17.龍と世界樹
17.龍と世界樹。
「あれ、マズくないかな?」
手合わせを見学していたリュアの問いかけを受け、姫は深いため息をついた。
「聖剣まで持ち出すか。明らかに暴走状態じゃの。まったく、“勇者”なんぞやっているからそうなるんじゃ」
「……さっきも同じようなことを言っていたね。勇者なんかやっているから実力を見抜けないとか何とか。私の知識とは異なるけど、どういうことなのかな?」
「そうさなぁ……。まずは“勇者”について説明するが、軟弱なヒトが生き延びるためには、ヒトの天敵となる存在を排除せねばならん。そして、排除するのに最適な“もの”を種族全体の共通意識が選んだのが“勇者”という存在なのじゃよ。具体的に言えば神の祝福を受けた者や、聖剣を扱える者などをな」
もちろん国が任命しただけのエセ勇者は除くがな、と姫は付け加えた。
「……集合的無意識のようなものかな?」
「その言葉は知らんが、たぶんそんな感じじゃろう。……あぁ、もっと簡単な説明があるな。人類という『種』の防衛本能。人類の防衛本能がラークを危険だと判断し、排除させるために勇者であるカインの意識を乗っ取りかけているのじゃろう。そんな状態だから普段より鈍くなるし、無理にでも敵を討ち取ろうとする」
「ツッコミどころが多いね。そもそもカインは吸血鬼だろう? 紛れもない亜人。ヒトの防衛本能が生み出すという勇者になれるものなのかい?」
「あぁ、本来はそうなのじゃがな、カインは『あのバカ』の理想を守るため無理矢理に勇者になったのじゃ。……無茶をしすぎておるから簡単に意識を上書きされるし、元々の理想すら忘れてしまっておる。あそこまで行くとただのアホじゃな」
「……たとえラークを討ち取れても、ここには嫁である私や姫がいる。生きて帰れないのに、無理矢理にでも討ち取ろうとする理由は?」
「理由なんぞ簡単じゃよ。人類全体からしてみれば勇者一人の犠牲なんぞ大きなものではない。カインが死んでも魔王が倒せるならそれでよし。また別の勇者がヒトの中から選ばれるだけじゃよ」
「鉄砲玉みたいなものかな?」
「てっぽう?」
「あぁそうかこの世界にはまだ鉄砲がないか。……つまり、勇者とは人類全体が生き延びるために必要な犠牲であると。まったく、“世界樹の智慧”にはない情報ばかりだ」
「ふむ? “世界樹の智慧”には何と書いてあるのじゃ?」
「……強き正義の体現者。魔王を倒す者にして、人類の救済者。近年では国家それぞれが選出した勇者も散見される」
「ははん、やはり世界樹の智慧には“正史”しか記されんのか」
「正史?」
「今は人類――ヒトこそが万物の霊長じゃからの。ヒトにとっての正史こそが正解として記されるのじゃろうよ。勇者は人類の救済者であり、世界を救う者。魔王は人類の敵対者であり、この世に混乱をもたらす者だ、とな」
「なにやらこの世界の根幹が崩されそうなのだけど……。勇者がヒトの防衛本能だとして、魔王とは一体何なんだい? 亜人にとっての“勇者”だとでも?」
リュアの問いかけに姫は眉間に皺を寄せ、悔いるように空を見上げた。
「……かつて。この世界には亜人と呼ばれるものはいなかった。よく考えれば分かるじゃろう? 例えば人馬。人と馬が半分ずつの生命なんぞ自然に生まれるはずがない。ヒトがこの世界で『万物の霊長』となったあと、生み出されたのが亜人なのじゃよ」
「亜人とは、誰かが後天的に生み出したものだと?」
リュアの質問に姫は答えない。
「亜人と呼ばれるものたちが生まれ、彼らがヒトに虐げられていることに心を痛めた神は、ヒトと亜人を等しく統治できる者に祝福を与えた。ヒトだけを愛する今までの王とは違う、博愛の精神を持つ真なる王――“真王”として」
「……魔王とは元々『亜人の保護者』として生まれたとされている」
「実際は亜人とヒトの保護者じゃがの。亜人を守ろうとすればヒトから奴隷や領土を奪うことになる。亜人の奴隷や、亜人たちから略奪した領土を、な」
「奪ったくせに奪われるのは嫌と。自分勝手な話だね」
「自分勝手じゃなければ“ヒト”ではあるまい? だからこそヒトは“真王”を否定し、魔王として敵視した。これが真実――いや、野史か外史と呼ぶべき事実じゃよ」
「…………」
「しかし、やはり“世界樹の智慧”では正史しか知ることはできんかったのか。だからラークの――」
「――勇者や魔王など、どうでもよいのです」
そんな声を上げたのはいつの間にか近くにいたタロンだ。
「つまり、お姉ちゃんは命を狙われているのですよね? 手合わせ程度なら許容しますが、殺し合いとなれば黙って見ているわけにはいきません」
その巨大な指をゴキゴキとならすタロンは次の瞬間カインに襲いかかっても不思議ではない。
「まぁ待て、タロン。聖剣すら無効化するおぬしが出て行ったらカインが死んでしまうのでな」
「お姉ちゃんの敵に容赦する必要はないでしょう?」
「確かにそうだが、大丈夫。おぬしが出る幕はない。言わなかったか? 我が嫁殿は、わらわよりも強いぞ?」
自慢げな顔をする姫。
そんな彼女をタロンは冷たい目で見つめている。
「まるで、お姉ちゃんとあの勇者を戦わせたがっているようですね?」
「ほぅ、元が土塊の割には鋭いではないか。さすが我が妻が作っただけのことはある」
「…………」
「…………」
無言で睨み合う姫とタロンだが、しばらくして姫が諦めたように肩をすくめた。
「嫁殿の嫁とケンカしてもしょうがなし、と。いやなに、心配はいらんよ。嫁殿なら問題なくカインにも勝てるじゃろう。だからちぃっとばかり賭けてみただけのこと」
「賭け?」
「あぁ。――ラークであれば、カインの妄執も“斬って”くれるのではないかとな」
姫の言葉とほぼ同時に『手合わせ』が動いた。
聖剣によって、ラークの槍が両断されたのだ。
人類の防衛本能さんはラークを危険視しているというより、ラークの配下にあるタロン(人類の天敵)を危険視しています。
まぁ、万が一ラークが『人類』に殺された場合、タロン(とラークの嫁たち)は容赦なく人類を滅ぼすので悪手でしかないですが。
次回、3月11日更新予定です。




