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第1話 リアルはツン。ネトゲはデレな彼女

 俺の通う学校には、そりゃもうとんでもない美少女がいる。


 名前は青井瑠夏あおいるか。肩まで伸びるミディアムヘアが特徴の、綺麗で整った顔立ちをしている。スタイルも良く、まるでトップモデルを思わせる容姿だ。


 手の届かない高嶺の花のような存在だが、その実、彼女は愛想が良く、気さくで男女問わずに誰とでも仲良く接する学園のアイドルみたいな存在でもある。


 俺を除いて。


「ちょっと。ねぇ、きみ」


 俺の鼓膜を震わせたのは、鈴を転がすような、けれど底冷えするほど冷徹な声だった。


 窓際の自分の席でスマホをいじっていた俺は、一度スマホを机の上に置いて顔を上げる。瞳に映ったのは、学園の至宝、青井瑠夏。


 ミディアムヘアの毛先が、彼女の動きに合わせてさらりと揺れた。教室の窓から差し込む午後の光を背負った彼女は、まさに女神のような神々しさ。


 だが、その瞳には親しみやすい笑顔の欠片もなかった。


「どうかした?」


「は? 用がなきゃ昼休みにわざわざきみに話しかけるはずないでしょ」


 苦虫を潰したかのような顔で言われてしまい、こちらの精神的負荷が高くなる。


「ノート。さっさと出して」


 なんだかカツアゲされている気分になる。


 しかし、彼女の言っていることはもっともだ。


 課題のノートを青井さんへ提出するように先生から通達があった。それを忘れていたこちらにも非があるため、その強めの言葉は甘んじて受け入れることにしよう。


「ごめん。ごめん」


 軽く謝りながら、机の中より目的のノートを取り出して彼女へ渡す。


 その時、軽く手と手が触れ合った。


 細く柔らかい感触と共に、「きゃっ」と小さな悲鳴。


 手を引いたことにより、パサっと俺のノートが落ちた。


「こ、こ、殺す気⁉︎」


 自分の手を守るようなポージングで、ゴミを見るような目をこちらに向けてくる。


 そんなに嫌なのだろうか。


 これはあれだ。理屈じゃないんだろう。いわゆる、生理的に無理ってやつ。


 ノートを拾いながら、この子とまともに喋れる日は来ないのだろうと半ば諦めながら再度、ノートを渡した。


「悪かったよ」


 何に対しての謝罪か自分でもわからない。まぁ手が触れてしまったことにしておこうか。


 この謝罪のラベリングが決まったところで、彼女がこちらを無理なことには変わりないみたい。


「ふんっ。次から気をつけなさいっ」


 鼻を鳴らしながら、ノートの表紙を軽く払う彼女。


 そのまま違うクラスメイトに話しかけた。その顔は優しい笑みである。それは対象が女子生徒だからか。否、違う。男子生徒にも同じような笑みをみしていた。


 つまり、俺にだけ当たりが強い。


 ため息をつきながら、俺はスマートフォンの画面を見る。


 あぁ、早く帰りてぇ。リアルのトゲトゲした空気から逃れて、唯一の安らぎの場所へ。


 ♢


 学園のアイドル的存在の女の子に強めに当たられても別に良いし。俺にはゲームがあるもん。


 学校が終われば、バイトかゲームの二択なんだけど、今日はバイトが休みの日。ということで、家でゲーム三昧。


 帰宅後、着替えもせずにVRゴーグルを着用すると、慣れた手つきでPCを起動した。すぐさまVRMMO 『エクリプス・レガシー』、通称、エクレガにログインした。


 目の前に広がるのは、遥か上空に浮遊大陸を望み、魔導の光がクリスタルと共鳴する、幻想と狩猟の世界。


「あ、エーヒレさん♪」


 ログインした瞬間に聞こえて来たボイス。鈴を転がすような、それでいて甘ったるく耳にご馳走な声。そんな声を出しながら駆け寄ってきたのは、豪奢な装飾が施された魔導杖を抱えた少女。


 俺の相棒である『イルカ』だ。


 ちなみに俺の名前であるエーヒレは、永友瑛ながともえいという本名から取った単純なもの。


「お待たせイルカ。今日も早いな」


「放課後ダッシュ使いましたからね」


 なんともかわいらしい言い草のあと、イルカのアバターががっくりと肩を落としてしまう。


「あのね、エーヒレさん。今日もまたダメだったんですぅ……」


 彼女は最近、俺に恋愛相談をしてくる。恋愛とは縁遠い俺なんかに恋愛相談だなんて恐れ多いが、相棒のために微力ながらも相談に乗るようにしている。


「また、好きな人に強く当たっちゃったのか?」


「そうなんです……。今日こそはいっぱいお話ししたいって思って、朝から鏡の前で練習したのに。いざ学校に行くと全然喋れなくて」


「好き避けってやつ?」


「なんですかねぇ……実際は狂おしいほど好きなんですよ。妄想のデートも何百回もしてるし。私的エモ過ぎる告白シチュなんて予習バッチリなんですけど。どうしても目の前にすると、心臓が飛び出しそうになるんです……」


「めっちゃ好きなんだな、そいつのこと」


「はい。付き合ったら、一生尽くします」


 男冥利につきるやつだな、そいつは。


 イルカとはリアルで会ったことないが、こうやって一緒にゲームをしている感じではめちゃくちゃ良い子だ。優しくて、気配りができて。ちょっと無理言って素材集めのために夜更かしを付き合ってもらったこともある。逆もしかり。持ちつ持たれつの心地良い関係。


 だから、相棒としてはちょっぴり複雑な心境。そいつに嫉妬に近い感覚。でも、イルカの恋は応援したい。


「でも、今日、チャンスだったんです。課題のノートを提出する時にガッツリ絡めるチャンスだったのに、私、物凄い顔しちゃって……名前も呼べなくて……」


 ……ん? ノート……? なんかさっきの、俺が青井瑠夏にやられたのと似ている状況だな。


「手が触れたんです。こう、ちょこっと。その瞬間、血液という血液が熱を上げ、心臓を加速させたんです。キュンで殺されると思いましたよ」


 いやいや、ないない。そんなんこの世の中にわんさか起こってるイベントだろ。


「あうぅ、嫌われちゃったかな。エーヒレさぁん、どうしよう……。私、本当は永友くんのこと、世界で一番大好きなのにぃ……っ!」


 ……ん?


 ぇ、いや、まっ。え? 俺? の名前出なかった?


「……イルカ。その、好きな人の名前、もう一回聞いてもいいか?」


「え? 永友瑛くんです。とっても素敵な……私の、たった一人の王子様なんですぅ……」


 ……。


 …………。


 嘘だろ。


 イルカ、おまっ、え? お前、青井瑠夏なの?


 つか、お前、俺のこと、そんなふうに思ってたのか……?


「ご、ごめんなさい。ログインしていきなりリアルの恋の相談なんかしちゃって」


「い、いや、それは全然良いんだけど」


 その好きな人、多分俺なんだが。

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