第二章 心を持ったロボット~Love and hate~ 3話
朝、目が覚めると、アレクサンダーさんとロビンさんがいなくなっていました。
・・・また、わたしを置いて出かけてしまったようです。
「むむっ・・・何で置いていくんですかね。」
わたしは朝ごはんをヤケ食いします。
もう、ヤケ食いでもしないとやっていられないんです。
「そりゃあ、危険だからじゃろ。」
「マグノリアさん、そんなに早く食べるとお腹を壊しますよ。」
「壊したっていいんです!」
わたしはムキになって食べ続けます。
既にお腹は満杯ですが、食べないとわたしの気が済まないんです。
「全く、わたしだって役に立ったことあるのに!どうして連れて行ってくれないんですか!」
「・・・・ダメですってば。マグノリアさん。食べ過ぎはよくありませんって。ブタになりますよ。」
「ブタになってもいいんです!」
「やれやれ・・・これだから若いモノはのう・・・」
と、ベトット博士はコーヒーを呆れながら飲みます。
「いけません。カロリーの過剰な摂取はブタに繋がり、
脂肪が多いとそれだけ生活習慣病のリスクが強くなるんです。
一生糖尿病で苦しんでしまいます!だから、これ以上の摂取は許しません!」
そう言って、ワトリーさんは風のような早さでテーブルの上のお皿を全部片付けました。
「えっ?」
お皿は何故か一瞬の間に洗い終わって・・・食器棚に・・・・ってあれ?
「い、今、何を・・・?」
「「高速後片付けモード」です!
面倒な食器の後片付けや、部屋の掃除も光の速度でやり遂げる機能なんです!どやっ!」
と、ワトリーさんはドヤ顔で説明をしてくれました。
「わぁ!それはとても便利な機能ですね!」
「博士がつけてくれたんです!博士は天才ですから!」
「・・・まあ、「人に近いロボット」だとしても、やはり差別化は必要じゃろ?
だから、いくつか便利な機能を搭載しておいたのじゃ。」
それは博士が目指す方向性と一致していないような気がしますが・・・まあ、気のせいですよね。
「郵便ダヨ!郵便ダヨ!」
その時、トミーがノルディックタウンから帰ってきました。
「トミー、ありがとうございます。」
わたしはトミーから手紙を受け取ります。
手紙はトルーテさんからでした。
「おお、トミー!久しぶりじゃの!」
「博士!!ナンデ博士ガここ二?」
「ここはわしの家じゃろう!忘れたのかい!」
「ゴメン、ウッカリシテイタ。」
「全く、メンテナンスをしてやる!こっちにこい!」
と、ベトット博士はトミーを抱えて工房の方に行ってしまいました。
「・・・博士って本当に自分の作ったモノを愛してるんですね。」
「はい、そうです。博士は・・・本当に僕たちのことを思ってます。
どんな用途に使われるロボットでも、愛情を注ぎ・・・壊れてしまうまで面倒を見てくれました。」
「そうなんですね。」
「僕も・・・動き出したのは最近ですけど、随分と長い間、博士は開発を続けていたんです。」
「長い間って・・・開発中のことを覚えているんですか?」
「もちろん、僕が設計図の頃から覚えてますよ。」
・・・そ、そんなに昔から覚えているものなんですね。
すごい記憶力です・・・・。
「・・・だから、僕は早く完成したいんです。
今の僕はまだ未完成ですから・・・」
そう言って、ワトリーさんはうつむいてしまいました。
確か、ベトット博士によると、喜怒哀楽の「哀」が未完成で、涙がでないんでしたっけ。
「教えて下さい。マグノリアさん、どうしたら涙が出るんですか?」
ワトリーさんは顔を上げて、まっすぐわたしを見ながら言いました。
「・・・うーん、そうですね・・・・。
ただ悲しくて、悲しくて、胸が痛くて苦しくて・・・そういう時に涙は出るんです。」
「・・・・うーん、そうなんですね。」
と、イマイチピンとしないような顔でワトリーさんはうなづきました。
・・・うーん、なかなか言葉で伝えるのは難しいですね・・・・。
「あ、でも、悲しい時だけに涙が出るわけじゃないんですよ。嬉しい時にも出るんですよ。」
「嬉しい時・・・?それは、どのようなメカニズムなんですか!?」
「うーん・・・・。こう、心が満ち足りた・・・というか、
嬉しい時、感動した時、涙が出るんです。でも、不思議と苦しくはないんですよ。」
「・・・苦しくない・・・涙?そんなものがあるんですか?」
「ありますよー。だって、わたしだって・・・・」
―――そう、わたしだってあの時、嬉しくて、全てが満ち足りていて、幸せで、涙を流したんです。
・・・そう、あれは・・・・・
あれは・・・・・・
「マグノリアさん?」
「えっ?」
「どうかしたんですか?」
ワトリーさんの言葉でわたしは正気を取り戻りました。
―――今、わたしは何を思い出そうとしていたんでしょう?
