第13.5話 たりねぇ
#第13.5話 たりねぇ
響いていたのは、空調の音と、キーボードを打つ音だけだった。
けれどそれも、どこか遠く感じる朝だった。
煌都の朝は、いつもどこか眠そうだ。
けれどこの部屋――ナオが暮らすアパートは、やけに静かすぎた。
椅子に座る手元には、積み上げられたままのデータ報告書。
昨日届いたままの案件通知。
そして――
「……洗い物、まだ放置かよ。」
机の隅には、空のカップ。
ルカが最後に淹れて飲んだコーヒーのやつだ。
飲みかけのまま、3日以上。
ナオはそれをつまんで立ち上がり、無言で流しに置いた。
気づけば、あいつが勝手に置いていった私物で、この部屋も随分散らかってきた。
それが煩わしいような、妙に落ち着くような――
そんな感情を、ナオは振り払うようにまた席へ戻った。
勝手に転がり込んできた同居人は、ここ数日、姿を見せていない。
任務連絡も報告も寄越さないまま、ふらっと出てったきり。
(……連絡くらい寄越せ)
そう思いながらも、指は習慣のように仕事に戻る。
“あいつの尻拭い”なんて、今に始まったことじゃない。
けれど――
机の上のモニターには、ルカが編集しかけたままの作業ファイルが開いたまま。
脇には、未送信の共有メモが並ぶ。
そのどれもに、返信はなかった。
「……」
ナオはふと、ルカの椅子を見た。
背もたれに掛かったジャケット。
置きっぱなしのバインダー。
何も変わってないようで、そこだけ、時間が止まっている。
(アイツがいないと、ここ、やけに静かだな)
思考が漏れかけて、ナオは小さく舌打ちした。
そうじゃない。
問題なのは、“生活”じゃない。“動き”だ。
「……任務の共有もできてねぇのに、勝手に動きやがって。」
ぼやくように言って、ファイルを閉じた。
ルカの部屋の扉には鍵がかかったままだ。
誰も触れないその空間だけが、ぽっかりと穴を開けている。
「……まったく、何やってんだか」
椅子の背にもたれ、ナオは空調の音を聞きながら目を閉じる。
ほんの少しの沈黙。
その中に、ほんの少しだけ滲む“焦れ”。
そして、言葉にならなかった思いが、ぽつりとこぼれた。
「……いい加減、帰ってこいよ、相棒」
空気は揺れず、ただ静かに、その言葉を飲み込んだ。




