16 しなやかな腿
ヘイ少年、完全犯罪の心得ってやつを教えてやろうか?
簡単なことだぜ、ええ、オイ? ガキにゃわからねぇかもしれないが、大抵単純なもんさ、完全さを求める試みってやつはな。
完全犯罪の心得。第一に、まず完璧に犯行しろ。そうすりゃばれない。絶対的論理的真理によってな。
第二に、金と女を無視しろ。冷血非情殺戮マシーンは誰にも止められない。まあ大体、映画のプロモとかではそういうことになっている。
第三に、学生身分の癖に探偵とか名乗るやつが現われたら、迷わず殺せ。勝ち目ねぇから。マジで。
あとはそうだな、今言ったこの教えを広めろ。まず入会金を口座に振り込んで、その後十人に教えを広めて会員に加入させるとデラックス会員に、百人でスペシャル会員になれる。一人は二人に二人は四人に、皆幸せネズミがチューで……
などと、あまりにあまりな事態に勝手に頭の中で騒ぎ始めたよく分からない声を追い出して、一輝はとりあえず冷静に考えることにした。
自分は一体どうなっている? 横向きに寝転がりベッドの上で布団を肩までかぶっている。オーケー。
ここはどこか? マリーチャ・クラスの寮だ。オーケー。
目の前に何が見える? 少女の寝顔だ。そうそう拝めるもんじゃない。こんな至近距離では。オーケー。
「オーケーなわけあるかよ」
掠れた声で呟く。
一体何がどうなったのか、目の前で眠りこけるフェーリスは、普段は少女らしさとどことない大人らしさを上手く同居させた美貌に、いまはひたすらに穏やかさだけを貼り付け眠りこけている。一輝と同じ一つの布団に、向かい合わせになるように横向きに転がり、手足を丸めて幼い子供か猫のように眠りこけている。
傍から見る分には、美しく可愛げたっぷりのお姫様的スタイルでの眠りでしかない。
「一日目からこれかよ……」
ほとんど声に出す図にぼやきつつ、そっとベッドを抜け出そうと動き始める。足先になにかすべすべとしたものが絡んでいることに気がつき、それがフェーリスの太ももか何かだと気づきことさら渋い顔をしつつ、一輝は掛け布団をそっとめくり、身体を起こした。
「ぬむむ――」
だらしなさと可愛さのぎりぎり境界線上にあるような声がフェーリスから漏れ出る。見れば、彼女は薄っぺらいタンクトップのシャツを軽く身に纏っているだけだった。腰から下は布団で見えないが、かなりきわどく首元や肩や胸元が露わになった上半身を見るに、改めて見てみようとは思えない。
(そういう犯罪者にだけはなりたくないものな……)
思いつつ、自室の出口である扉に目を向ける。
(今やるべきは、さっさとここを抜け出してヘンな誤解を受けないうちにスピカか誰かに相談をすることで――)
そう思った矢先に。
目をやっていたまさにそのドアが、ぱたんと軽い音を立てて開かれた。
中学生ほどの、透き通った素朴さと愛らしさを纏った少女がそこに立っている。つまりはスピカが、ドアを開けて一輝たちのほうに視線を向けている。
「…………」
数秒の沈黙の中で。考えたのは、つまり完全犯罪についてだった。
(心得その四。目撃者が現われた場合、そいつの首か自分の腹をくくれ)
瞬時に一輝は腹をくくって、寝起きの頭をフルに回転させた。冴え冴えとした思考をどうにか呼び込み、この場を切り抜けるために適切な言葉を内的宇宙からくみ上げる。
「やあスピカおはよう。早起きだね、いや俺が寝坊なのかな。ともかく窓から差し込む太陽の光が美しくって気持ちがいいじゃないか。きっと太陽神バムグバリゲバム様が今日も腹直筋を鍛えながら汗を流しまくるそのきらめきが地上に降り注ぎ、豊かな恵みを与えつつも常に暗黒時代を生きようとする愚かな人類を監視し、一方その頃邪教集団パランプポランプで育った名家の少年ブランドンは立ち入り禁止区域で人の言葉を話す巨大人型機械兵器と出会うのだった……」
途中から全く意味不明になってしまったが。
そんな一輝の妄言を無視して、スピカはずんずんと部屋に入ってくる。
「いや……スピカ、スピカさん?」
頬に一筋汗をたらす一輝のすぐ傍、ベッドの脇まで来ると、彼女は掛け布団に手をかけて意を決したように一気にめくった。
「わあ!」
声を上げたのは一輝だった。というのも、予想通りというか何というべきか、布団の下のフェーリスは碌な寝巻きも身に着けていなかったからだ。白く細くしなやかな腿が視界に入り、どうやら彼女が下は下着くらいしかつけていないことを直感して一輝はベッドから飛びのいた。
「フェリ!」
スピカが眉を吊り上げて、大声を上げる。それに反応してか、フェーリスはようやく目をこすりなどしながら目を覚ましたようだった。
「ああ……ねむ……寒い……布団が、温度がぁ」
普段とはまるで異なるのろのろした口調で、そんな呟きをしていた。
そんなフェーリスに、スピカは肩に羽織っていたショールのようなものをぐるぐる巻いてあられもない姿を覆いながら、言葉を続ける。
「なんでまた忍び込むの! しかもよりによって一輝さんの部屋に!」
それから、ベッド脇に半ば転げ落ちている一輝に顔を向け、申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみません、一輝さん、あの、何もされませんでしたか?」
「あ、こっち心配するんだ?」
「フェーリスは、よくよく寝るときに人の布団に忍び込むんですよ。夜更かしだから、皆眠った後で入ってくるんです」
「らってあったかいほうがいいじゃないのーお布団さぁ」
あくびしながら、フェーリスが背をそらして伸びをしていた。細い背中の筋や骨が芸術的に反り返っている。
「そういう問題じゃないでしょ! 私やアリーシャのところならまだいいけれど、一輝さんのとこなんて――ああもう、まさかやらかさないだろうと信じてたのに! それに、もう春だっていうのに暖かいとかどうとか――」
「えー、真夏以外はいいと思うんだけどなあ。基本冷たいじゃん、布って」
もぞもぞとスピカのショールを纏いながら言うフェーリスを引っ張って布団から出して、スピカは戸口へと連れて行く。
「ごめんなさい、一輝さん、寝ているところにいきなり入ったりして。本当にすみません、でもフェーリスの姿が何処にもなかったので……」
「いや、別にいいけども」
「それじゃあ、朝食も寮内で用意できますから、準備できたら下に来てください」
それだけ言って、二人は戸の外に出て行ってしまう。
再び訪れた朝の静寂の中で、一輝はやや癖がついてしまった髪を気にしながら、なんとなく天井を見上げていた。
(これは、思ったよりも大変そうだなあ……寮生活)
この世界に来て何度目になるか分からない溜息は、朝の空気に紛れてすぐに散っていった。




