第10.5話 プレリュード
#第10.5話 プレリュード
煌都の街を、黒塗りの車が静かに進んでいく。
運転席には、ルクシオンの古株スタッフ。
後部座席には、ルカとナオ。
広いはずの後部座席が、不思議と息苦しい。
スーツにネクタイという慣れない装いのせいか。
それとも――この“劇場”の開幕を思うからか。
ルカが、小さくため息をこぼす。
「……あー……クソめんどくせぇ。」
ナオは窓の外を見たまま、短く応じる。
「あぁ。」
「俺に、“結婚してくれ”、だ?……どこ見て言ってんのか、笑っちまうよな。」
「……だな。」
その即答に、ルカは苦笑いを浮かべた。
「だろ? 俺のこと分かってたら、んなセリフ出ねぇ…。」
「どうせ、お前が軽口でその気にさせたんだろ。」
「っはは、痛ぇとこ突くな……マジでミスったらしい。覚えてねぇけど。」
天井を仰いで、ルカは腕を組む。
ナオはちらと横目をやるが、何も言わない。
「……こうまでしなきゃ逃げられねぇ縁談って、…ほんとだりぃ。」
「お前が、いつも“逃げてばっか”だからじゃないのか。」
「……耳痛ぇな、マジで。」
ナオの口調は淡々としていたが、そこに棘はなかった。
むしろ、少しだけ――呆れて、けれど受け入れているような色が滲んでいた。
「お前さ……“もし結婚したら”って未来、想像したことあるか?」
「無理。ない。」
即答だった。
「だったら腹括れ。報酬分は、働いてやる。」
「……おー…、ちょっと救われた。」
「……黙れ。もう着くぞ。」
沈黙が、再び落ちる。
けれどその沈黙は、さっきより――
ほんの少しだけ、軽かった。
そんな空気の中、車が緩やかに減速する。
「……着いたな。」
ナオがネクタイを直す。
ルカも一度、深く息をついて天井を仰ぎ、それから口元に笑みを乗せた。
「さーて、“劇場”の幕開け、だな。」
ドアが開く。
夜風とともに、きらびやかな照明がふたりを迎え入れる。
――仮初めの関係をまとって、
ふたりは、“役”を演じるために、静かに車を降りた。




