アンダの誓い2
愛恵は、訳の分からないまま沢山の女の人達に
身を清められフールン、花音と共に同じ器の杯を交わした。
今度は本物の酒で愛恵は苦かったが
自分より幼い花音もフールンもとても真剣な顔をして杯を飲んでいるのに
きっと何か意味のある事なのだろうと腹を据えて
瞳を閉じて思い切って飲んでみた。
フールンから、愛恵と花音へと綺麗な刺繍の帯を贈られた。
愛恵と花音は、何も持っては居なかったが、
一旦、2頭の仔馬を愛恵と花音に贈ってくれてそれをまた
フールンに贈り返すという手順を踏んだ。
『これで、私達は、アンダ<盟友・義兄弟>となりました。
貴方達は、私の義兄弟、貴方達の此処での居場所は、
帰る場所は此処ですよ』
優しくフールンが笑う。
「本当に・・・馬鹿ですよね・・・
得体の知れない私達に・・・
《誓います、この場所を私達の帰る場所として貰う代わりに
ハンガイ族フールンとその一族を守りましょう》
でもつくづくほんっとうに・・・大馬鹿ですよね・・・はああ~」
花音はそう言って呆れたようにそっぽを向いてしまったけれど
愛恵は、分からないながらにフールンが何か凄い事をしてくれたのだと
感じ取って素直に感謝した。
訳の分からないまま振り回されているように感じるけれど
フールンと花音は絶対愛恵の不利になる事はしない
きっとフールンは愛恵と花音の為に申し訳ないくらい
心を砕いてくれているのだろうと愛恵には何となく感じ取れた。
儀式が終わって普段着のデールに着替えさせられ
元居たゲルへと戻された愛恵と花音の所に、
仕切りの布を捲り上げてやって来た
鮮やかな太陽の光のような赤い髪に
ルビーのような赤い目をした男の姿に
愛恵は、思わずその赤い目を凝視して怯えてしまった。
白磁の肌に整った顔立ちとしか言いようの無い
綺麗な男性の姿に迫力を感じて
何だか恐怖感とも言える圧迫を感じるが、
愛恵は、年上である自分が花音を守ると言う決心を
思い出し勇気を振り絞る。
「・・・あ・・・あ・・貴方は何方でしょうか?」
震える声に男はフッと鼻先で小ばかにしたように笑った。
「これですか?若様・・・・このちんけなのが?」
《ああ・・・これだ・・お前は私の物に文句を付けるのか?
これを傷つけるものは誰であろうと許さない》
守ろうとする愛恵に抱きしめられ
ギュッと抱き返しながら花音は、凛とした表情でその男に言い返した。
花音の口から出た通じない言葉に
愛恵は伺うように花音を見るが
花音は何も言わずにただ目の前の男を睨んでいた。
「畏まりました、フフ・ヤガーン様。
せいぜいこの小娘をお守りしましょう。」
そう言って、花音に一礼する男に対して
「花音だ」
とやや苛立たしげに花音が返したのだが
愛恵にはまったく訳が分からなくて男が何を考えているのか、
花音とどういう関係なのか、フフ・ヤガーンてなんなのかさっぱり分からず、
ただ、花音と男を交互に見ていた。
「鈴木愛恵さん・・・・と・・・同じく族長フールンの
義兄弟となったのですから
これからは鈴木愛恵さんと呼ぶのはおかしいですね
同等なのでマナエと呼ぶ所なのでしょうが・・・・
マナエ姉上・・・とかでしょうか?」
慌てて首を振る。
マナエ姉上なんて何だか恐れ多い、
<しかも花音ちゃんが呼ぶし>
呼び捨てのマナエで結構です。
と愛恵が言うと花音はにっこり笑って頷いた。
「では、貴女も私の事はただカオンと呼び捨てにして下さいね・・・
マナエ、この男の人は、オラーン・トム・チョン
《赤大狼》という意味ですよ。・・・・・
私が集落から出て行ったときに出会った人です。
私達に付き合ってくれますよ・・・・ここに呼んでもらったんです。」
「はあ・・・・オラーン・・・トム・・・・?・・・・赤い大きな狼さんですか?
ねえ・・・カオン・・・ちゃん・・・私達ってこれからどうするの?」
「・・・・『カオン』ですよ・・・もちろん、元の場所に戻る方法を探します。」
「でも、ねえ・・・・カオン・・・・・・・ちゃん、
どうしてこの人付き合ってくれるの?
この人、言葉も通じるみたいだし・・・でも、どう考えても日本人・・
というかそう言う感じの民族の人じゃないと思うのだけれど・・・・」
「・・・・大丈夫・・・・。」
そう言って花音は苦笑した。
ふと気が付くとオラーン・トム・チョンの周りに
灰色の大きな犬や、雪色の豹が寄って来ていた。
犬はともかく豹の存在に震える愛恵の手をそっと握って花音は
「オラーン・トム・チョンの・・・・・・オラーンの・・・そう、ペットですよ。」
と愛恵を安心させるように花音が言ったが、
愛恵は、なぜがその犬と豹が不満そうな顔をしたように思えた。
これからどうなるのかな・・・
と愛恵は、不安に思わずには居られなかった。