破魔師
わたしの大姪は、はねっかえりの破魔師だ。
大叔父さまのようになりたいと口にして周囲を慌てさせたのは、五歳のとき。王になりたいわけでなく、術士になりたいのだとわかってほっとした。
術士の訓練を始めると、魔物の核を破壊する破魔師として優れた才能を見せるようになった。
直接、魔物と対峙するのであればと武術も習い、これまた優れた才能を見せるようになった。
同じように指導を受けている同年代の仲間たちを遠慮なく打ちのめしては得意げな顔をする娘に、その母親は頭を抱えていた。
術士院に入学が認められる十二歳になると、身分を偽って一貴族の娘として入学した。
同年代の者には負けぬという自負心があったのに、鼻っ柱を早々にへし折られて、しおしおと報告に来たときは笑いをこらえるのが大変だった。
わずかな魔力しか持たぬ、しかも術を本格的に学び始めて間もない、地方の田舎町出身の新入生に全くもってかなわなかったらしい。
その人物が、平民のくせに生意気だと馬鹿な連中に囲まれて、いたぶられていたという。だから、わたしが連中を懲らしめてやりましたと大姪は胸を張ったが、そこは自慢しないでもらいたかった。しとやかにしろとまではいわないが、仮にも王女が取っ組み合って鼻血を出すとは何事か。
正義感の強い大姪は、自分が守ってやらねばと使命感に燃えていたが、その必要はなかった。件の人物は自身の手できっちりやり返していた。院長に訴え出て、騎士団長の後見があることを全面に押し出し各自の実家へ脅しをかけたのだ。
なかなか面白いやつがいると院長より早々に報告が上がってきていたので知っていたが、大姪には黙っておいた。
それから、わたしが術士院での暮らしについて尋ねるたびに、かの人物のことがたびたび話題にのぼった。
とんでもない食わせ者だっただの、難解な術も涼しい顔で解いてみせるので腹立たしいだの、突拍子もない組み合わせを思いつくのは頭のつくりがおかしいからに違いないだの、文句なのか羨望なのか、本人も分かっていないであろう数々の言葉が飛び出してきた。
それらの中には、騎士団長夫人と一緒になって毛根老化促進の呪いなんてものを開発したという、聞き捨てならない情報も含まれた。
わたしを見てると腕力一辺倒の妹を思い出して懐かしいだなんてぬかしやがるんですと聞かされた時には、年を追うごとにどんどん悪くなっていく言葉づかいに不安になった。
だが、十五歳を過ぎたあたりから淑女らしく振る舞うようになった。
術士院を出てからは、王族であることを隠したまま王国軍の破魔師として腕をふるい、周囲からの信用を得、大型魔獣が出現したら必ず呼ばれるような存在になっていった。
大人になったものだと安心していたら、取り繕うことを覚えただけだった。
二十歳を過ぎた頃、近衛の制止を振り切って執務室に乗り込んできて、王族籍を抹消しろと迫った。
聞けば、かの人物に交際を申し込んだところ、王族とは付き合えないと断られたという。とおに身元は割れていたようだ。意外ではない。
ていのいい断り文句なのではといってやったが、聞く耳を持たないので、どうしたものかと思案していれば、甥がやって来て許可してくれと言い出した。
地位にも名誉にも興味のない、優秀な術士を国に縛り付けておくために、娘を嫁がせたいという。
ひねくれた甥の親心をくんで、大姪の望みを叶えてやることにした。
激しい攻防があったようだが、大姪は無事にかの人物の婚約者という立場を獲得した。百戦錬磨のわたしの侍女がなにやら入れ知恵をしていたようだから、逃げられるはずもあるまい。
仕方ないから君が飽きるまで付き合うよなんていうんですよ、あの人。飽きるくらいなら、とっくに諦めているのに。
軍務の合間をぬって婚約者に会いにいっては、そんな惚気を言いに来るようになった。幸せそうでなによりだ。
かの人物の妹や父親、後見人たる騎士団長夫妻らを味方に引き入れ、外堀を着々と埋めていった大姪は、近々、王国軍を辞して嫁ぐという。
大叔父様なら、絶対、あの人に対抗できると思うんです。悔しがらせてやりたいので、退位したら一緒に術の研究をしてくださいね。
そういってにんまりと笑う顔は子どものときと変わらない。
わたしの大姪は、はねっかえりだが、心優しい破魔師だ。
お付き合いいただきまして、ありがとうございました〜。




