16.魔王と勇者。(カイン視点)
16.魔王と勇者。 (カイン視点)
――倒せ。
と、頭の奥で誰かが囁いた。
勇者としての使命感というものだろうか? まったく我ながら物騒なものだ。確かに彼女――彼? まぁ、彼女でいいか。彼女の赤い瞳は“死神の瞳”と同じだけれども、まだ目覚めてはいないし、たとえ目覚めても姫が側にいる限り危険はないだろう。
それに、彼女自身もそこまで危険な“魔王”ではないというのに。
『……あー、なんだ? 俺はこの世界の常識に疎いんでな。正式な礼儀もよく知らないんで先に謝っておく。無礼があったらゴメンなさい』
歴代の魔王で、そんなことで前もって頭を下げた者などいないだろう。
まだ彼女が理想を託せる存在かどうかは分からないけれど。少なくとも、ジーン族やスレイ君を悪いようにはしないはずだ。
……いや、女たらしなのはどうかと思うけどね。それでも神子ちゃんの幸せそうな顔を見ていると『まぁいいか』と思えてしまうのだから不思議だね。
むしろ姫や世界樹、スレイプニルや人造物の支配者から愛を向けられるとか同情に値するかもしれない。ちょっと扱いを間違えたら死ぬより酷い目に遭うし。
まぁ、そんな彼女であるから、(浮気とかしなければ)身の安全は保証されていると思う。嫁が強すぎるからね、たとえ本人の強さがそこそこ程度でも問題はないと思う。
……そう、そこそこ。
それが私の見立てだった。そこらの兵士では束になっても敵わない腕前だけれど『人外』というほどではない。
これでも長く生きているから相手の立ち振る舞いでどの程度の力量か見抜く自信はあったんだ。……あったはずだったんだ。
なのに、姫はラーク君が自分より強いという。ただの魔王が“国滅龍”より強いという。
自分の感覚が衰えたつもりはない。
どういうことだろうか?
確かめるためにも私は戦わなければならなかった。
……もちろん、ウラド・ラークという人物を見極めたいというのも本音だけれどね。
◇
ちょうどよく外に出ていたので、その場で手合わせということになった。
ラーク君の武器は槍。兵士でもない人間が槍を使うのは少し珍しい。が、最近は“神槍”の影響で使用者が増えているのも事実だった。
槍とは難しい武器だから、そんな憧れで選んだ人間はすぐに諦めてしまうのだけれどね。
さて、ラーク君はどうだろうか? 立ち振る舞いである程度の実力は測れても、武器の扱いにどれほど長けているかは分からないから実際に戦ってみないと――
…………。
ラークが槍を構えた。
その姿に一切の隙はなく、立ち振る舞いに乱れもない。
――なんだ、これは?
先ほどまでとまるで違う。
わずかにあったはずの隙は消え失せ、殺気など発せられていないはずなのに『死』を予感させる。その構えはもはや数十年の修行を経た達人(人外)のもの。決して、先ほどまでいた『そこそこ』の腕前を持つ存在ではない。
「無手か?」
ラークの言葉にハッとする。
無手でも十分だと思っていた。
だが、今の彼女相手に武器無しなど自殺行為だろう。
聖剣――は、手合わせに使うわけにはいかないが、実戦であれば迷わず聖剣を選ぶ。今のラークからはそんな実力を予感させた。
……姫はたしか誤魔化していると言っていた。
アイテムボックスから普段使いの剣を取り出しつつ、問いを投げかける。
「驚いた。今までのは演技だったのかな?」
「演技? ……あぁ、立ち振る舞いのことか? 相手に実力を読み取られるのなんて三流のやることだ、って感じで師匠に叱られてな。頑張って誤魔化せるようにしたんだ」
「……非常識だね」
そんな要求をしてしまう師匠も。そんな師匠に答えて努力し、ついには成し遂げてしまったウラド・ラークも。
「では、はじめ!」
姫が審判役となって手合わせは開始された。が、お互いに動きはない。
ラークの構えに隙がなく動きようがなかったのだ。
ラークが動かないのは私と同じ理由……で、あると思いたいものだ。
このままでは埒があかない。私は沈黙を破ってラークに斬りかかった。
当然のように最小限の動きで私の一撃を躱すラーク。一振りで相手を倒せなかったのは何年ぶりだろうか?
その後も二振り三振りと剣を舞わせたが、ラークの柔肌には届かなかった。
私の攻勢が終わると同時、示し合わせたかのようにラークの反撃が始まる。まずは平々凡々とした一突き――
「――――っ!」
もはや勘で避けた。
瞳で追うことは叶わなかった。
それほどまでに無駄がなく、
それほどまでに“疾い”突き。
その速さ、あるいは“神槍”にすら届くかもしれない。
とてもではないが、崩れた体勢で二突き目を避けるのは無理――
「ちっ!」
瞳の力を解放。
“死神の瞳”とは死をもたらす力。
死をもたらすとは、死を“視る”ということ。
生物にとって死とは絶対。死とは運命。
その死を視るということは――その者のすべてを視ることに他ならない。
もちろん、瞳の力を解放しようが“死神の瞳”持ちのラークを即死させることはできない。
だが、その槍の動きを見切ることはできる。
結果として。
剣士としては恥ずべきことだが。
“死神の瞳”の力を使って、やっと、私はラークの槍を躱すことができた。
数合打ち合い、自然な流れで距離を取る。呼吸を整え、相手の技を分析し……私の心はもう何度目かも分からない驚きに支配されていた。
凡才。
明らかな凡才。
ラークの槍は基本に忠実で、変わったところが何一つない。教本と戦っているかのような、独自性の欠片もない技ばかりだ。
良く言えば癖がない。
悪く言えば面白味がない。
天才ではない。
鬼才でもない。
ただの凡人が振るう、平凡な槍。
その槍が、確かに私を追い詰めていた。
一体どれだけの鍛練を積めば、凡才でそこまでの腕前に至れるのだろう?
一日のすべてを修行に回し、それでも人生の終わりに至れるかどうかという境地。何十年先にあるかも分からない極地。
そんなもの、先に心が折れてしまう。
何度槍を振るおうが、幾度槍を突こうが足元すら見えない“神槍”への道。
けれど、ラークはそこに至ろうとしていた。
あと10年、20年の修行で到達できるだけの場所に立っていた。
凡人でありながら決して折れず、諦めず、ついには槍の極地へと至ろうとしている存在。そんなラークを前にして、私は――
――殺せ。
……いま わたしは なにを かんがえた?
血の気が引いた。
それを隙と見たのかラークが攻勢に出る。
“死神の瞳”の力すら使い、ギリギリでその攻撃を避け続ける私は、心の奥底へと割く余力を失いつつあった。
――殺せ。
誰かが告げる。
――倒せ。
誰かが命じる。
――魔王だ。
まおう?
――敵だ。
てき?
――今のうちに。
敵は、倒さないと。
――命を捨ててでも。
私が、
魔王を……。
そして私は剣を捨て。
聖剣を取りだした。
『そこそこ』の腕前では毎朝氷竜姫と手合わせする緒は無理です。
次回、3月6日更新予定です。