だって、わたしの記憶は、真っ白で・・・・
そう、アレクサンダーさんと出会う前は何も覚えてないはずなんです。
覚えていることなんか何もないのに、どうして思い出そうしたんでしょう?
何も・・・そう、わたしは、何も思い出せないはずなんです。
過去のわたしなんて、記憶してないはずなんです。
「何でもありません。とにかく、嬉しくても人は泣くものなんですよ。」
わたしは慌てて笑顔でごまかすように笑います。
「・・・うーん、人間というのはよく分からないものなんですね。」
「涙は心を浄化してくれる作用があるという話を聞いたことがあります。
過去の苦しかったこと、悲しかったこと・・・それら全てを涙で浄化してあげているんですよ。」
「・・・・ああ、だから、僕は涙を流せないんですね。」
と、納得したようにワトリーさんがうなづきました。
「だって、僕は「浄化するような過去」はありませんから。
・・・あれ?でも、それならどうして、赤ちゃんは泣くのですか?」
「それは、赤ちゃんは泣くのがお仕事ですからね。
大人になれば言葉で言える感情でも、
赤ちゃんはそれを表現する手段がないので泣いてしまうそうですよ。」
「・・・なるほど。勉強になりました。」
と、ワトリーさんは神妙にうなづきました。
「やはり、僕は「経験」が足りないようですね。どうすれば、早く「経験」が出来ますか?」
「うーん・・・わたしに聞かれても・・・それはちょっと分かりませよ。」
「そうですか・・・残念です。」
ワトリーさんはがっくりと肩を落としました。
「まあまあ、そんなに急がなくても良いのでは?」
その時、ワトリーさんの表情ががらりと変わりました。
「・・・急がなきゃダメなんです。」
それは、とても、真剣な目で、まるで、タイムリミットを知っているかのようで・・・
・・・どうして急ぐ必要があるんでしょう?
だって、急ぐ必要なんて、どこにもないはずなんです。
べトット博士は元気ですし、この街だって、こんなに平和なのに・・・
でも、どうしてなのでしょう。
ワトリーさんのその表情を見た瞬間、得体の知れない不安が巻き起こります。
・・・わたしの気のせい・・ですよね?
しかし、わたしのその不安は、すぐに現実化することになりました。
それは、突然のことでした。
みわわわーん
何とも言えないような不協和音・・・とにかく耳障りな音が辺りに響き渡ります。
「な、何ですか・・・この音は・・・」
わたしは思わず耳を塞ぎます。
でも、その音は耳を塞いでも音量を落としてくれません。
頭がおかしくなりそうです。
「ああ、はじまってしまった・・・・」
ワトリーさんが、窓の外を見ながらぼそりと呟きました。
「ワトリー・・・・さん?」
彼の表情には、何も浮かんでませんでした。
まるで、何もかも知っていて、絶望を受け入れてしまったような・・・無。
わたしの全身の鳥肌が立ちます。
どうして?なんで?
