12 地球人の異能
変化は一瞬だった。
スピカが展開するチート能力は、情報探査・解析・出力を可能とする。先に一輝の意識を探査したように、自己の意識や情報を他者に接触・接続・あるいは憑依させることもまた可能である。
視覚では知覚も困難な速度で襲い掛かる軟体化した足の蹴りを、一輝は極僅かな動作であっさりとかわしていた。胸元をぎりぎりで通過した足は分化し腕と同じように三本の鞭と化して更に打ちかかってきたが、これも一輝は落ち着いて迎え撃った。
「一輝さん……ひょっとして、私のを」
スピカの呟きが風に紛れる。
その間も、一輝はスピカのチートの一部を操作し続けていた。取得された情報の一部を、彼女から一輝に、解析し計算しつつ意識の中へと合致するよう変換し流し続けていた。
「ごめん、勝手に借りてる」
短くそう謝りつつ、一輝は左右の腕を続けざまに振るい、両側から襲い掛かる攻撃を軽く弾いて逸らした。正面から受ければ骨に傷のつきかねない打撃だったが、力の大きさも方向もその変化のタイミングも、全て知覚・予測できている。自分のダメージを最小限に抑えながら接触し攻撃を逸らすことはそう難しくはなかった。
(だけど、このままかわしてどうなるものでもないよな)
一輝は、当然だが戦闘訓練など受けたことがない。スポーツ気分で格闘技をさわりだけやってみたという、その程度の経験もない。スピカほど華麗にはかわせない。体力もさほど続きはしない。
知覚と予測は完璧でも、身体はただの男子高校生程度の性能しかないのだ。
(なら、元を断たないと)
そう意識した瞬間、またもあっさりと、一輝は「引っ張った」。
力のありかを探り、その正体を直感し、当然のように、自分のものとしていた。
隙を突いて軟体化した相手の身体を手先で軽くつまむ。
「戻れよ。骨ないと不便だろ」
呟き、つまんだ足だか腕だかの一部を放り投げて相手に返しながら、一輝はジニアの軟体化を解除した。
途端に、伸びていた部分の手足が軽い水音とともに、地面に落ちて弾けた。
一瞬手足がそのまま千切れたのかと一輝は寒気を覚えたが、ジニアの手足は元に戻っているだけだった。切断などはされていない。原理は不明だったが――
(いや、チートだしな)
と納得する。物理法則を超越し改竄し願いを叶えるのがチート能力だ……と、何故かそんなことを半ば自動的に一輝は頭の中で理解している。
「な……んだ? これは――」
驚愕と言ってこれほど分かりやすい驚愕もない。そんな表情で、ジニアが呆然と呟いた。が、すぐに一輝を見据え、足を踏み出しながらまたも身体を軟体化して攻撃を行おうと動く。
咄嗟に一輝は、動き始めた彼女の両足を睨んだ。意識を働かせ、願いを向ける。対象の超常の力に働きかけ、世界を手前勝手に操作する。
ジニアの両足が突如として軟体化し、盛大に彼女はつんのめってその場で転倒した。
「ジニア?」
彼女の仲間の一人が、驚きの声を上げる。スピカもまた、いつの間にか動きを止め、一輝のほうを見ていた。
「お前、お前は、私のチートに――干渉……したのか……?」
両腕で身体を起こしながら、顔だけを一輝に向け、ジニアが呟く。
「いいや。違う、かな」
直感にしたがって、一輝はそれに答えていた。
「ただの干渉ってよりは、強制的な割り込みっていうか……ハッキング、クラッキング、上書きもしくは支配……そういうもののほうが近いかな」
「なんなんだ、お前は、一体」
「つまんない学生だよ。何年も前からずっと」
苦笑しながら応答し、相手の能力を手放す。ジニアの足が、元に戻る。
彼女は立ち上がり、しばし自分の足を確かめつつ呆気にとられていたが、不意をつかれ機先を制されたという事実は、その戦意を結果的に強めたようだった。
「こんなチートは、見たことがない……人のチートをハックするだと? やはり、危険な不審者じゃないか」
「だから多分それ誤解だって」
一輝が言うが、それには応じず、代わりといわんばかりにジニアの周りの三人が一歩前に踏み出した。統制の取れた動きだということが、各々の厳しく引き締まった表情からも伺えた。
「ちょっと、まだやるつもりですか? 軽い処罰じゃすみませんよ、こんなこと!」
スピカが後退し、一輝に並びながら声を上げる。
「今更下がれるか」
三人の内の一人が、低い声でスピカの言葉をはねのける。
「これは……まずい、よね、多分」
一輝がスピカに訊くと、彼女は小さく首肯した。
「彼女たちは、モリガン・クラスの精鋭四人組です。不安定ではありますが、強力なチート転移者――アルドワヒシュトだといわれています」
「そっか……余計なことしたなぁ」
鼻っ柱を折って退散させられれば良かったが、中途半端なことをして本気にさせてしまっている。そう思い、一輝は眉間に皺を寄せた。
(ほんっと、世渡り下手っていうのはあるのかも)
自覚して、最悪でもスピカは無傷で逃がそうと覚悟を決める。先ほどの奇妙な力を使えれば、それくらいは、四人相手でも死ぬ気でいけば可能かもしれない。
その四人は、各々にチートを使い始めたようだった。ジニアは指先を鞭に変えつつあり、他の三人もそれぞれが何か超常現象を起こし始めていた。
三人のうち一人は自身の輪郭をいい加減にかたどったような人型の――マネキンのようなものを虚空から複数生み出していたし、別の一人は何をしたのか、足元の石畳が割れ、剥がれ、浮かび上がって浮遊している。最後の一人は目立って変化はない――ように見えて、なにやら骨格が微妙に変化し、牙が口の端からのぞいている。
更に一歩、ジニアが取り巻きと共に距離をつめてくる。
「……一輝さん、ここは私に――」
「スピカ、適当に食い止めるからここ離れて誰か人を――」
同時にそんなことを言いかけ、思わず顔を見合わせる。
その隙を突いて、ジニアが足元の地面を蹴って走り出す。
その、一歩目が着地するより先に。
「ィィィィイイイイイッハアアアァァァァアア!」
奇怪な、甲高い叫び声と共に。
ジニアたちの目の前に、ミサイルが着弾した。
正確にはミサイルらしき物体というべきか。しかしミサイルじみた外見はミサイル以外に何も連想させることなく、そのミサイルっぽいものがミサイルじみているというよりはミサイルそのものであると全力で洗脳する、そんなミサイルだった。
着弾した一抱えほどのミサイルには、何かが跨っていた。だがそれが何かを確認するより先に、地面に激突したミサイルが轟音を立てて破裂し、白い何かが爆裂四散した。
一瞬、一輝は嫌な想像を――つまりは脂肪だとか何かそんなものが飛び散ったのかと――したが、実際に起こったことは全く異なっていた。
破裂したミサイルから飛び出し飛び散ったのは、大量の粘度のある黄白色の何かだった。ジニアたち四人は至近からそれをかぶり、体中に纏わりつかせている。
少し離れた位置にいる一輝たちにも、飛沫がいくらかは届いていた。何やらすっぱい香りが、あたりに濃厚に漂い始める。
思いつくところがあって、一輝は指先に付着したそれを顔に近づけ確認した。
「……マヨネーズ?」
呟きが何故か虚しく、風の乗って散った。




