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第2話

「話、あるんだけど」


 


 


その言い方が、少しだけ違っていた。


 


 


カフェで向かい合って座る。


 


窓際の明るい席。人は少ない。


 


 


「結婚のことなんだけど」


 


 


胸の奥がざわつく。


 


 


「やっぱり、もう少し先にしたほうがいいと思って」


 


 


言葉が、うまく入ってこない。


 


 


「……先って?」


 


 


「今じゃないかなって」


 


 


曖昧で、でもはっきりしていた。


 


 


「最近、シフトも減らしてるでしょ」


 


 


ただ事実を並べるような声。


 


 


「やっぱりちゃんと働いてるほうがいいよね」


 


 


少しだけ笑っている。


 


 


「……でも、それって」


 


 


言いかけて、止まる。


 


 


——減らしていいって言ったのは、誰だっけ。


 


 


頭の中で言葉が回る。


 


でも、口には出せなかった。


 


 


「ごめんね」


 


 


軽く頭を下げる彼が、少し遠く感じた。


 


 


「嫌いになったとかじゃないんだけど」


 


 


その続きは、なかった。


 


 


「……そっか」


 


 


自分の声が、やけに他人みたいに聞こえる。


 


 


コーヒーは、ほとんど減っていない。


 


 


気づけば、ひとりになっていた。


 


 


スマホを開く。


 


 


何も来ていない。


 


 


——これで、終わりなんだ。


 


 


帰り道が、やけに長く感じた。


 


 


 


それから、何日経ったのか分からない。


 


 


朝、目は覚める。


 


でも、起き上がる理由が思い浮かばない。


 


 


スマホを見る。


 


 


何も来ていない。


 


 


——当たり前か。


 


 


天井を見たまま、しばらく動けなかった。


 


 


テーブルの上には、あのワンピースが置かれている。


 


一度も着ていない。


 


 


「……いらなかったな」


 


 


つぶやいて、目をそらす。


 


 


スマホが震える。


 


 


『今月のシフトについて、少し話せる?』


 


 


画面を見つめたまま、動けない。


 


 


——どうしよう。


 


 


考えるのが、少ししんどい。


 


 


結局、そのまま返信しなかった。


 


 


昼過ぎになって、ようやく体を起こす。


 


 


冷蔵庫の中は、ほとんど空だった。


 


 


水を飲んで、扉を閉める。


 


 


 


夜になっても、部屋は暗いままだった。


 


 


静かな部屋で、あの言葉が浮かぶ。


 


 


『結婚したら、働かなくてもいいし』


 


 


——ああ。


 


 


ベッドに戻り、ゆっくり息を吐く。


 


 


何もない。


 


 


仕事も。


 


これからの予定も。


 


 


ただ、時間だけがある。


 


 


それが、少しだけ怖かった。


 


 


 


朝、目が覚めた。


 


 


少しだけ、体が軽い気がした。


 


 


ベッドの上で、しばらく考える。


 


 


それでも、ゆっくり体を起こした。


 


 


カーテンを開ける。


 


 


光が入ってきて、目を細める。


 


 


テーブルの上のワンピースに目がいく。


 


 


しばらく見つめてから、ハンガーにかけた。


 


 


 


スマホを開く。


 


 


未読のメッセージが並んでいる。


 


 


深呼吸をする。


 


 


『ごめんなさい。返信遅くなりました』


 


 


打ち込んで、送信ボタンの前で止まる。


 


 


怖い。


 


 


それでも。


 


 


「……いいか」


 


 


小さくつぶやいて、押した。


 


 


送信完了の表示が出る。


 


 


それだけで、少しだけ肩の力が抜けた。


 


 


 


何も決まっていない。


 


仕事も、これからも。


 


 


それでも。


 


 


「……仕事探さなきゃ」


 


 


声に出す。


 


 


それだけで、少しだけ現実が動いた気がした。


 


 


部屋はまだ静かで、何も変わっていない。


 


 


それでも、


さっきより、ほんの少しだけ前に進んでいる気がした。

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