さっきまで、あんなに平和だった世界は、どこにいってしまったの?
「・・・マグノリアさん、よく聞いて下さい。僕は、今から僕では無くなります。
これを止めるのは・・・・」
ワトリーさんはぐっとうめき声を上げて、いきなり、目が真っ黒に染まりました。
まるで、壊れてしまったかのように、ワトリーさんはぴくりとも動きません。
何時の間にか、耳障りな音はやんでいました。
「おい、どうしたんだ?」
ベトット博士が慌てて家に入ってきます。
「分かりません・・・でも、ワトリーさんが・・・」
わたしは、ベトット博士にワトリーさんに起こったことを説明しようとしました。
ウイイーン。
突然、ワトリーさんからモーター音が鳴り響き、ゆらりとワトリーさんが立ち上がります。
「・・・ワトリー、さん?」
「殲滅作戦開始・・・。ニンゲンヲ、殲滅シマス。」
ワトリーさんはこれまでのような人間の少年のような声ではなく、
機械みたいな音声を出して、わたしを見ます。
手がドリルのように変わり、そのドリルを振り上げて、わたしに振り下ろしました。
「きゃっ!」
わたしは慌ててそれをかわします。
「ワトリー!!どうしたんじゃ!!」
「ニンゲン発見・・・殲滅シマス・・・」
ワトリーさんはベトット博士に襲いかかろうとしました。
「やめて下さい!ワトリーさん!」
わたしが叫ぶと、ワトリーさんの動きがぴたりと止まりました。
「どうしたんですか?貴方は・・・実の親を殺すような人ではありまさん!
正気を・・・取り戻して下さい!」
ピピピピ・・・という音がワトリーさんから聞こえ、ウイーンとモーター音が鳴り、ワトリーさんは倒れました。
「ワトリー!?」
ベトット博士が、ワトリーさんに駆け寄ります。
「大丈夫です。ベトット博士。・・・何があったのか分かりませんが、ワトリーさんは元に戻ったはずです。」
「お前さん・・・・まさか、言霊使い・・・なのか?」
ベトット博士は信じられないような目でわたしを見ました。
・・・・また。
また、あの時のように嫌われてしまうかもしれない。
あの時の女の人のように、わたしが全てを仕組んだのだと、罵倒されるかもしれない。
―――だけど・・・・もう、嘘やごまかしは通用しません。
「はい。」
わたしは、静かにうなづきました。
「・・・そうか。」
ベトット博士はそれだけを言って、視線を落とし、ワトリーさんを見ます。
その時、ワトリーさんの瞼が開きました。
「博士・・・?僕は、どうして元に戻ったのですか・・・・?」
ワトリーさんが不思議そうにベトット博士を見つめます。
「・・・マグノリアが戻してくれたんじゃ。マグノリア・・・ワトリーを戻してくれてありがとうな・・・」
ベトット博士は泣きながら深々と頭を下げました。
・・・あれ?嫌われてない?
罵倒されてない・・・?
むしろ、感謝されている・・・・?
どうして・・・・?
「マグノリアさん、ありがとうございます。
それより、大変なんです!さっきの音・・・実は、街中のロボットを操る音なんです!
命令内容は・・・この街の人間全てを排除すること・・・このままでは危険です!二人とも、逃げて下さい!」
街中のロボットを操る・・・?
「ちょっと、待って下さい・・・・.。
確か、アレクサンダーさんとロビンさんは街中に行ったんですよね?」
「あっ!」
ワトリーさんとベトット博士の顔色が悪くなります。
どうして、平穏な世界になってくれないんでしょう。
どうして、こんなことになってしまうのでしょう。
わたしはただ、アレクサンダーさんの隣にいたいだけなのに――――
・・・どうか、どうか、どうか無事でいて下さい!
ロビンさん・・・・アレクサンダーさん!
END




