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第5話 呼び水

#第5話 呼び水


沈黙が、部屋を満たしていた。

ルカは身体をほとんど動かさないまま、目だけを上げてクラウンを見た。

にやり――と、唇の端だけで笑う。


その肩で、うさぎ型のドローンが、ぴ、と小さく音を立てた。

ふわりと浮かび上がり、クラウンのPCへと滑るように移動する。


『ちょっと見させてね。』


ドローンが近づき、柔らかなラインが一筋、滑るように伸びる。

カチリと端子に嵌った瞬間、レンズが淡く光を灯した。


クラウンは、わずかに目を動かす。

ドローンを視界の端で捉えながら、低く問う。


「……何する気?」


ルカは、そのままの姿勢で笑った。


「質問するのはこっち。……お前は、それに答えるだけでいい。」


その言葉に、クラウンの眉がかすかに動いた。

だが、それ以上は何も言わない。

むしろ、この無反応こそが、彼の諦めを物語っていた。


ナオはルカの隣で、姿勢を崩さず黙っていた。

言葉を添えることも、圧をかけることもない。

けれど、その静かな存在感が、“ここでは俺たちが主導権を握っている”と告げていた。


ルカは目線だけをドローンに向けたまま、言う。


「お前は"あの子"の質問に、正直に答えろ。」


静寂が、また落ちた。

一拍、時間が止まる。


ドローンがゆっくりとクラウンの正面に向き直る。

やや顔を傾けたように機体を揺らし、レンズがじっと彼を見据える。


『……ありがと。じゃあ、始めるね』


ドローン越しの声が、部屋にふわりと落ちた。


『スクリプトの回し方、ちょっと力入りすぎかなって。……独学?』

「んなもん、習う金あるかよ…。」


クラウンが鼻を鳴らす。


『いいね。』


雪の返事は、少しも揺れない。


『で、…“どうやって覚えた”?』


クラウンは小さく顎を引き、目を落とす。

答えるべきか否かを測るように、数秒の沈黙。


「……真似、だよ。」

『…誰の?』


相変わらず、雪の声は抑揚がない。

追及でも詰問でもない。ただ、事実を確認するような口調。


クラウンは目線を泳がせた。

答えるつもりなどなかったように顔をそむけ――

だが、どこか諦めたように、ぽつりとこぼした。


「……雪月花、ってやつの。」


…それは、誰もその姿を知らず、

けれど、誰もがその名だけは知っていた。


一瞬、緊張が走る。


ドローンのレンズが、ぴたりと動きを止めた。

ドローンから零れていた僅かな機械音すら消えたような沈黙の中、

かすかに、何かを吸い込むような音が滲んだ。


ヒュッとも、クッともつかない。

わずかな息遣い。

機械越しに伝わる、かすかな揺れ。


雪は、それ以上何も言わない。


だがその一音で、空気が確実に変わった。

ルカとナオは、顔を見合わせることなく、同時に目を細める。


“あのとき”――

動画を追い、雪が“豹変した”あの瞬間を、

二人とも思い出していた。

ルカが口を開く。


「…よく知ってるな、"そんなハッカー"。」


クラウンは、腕を組んだまま目を伏せる。

「……前から、ちょっと見てただけだ。」

声は小さく、言い訳にも、呟きにも聞こえた。


ナオが静かに口を開いた。


「……で、なんでこんなことした?」


問いかけというより、“引き金”に近かった。

クラウンの目がわずかに揺れる。けれど、目線は誰とも合わさなかった。


「……なんとなくだよ。」


低く、吐き捨てるような声だった。


「誰でもいいから晒して、恨み買って……そのうち誰か…マジで刺しに来ねぇかな、って。」


苦笑したような表情。

けれど、その目の奥には何もなかった。


「……もうすぐ、追い出されんだよ。部屋。」


明日か、明後日か。

……もう、数えるのもやめていた。


「金もない。保証人?いねぇよ。親なんか、とっくに──」


そこで一拍、言葉が詰まった。

クラウンは口を噤み、目線を落としたまま拳を握った。


「…バイトも落ちるし、面接まで行っても“連絡先は?”って聞かれてさ。」


声に怒気はなかった。

けれど、その代わりにあったのは、ひどく冷たい“諦め”だった。


「……もう、何もねぇ。

仕事も、居場所も、名前すら無いみたいでさ。」


「だったら、いっそ殺されればよかったんだよ。

終わらせてくれよ、誰か。俺のことなんか、もう──」


その瞬間、クラウンの声が、わずかに震えた。

手の甲がゆっくりと膝を抱え込む。背中が小さく丸くなる。


けれど、泣きはしなかった。

そのかわり、ただ無音だけが空間を支配する。


「……あんたらが来たとき、“やっと来たか”…って、思ったんだよ…。」


ひとりでに、口からこぼれた言葉だった。

クラウン自身、言った瞬間に「なんで今そんなことを」と思った。

……けれど、もう引っ込めることはできなかった。


クラウンはそれきり、口を閉じた。

部屋に静寂が降りる。


ナオは何かを言いかけたが、言葉を飲み込んだ。

ただ、まっすぐクラウンの目を見ていた。


ルカもまた、ぐったりと倒していた体を起こし、机に肘をついて身を乗り出した。


数秒。

誰もが、その沈黙の中で“何か”を待っていた。


――重く沈んだ空気を、クラウンの舌打ちが無理やり引き裂いた。


「……ほら。もう、聞きたいことは聞いただろ。やるなら――やれよ。」


投げやりな口調だった。

だけどその目だけは、ひどく静かで、少しだけ――哀しかった。


……その時だった。


外階段から、コツ、コツ、と複数の乾いた足音。

わずかな金属音。

床が軋むような重たい気配。

ピリッとした緊張が、ルカ、ナオ、そして雪に走る。


刹那、


――玄関の破壊音。金属が弾け、何かが砕ける破砕音。


ナオが即座に剣に手をかけ、一歩前へ。

ルカは蹴るように立ち上がり、目線を扉へ。

その背中にドローンが音もなく張り付いた。


「……おいおい、モテてんなぁ…クラウン…。」


ルカの軽口に緊張が浮かぶ。

玄関を覆う薄煙の影に、誰かの足が見えた。


──爪が、クラウンの握った拳に、静かにめり込んでいく。

クラウンがようやく口にした、“理由”の回でした。

でも――それどころじゃなくなりましたね。

彼の行動が、何を呼び寄せたのか。


……その前に、次回5.5話ではクラウン視点で、さらにその奥へ。

彼が見ていた世界を、少しだけ覗きにいきます。

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