第1話
ゴールデンウィーク、よく晴れた休日。
私は、都内のショッピングセンターにいた。
「これ、似合うと思うよ」
差し出されたワンピースを、私は受け取る。
彼——新坂友哉は、婚約者だ。
鏡の前に立ち、体に当てる。
淡い色で、少しだけ可愛すぎる気がした。
「うん、いいね。やっぱりこういうの似合う」
後ろから覗き込む彼が、満足そうに笑う。
「……そうかな」
小さく答えると、彼は軽く頷いた。
それだけで、胸の奥が少し軽くなる。
——よかった。
彼の婚約者、城井真那は、
レジに向かいながら、値札が目に入る。
少しだけ、迷う。
「大丈夫?」
「ううん、全然」
慌てて首を振る。
「これ着てるとこ、早く見たいな」
その一言で、もう考えられなかった。
カードを差し出す。
彼が喜んでくれるなら、それでいい。
店を出て、隣を歩く。
自然と、少し後ろを歩いている自分に気づく。
前に出る理由が、思いつかない。
「ね、来月の話なんだけどさ」
彼が何気なく切り出す。
「会社辞めて、俺と結婚してください」
足が、ほんの一瞬だけ止まった。
「ほら、結婚したらさ。そんなに働かなくてもいいでしょ」
嬉しい言葉のはずなのに、うまく返事ができない。
「……うん」
気づけば、そう答えていた。
自分がどうしたいかは、考えなかった。
ただ、彼が望むなら、それでいいと思った。
その日から、少しずつ生活が変わり始めた。
「今月、シフト減らせそう?」
手帳を開く。
本当は、減らしたくなかった。
「……うん、大丈夫」
気づけば、そう答えていた。
帰り道、コンビニに寄る。
カゴに入れたものを、一つ戻した。
「節約、ちゃんとできててえらいね」
褒められて、少しだけ嬉しくなる。
——ああ、これでいいんだ。
スマホが震える。
『来月のシフト、かなり減らしてるけど大丈夫?』
画面を見つめて、指が止まる。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
画面を伏せて、そのまま返信しなかった。
「結婚したらさ、もう働かなくてもいいし」
その言葉に、胸の奥がざわつく。
「……うん」
やっぱり、そう答えていた。
夜、ひとりでスマホを見る。
『最近、シフト減らしすぎじゃない?』
同僚からのメッセージ。
少しだけ見つめて、画面を閉じる。
大丈夫。
そう思おうとした。




