第24.5話 朝の香り
#第24.5話 朝の香り
ルクシオン事務室の朝は、まだ眠たい。
蛍光灯の半分も点いていない薄暗い室内に、一番乗りで現れたのは蘭子だった。
黒のパンツスーツに身を包み、手にした缶コーヒーのプルタブを開ける。
「……んー、静かねぇ。こういう朝も、たまには悪くないわ。」
ソファに腰を沈め、足を組み直す。
ちょうどそのとき――ガチャ、と事務所の扉が開いた。
「あ、ルカ、あれ返しとけよ。」
「んー?あー、わかったわかった。」
低い声と、落ち着いた声が続けざまに響く。
入ってきたのは、あくびまじりのルカとナオ。
どちらも、まだ寝ぼけたような顔で室内へ足を踏み入れる。
蘭子はちら、と二人を見上げ――
ふいに、眉をひそめた。
(……今、なんか……)
ふわりと香る、同じシャンプーの匂い。
どちらともつかぬ、微かで清潔感のある香り。
それが、すれ違いざまにふたりの周囲に残る。
「……前から思ってたんだけどさぁ、あんたたち――」
蘭子がぼそりと呟く。
ルカとナオが、同時に足を止めて振り返った。
「……なに?」
「ん?」
缶コーヒーを指先でトントンと弾きながら、蘭子がにやりと笑う。
「同じ匂い、すんのよね。」
一拍、沈黙。
「……あー」
ぽん、とルカが片手を打つ。
「うん。……ちょっと前から、ナオんち住んでる。」
「……………」
ナオは無言で、棚からインスタントコーヒーの瓶を取り出し、
そのままポットのスイッチを押す。
ルカは背後から自分のマグを取り出して並べる。
「今さらだよなー?」
「……勝手に転がり込んだんだよ、ハニーが。」
ナオはコーヒーを注ぎながら、どこまでも動じない声で返す。
まるで、「そんなもん、わざわざ言うことか?」とでも言いたげな温度で。
蘭子は小さく目を細めて、ふたりを見比べたあと――
「……ばっかじゃないの。」
と、ため息まじりに吹き出した。
その直後。
ガチャリ、と扉が開く。
入ってきたのは、タブレットを脇に抱えたクラウンだった。
フードを半分かぶったまま、入口で足を止める。
一拍の沈黙。
その目には、露骨な呆れ。
(……聞こえてたな)と分かる顔。
“マジかよ……”とでも言いたげな視線を三人に向けたまま、
ついに口を開く。
「……ちょっとは隠そうとか、ないわけ?」
ナオは、振り返りもせずにひとことだけ返した。
「なんで?」
「――逆にしんどい!!」
ぷいっと目を逸らしたクラウンの背に、
ルカがケラケラと笑う声がかぶさる。
「だってよー、家賃は半額。家事掃除はナオがやってくれるし、ここから近いし。
俺、メリットしかねぇんだよ。」
「……俺には、ひとっつもメリットねぇけどな。」
「いやあるだろ?あのぶっきらぼうな部屋に、俺っていう華が咲いた。」
「は……?ルカ兄、それ効率厨どころか、もう病気の域なんだけど……」
「ルカさん、な。」
頭を抱えるクラウンの横で、
蘭子は肩を竦めながら、缶コーヒーをひと口飲んだ。
「……こういう子がいないと、うち潰れるわねぇ。」




