第34話 もうエーヒレとイルカじゃないから
月が近い。
もう目の前まで月が迫って来ている。
これがエクレガの終焉の演出ということを運営は発表していない。だが、これがエクレガの終焉ということをプレイヤー達はなんとなくわかっている。
だって今日がエクレガのサービス終了の日、だから。
運営の炎上は少しずつだが鎮火していっている模様。そりゃ毎日、わーわー騒いでいたら疲れるよな。何人か引退した人もいる。
でも、ほとんどの人は楽しませてくれたエクレガの世界に残り、世界の終焉を見届けようとしている。
俺達もそうだ。
「やっと……反省文が終わりましたね」
いつもの噴水広場で、いつもの魔女っ子が苦笑いを浮かべていた。
あのあと──屋上で、二人でいることをクロマティに見つかり、この前の倍以上の反省文を書かされてしまった。
「なに? お前ら付き合ってんの?」
「「はい」」
「……ッ。更に倍の反省文を用意しよう」
ってことで、国語辞典並の反省文を書かされた──いや、まぁ、それは流石に盛り過ぎだが。
「……イルカが屋上なんかでサボるから」
「でも、そのおかげでこうやって恋人になれたんですよ?」
ギュッと手を握ってくるイルカ。その手からは不思議と熱が伝わって来る気がして、ドキッとしてしまう。
「……反省文なんていくらでも書けるな」
ギュッと握った手を握り返すと、ギュッギュッと握り返してくれる。イルカの顔を見ると、アイドルスマイルが返って来て、つい目を逸らしてしまった。
「あ、こらこら。目を逸らすな」
そう言って俺の両頬を持ち、強制的に見つめ合う。
「うーん……やっぱりエーヒレさんより、瑛くんのがヴィジュ良いね」
「おい、まてこら。俺のキャラメイクが下手ってか」
「そこは素直に喜ぶところだと思うけど」
「イルカはキャラメイク最高だよな」
「おい、まてこら。私のリアルが不細工ってか?」
「だって俺の顔を見るとすぐ阿修羅みたいな顔するし」
「あれはっ‼︎ あれは……違うというか……ぅぅ……」
「あはは‼︎ 別に気にしてないからいいって」
「エーヒレさんのばか、あほ、エクレガ下手っ」
「最後のだけ限定的悪口だな」
しかし、エクレガが下手、か。
もうそんな悪口も言われなくなると思うと、悲しくなってくる。
「なぁ、今から狩りに行かないか?」
だからこそ、いつもみたいにイルカを誘う。
すると、俺の意図をくみとったイルカは、「えー」なんて声を漏らす。
「今からですかぁ? 明日学校ですよ?」
いつもの返しが嬉しくて、そして、悲しい。
「良いじゃん」
「紗奈ちゃんに怒られるんじゃないです?」
「リアルを出すなよ……そういや、瑠夏って兄弟とかいんの?」
「あー……まぁ、あはは。ほら、狩りに行くなら行きましょ」
反応を見る限り、あんまり家族関係の話はしたくないらしい。
俺も彼女の嫌がる話は聞きたくないし。
「ほら、置いてっちゃいますよ!」
そう言って、イルカは俺の手を引いていつものフィールドへと駆け出した。
終わりゆく世界の中で、俺達はただ無心に武器を振るった。
湧き出てくるモンスターをなぎ倒し、いつも通りに素材を拾う。
もう明日には全て消えてしまうデータなのに、不思議と虚しさはなかった。この画面の向こうで、確かに俺達は生きている。
「あーあ、最後までエーヒレさん無双でしたね」
「イルカと一緒だから無限に戦える」
息を切らしながら笑い合う。
気がつけば、カウントダウンの数字は残り僅かを示していた。
「ねえ、エーヒレさん」
「ん?」
「私を見つけてくれて、ありがとうございました」
イルカがキャラのモーションではなく、心からの声で微笑む。
「俺の方こそ。出会えて良かった」
その言葉と同時に、空を埋め尽くしていた巨大な月が、ついに世界に触れた。
それから俺達はサービス終了までいつも通り過ごした。翌日の学校など知らん。そんないつもの俺達のノリ。
しばらくすると、エクレガの世界に月が落ちた。
めちゃくちゃになる世界。その瞬間はまるで花火のように刹那的な美しさがあった。
俺達の思い出と共に砕け散った世界の果てに真っ白な世界が見えた。
破壊の次は創造を──
また、俺達が幸せに楽しめる世界の創造を期待し、俺は現実世界へと戻った。
窓からは今日を告げる日差しが部屋に入って来ていた。
スマホが震える。
『今日遅刻したらダメだからね、瑛くん』
もうエーヒレとイルカじゃない。これからは瑛と瑠夏。二人の物語が始まるんだ。




