものが時代遅れなんだよ」
「時代遅れって何よ! 剣士が鋼の剣を使って何が悪い訳!? それよりどうするのよ、まだダンジョンの浅層よ!? 武器がこれじゃ、今日の依頼はキャンセルするしかないじゃない!」
ルシアは涙目になりながら、残った柄の部分をローランに突きつけた。
「キャンセルしたら違約金が発生するのよ!? 今月の工房の家賃だって、この依頼の報酬を見込んでギリギリ払える予定だったのに! ローラン、あんたまた怪しい魔導金属の購入費で経理の口座をすっからかんにしたでしょう!?」
「うっ……それは、その……超高純度のアダマンタイト触媒が破格で競りに出ていたからで……」
「言い訳無用! どうすんのよこの状況! 武器がないと私はあんたを守れないし、無事に地上へ帰ることすら怪しいのよ!?」
胸ぐらを掴まれそうな勢いで詰め寄られたローランだったが、寝不足で落ち窪んだ彼の瞳に、ふと怪しい閃光が宿った。
ローランはアゴに手を当て、前世の記憶の引き出しをカチャカチャと漁り始めた。
物理的な金属の刃だから折れる。
魔力の伝導に限界があるから弾ける。
ならば、刃そのものを物理的な物質で作らなければいいのではないか?
実体を持たない、純粋な高エネルギーの光線。
柄の先端から噴き出す、あらゆる物質を溶断する高密度のプラズマの刃。
男のロマンの原点にして、遙か遠い昔、遥か彼方の銀河系で高潔な騎士たちが手にしていたという、あの伝説の兵器——。
「……そうだ。ルシア、素晴らしい解決策を思いついたぞ」
ローランはパンと両手を叩き、不敵な笑みを浮かべた。
「新しい鉄の剣を買う必要なんてない。折れない剣を作ればいいんだ。それも、刃そのものが純粋な熱光線で構成された、究極の魔道具をな!」
ルシアは嫌な予感しかしない顔で、じりじりと後退りした。
「……ちょっとローラン。あんたまた変なスイッチ入ってない?」
「何を言っているんだルシア! これは画期的な発明だぞ! 題して【試作1号機:ラ◯トセーバー】だ!」
「伏字が怪しすぎるし、嫌な予感しかしないんだけど!?」
「いいかルシア、よく聞くんだ」
ダンジョンの安全地帯である石造りの部屋に駆け込んだ二人は、焚き火の火を囲んでいた。
ローランは携帯用のスケッチブックを広げ、炭ペンで猛烈な勢いで構造図を描き進めていく。
「従来の魔導剣は、金属の刃に魔力を流して威力を強化するものだった。だが、それだと素体となる金属の強度に依存してしまう。だから折れる! だが俺が今から作る【ラ◯トセーバー】は違う!」
ローランが描いた図面には、筒状のグリップと、そこから円柱状に伸びる眩い光線が描かれていた。
「グリップ内部に高圧圧縮した火属性と光属性の複合魔導結晶を組み込み、筒状の収束魔法陣を通して高濃度の魔力プラズマを一本の『光の刃』として固定化する! これなら刃そのものが実体を持たないエネルギー体だから、どれだけ硬い敵を斬っても折れる心配は万に一つもない!」
「……理論はなんとなく分かったわよ。でも、そんな高密度の魔力を刃の形に固定するなんて可能なの? 破裂して爆発するんじゃないの?」
ルシアがジト目で指摘すると、ローランは「フッ」と鼻で笑った。
「甘いなルシア。俺の前世の記憶……いや、俺の天才的な魔導工学を舐めてもらっては困る。この収束リングに磁気力学的な収束魔法陣を組み込めば、一定の長さで光をピタリと留めることができるんだ!」
ローランはバックパックから、先ほどルシアを激怒させた「超高純度アダマンタイト触媒」と、各種の工具を取り出した。
「運がいいことに、買い込んだ素材がすべて揃っている! 今ここで、試作1号機を組み上げてやるぜ!」
「待ちなさいよ! なんでダンジョンの中で日曜大工を始めてるのよ!? 早く街に帰って普通の中古の剣を買いましょうよ!」
「ダメだ! 試作品は思い立ったその瞬間に形にしなければ、アイデアの熱量が冷めてしまう! お前も冒険者なら、職人の拘りに付き合え!」
