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空気は胸に破壊される

微笑ましい?親子の再会が終わりを迎え、イチはリンからさらなる難題を押し付けられ苦悩していた。


「だ、か、らっ、嬢ちゃんにはまだ早いの。こんな下着、僕は認めません。作りません」

「何でですか?これがあればどんな男でもイチコロなのです。これがないと旦那様とあっはーんのうふっーんが出来ないのですよ」

「これは凹凸ある艶やかな女性が着るのに相応しい格好なの。嬢ちゃんの何処に凹凸がある」

「胸なら作ればいいのです!待っているのですよ。イッちゃん。今、持ってくるのです!」

「どうやって胸を持って来るの!?おいっ、ちょっと待てっ!!!」


イチの静止の言葉などで止まるはずなく、リンは邸内へと一目散に走って行った。


「えっ、何を持って来るつもりなの?まさかマァムの胸を剥ぎ取るつもりか?いや、そんな酷い真似をマァムにするわけ…………ないよな。ないはず。ないと思おう!」


恐ろしい想像をしてしまった。

嬢ちゃんならやりそうで恐い。

しかも原因は僕の発言。

……………………。

そもそも、この本がいけないんだっ!!!


イチの視線の先には拡げられた本。

リンがお使いで購入した、愛読書になりつつあるリン曰く聖書(バイブル)『悪女の条件』。


拡げられたページには…………。

『夜の下着は興奮色の赤がベストよ。さらに大切な部分以外がシースルーなら直好。レースでも可。見えそうで見えないを意識すれば完璧。これで貴女も夜の華になれるわ☆』


何だよ。これ…………。

この本、可笑しいから。

最後に☆なんかつける本があるか。

確かに赤は興奮色だが何を興奮させる気だよ。ナニを。つーか、赤の下着なんか百戦錬磨の熟練者みたいで嫌だ。いかにもな勝負下着じゃねーか。打算的なのかアホなのか分からん。ちなみに僕は清純な白派だ。


「…………こんな下着なんて作りたくなんてねーよ」


しかも嬢ちゃんには似合わない。ツルペタ体型にこの下着はないだろう。


イチは戦々恐々しながらリンの帰りを待つのであった。









一方、アレスとサイはイチの苦悩など知らずに茶を飲んでいた。


「で?用件は何だい」

「息子に会いに来た、ではやはり済まぬか」

「当たり前でしょ。陛下直属護衛騎士サイ=カリフ伯爵」


陛下直属の騎士が息子に会いにわざわざ陛下の傍から離れるわけがない。

あるとすれば陛下より密命を承った場合のみである。


「リンとわざと接触したのは不問にするけど、干渉するのはやめる事だね」


どうせ密命ついでにアレストファ公爵夫人の人格調査とアイリスの名を持つ(イチ)が駒にならぬかを見極めに来たのが妥当だね。


陛下直属護衛騎士は陛下第一主義。これにつきる。

それに比べアレストファ公爵家は陛下であろうと罰する事が出来る家。

その婚約者(リン)に警戒するのも、カリフ伯爵家当主としてもアイリス(イチ)が利用されないかをついでに確めに来たのであろう事は難しく考える程ではない。


「リッちゃんと仲良くなりたいのも、息子に会いたかったの本音ではあるぞ」

「陛下の二の次にでしょ。君が俺の婚約者(リン)を評価するのも、勘当したアイリス(イチ)の扱いに今更親が出てくるのも不快だよ。で、君は陛下直属護衛騎士として来たの?それともカリフ伯爵当主としてかい?アレストファ公爵家当主の俺に?」


陛下直属護衛騎士であろうと、カリフ伯爵家当主であろうと身分制度は絶対である。

陛下直属護衛なら密命のみアレスと接触する以外は許されず、カリフ伯爵家当主としてならアレストファ公爵家に干渉すら出来ない。

リンは公爵夫人でイチはアレストファ公爵家を雇用主にしたデザイナー。二人に接触するにはまずは雇用主に伺いをたてるのが通例であり、何より自分より上の身分にいる者が雇用主な場合は不敬にならぬよう配慮しなければならない。


サイの行動は陛下直属護衛騎士としてもカリフ伯爵家当主として許されぬ行為であった。


「個人として親しくても、そこに仕事と家内事情を同列にするならばそれまでだよ」

「すまなぬっ」


サイは頭をテーブルに押し付け謝罪した。そんなサイに呆れた眼差しをおくるアレス。


「はぁ。君が陛下至上主義なのも親バカなのも知っているけど次はないよ」

「ああ、分かっておる。私とてお主を敵にはまわしとうないわ」

「敵どころか縁切りしたくなったけど」

「やめてくれぬか。主に縁切りされたら私は話し相手さえ居なくなるのだぞ」

「妻子や部下がいるでしょ?」

「妻も息子もイチの件(勘当事件)から話してくれなくてな………部下達も私を除け者にして会話らしい会話をしてくれぬ。私も和気藹々と会話したいのだがな……」


サイの妻や息子はイチを勘当した事に激怒した。

サイ本人は冗談のつもりであったがイチは冗談に受け取らずに家出。結果、サイは家庭内ではとても肩身の狭い悲しい親父として過ごしていた。

そんなサイは現実逃避に黙々と業務をこなした。それを見ていた部下達も寡黙ながら次々と業務をこなすサイを尊敬する余り、業務以上の私語は慎み業務命令に嬉々として応えた。

誰しも尊敬する者のように在りたいと思うのは当たり前である。知らぬは本人だけである。


話し相手に飢えていても相手が居らず(陛下は論外)サイの唯一の話し相手であるアレスを除けば皆無になる。


「マジですまぬ。だから縁切りだけはやめてくれ。縁切りされるくらいなら、まだ認識される敵のが良い」

「……………それもどうなの?」


敵なら認識され、まだ会話が出来ると思考するサイに再度呆れるアレス。

アレストファ公爵家を敵にまわしてまで会話したいほど人との接触に飢えたただの親父はいっそう呆れを通り越して哀れであった。


「君の不憫さでこの件は不問にしてあげるよ。ありがたく思う事だね。それで出すもの出して早く帰りなよ」

「うむ、相変わらず酷い奴だな………では、陛下より書状になります」


嘆くサイがガラリと一瞬で威厳ある騎士として雰囲気を変えてから恭しく書状をアレスに渡した。

アレスはそれを受け取ると王家紋章が蝋印された書状を拡げ読む。


「……………馬鹿らしい」


書状を読み終わると嘲笑うかのように一言呟き書状を片手に火で燃やされた。

魔導師が出した火が消えた時には書状は跡形も無くなっていた。


「陛下には『是』とでも伝えといて」

「承知いたしました」


「イッちゃん!持って来ました!」


空気を読めない。いや、読もうとすら思わないリンが大声をあげながら銀色の長方形の容器を抱えて持ってイチに走り寄って行く。


「これを胸の下着に詰めて作るのです」

「…………これは何かな?」

「胸の元ですよ。マァムに胸を下さいと言ったらマァムが胸なんか脂肪の固まりだと言ってました。だから料理長に貰って来たのですよ」


リンがイチに差し出した銀色の容器に入ったペーストされた白い固まり。


「胸の脂肪はラードじゃねぇっ!!!!!!」


イチの慟哭の叫びが庭に轟いた。




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