「私は経理兼助手なの! 冒険者ギルドの登録はついでなの!」
ルシアの悲鳴も虚しく、ローランの手は魔法のドライバーとハンダゴテ風の魔導ペンを高速で動かし始めた。
カチャカチャ、カンカン、とダンジョンの静寂の中に場違いな金属音が響き渡る。
わずか三十分後。
「できた……! 試作1号機【ラ◯トセーバー・プロトタイプ】だ!」
ローランが掲げたのは、銀色に輝く円筒形のグリップだった。
重厚な金属の質感を持ち、側面には赤と緑の起動スイッチ、そして出力調整用のダイヤルが取り付けられている。
「本当に作っちゃったの……?」
ルシアが引きつった表情で覗き込む。
「さあルシア、受け取るがいい! お前の新しい相棒だ!」
「嫌よ! 絶対に爆発するもん! あんたが最初に起動しなさいよ!」
「やれやれ、相変わらず臆病だな。いいだろう、開発者自らがその神聖なる第一歩を刻むとしよう」
ローランは不敵に笑うと、ラ◯トセーバーのグリップを両手で強く握りしめた。
前世の記憶にある映画のポーズを真似て、胸の前に構える。
「見よ、人類の叡智と魔導工学の結晶を……! 起動!」
ローランが親指で赤ボタンを押し込んだ。
スイッチを入れた瞬間——。
『シュコー……シュコー……』
グリップの底部から、暗黒の呼吸音のような重苦しい排気音が響き渡った。
「ちょっとローラン!? なんで変な呼吸音が聞こえてくるのよ!?」
「あ、いかん。前世のイメージが強すぎて、冷却魔法陣の吸気音に余計な効果音が混ざってしまった!」
『ブシューーッ! ヴォンヴォンヴォン……!』
突如として、グリップの先端から眩いエメラルドグリーンの光柱線が勢いよく噴き出した!
部屋全体が、エメラルド色の光と独特の低周波音(ブーン、ヴォンヴォン)で満たされる。
空気中のチリが光の刃に触れた瞬間、パチパチと弾けて一瞬で消失した。
「おおお……! す、すごい……! 本当に光の刃が出ているわ……!」
ルシアが思わず目を丸くして感嘆の声を漏らした。
「フハハハ! 見たかルシア! これぞ究極の剣! 刃の重さは実質ゼロ、あらゆる物質を断ち切る光の刀身だ!」
ローランは興奮気味に光の剣を空中で振り回した。
ブウォン! ヴォン! と、映画で聞いたあの胸が躍るような重低音がダンジョンの壁に木霊する。
「すごいぞ! 手応えが軽やかだ! これなら剣の素人である俺でも、一瞬で超一流の剣士になれる気がする!」
「ちょっとローラン、あまり調子に乗って振り回さないで——」
ルシアが言いかけた、その時だった。
ローランがノリノリで縦振りに振り下ろした光の刃が、足元にあった頑丈な岩のテーブルをかすめた。
ズバッ……!
一切の抵抗感なく、分厚い岩のテーブルが豆腐のように真っ二つに切断された。
切断面は赤くドロドロに溶け落ち、凄まじい熱気が室内に充満する。
「うわっ!? あつっ!?」
「ローラン! グリップ! グリップから煙が出てるわよ!?」
『じじじじじ……!』
ローランの手元を見ると、超高熱に耐えかねたグリップの金属パーツが真っ赤に加熱し始めていた。
「しまっ……! プラズマの熱遮断魔法陣の出力が足りない! グリップに熱が逆流してきている!」
「熱っ! あちちちち! 手が灼ける! 熱い熱い熱い!」
「早く消しなさいよ! スイッチを切るのよ!」
「あ、焦ってボタンがどれだか分からない! ヴォアアア熱い!」
パニックになったローランは、熱さに耐えかねてラ◯トセーバーを放り投げた。
床に落ちたラ◯トセーバーは、光の刃を固定したまま『ヴォンヴォン!』と暴れ回り、ダンジョンの石床を縦横無尽にスライスカットし始めた。
ズババババ!
「きゃあああっ! こっちに来るんじゃないわよこの暴走光線!」
「待て! 俺の最高傑作が床を彫刻し続けている! ルシア、拾ってくれ!」
「自分で拾いなさいよバカローラン!!」
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